101 金持ちを釣れ
僕らが生活している時間と、稀人たちが暮らすタウンエリアの時間には、ズレがある。
そこで、タウンエリアや、僕が行き来する箱庭とオフィスエリアには、両方の時計とカレンダーが設置された。どちらも迷宮のシステムに直結しているので、狂うことはない。 (まあ、一番必要で、使っているのは僕だけど) メールのやり取りでもいいけれど、会いに行くのは両方の時間が昼間の時でないとね。 そんな、会いに行った時に、五人から提供されたものがある。 地球から持ち込んだ物は、ほとんど迷宮に提供され、そのデータから複製品を『ひのもと町』の店舗で購入可能になっている。ただ、こちらの世界に来たときに、変異してしまった物品があったのだ。 「僕を信用してくれた琢磨に、感謝だな」 ひとつめは、琢磨が持っていた競馬新聞。これがなんと、『フェイネス新聞』という、この世界の情報を勝手に収集して教えてくれるチート級アイテムに変化していた。 その情報を持っている人が死なないと、シロから情報を得られない僕にとって、生きた情報を教えてくれる『フェイネス新聞』は、非常にありがたい。僕がまだ行けていない場所や、監視用の蜘蛛もいない場所での出来事を伝えてくれるので、他の勢力よりも大きなアドバンテージを得たことになる。 (……ニュース番組作るか。この世界の人間に流す情報は選ぶとして、迷宮の情報と一緒に流してもいいし) ライブでなくてもよくて、一日一本か二本の動画として、ひのもと町や各迷宮都市で視聴できるようにできないだろうか。 情報の管理は徹底しなければならないので、『フェイネス新聞』と得られる情報の管理と運用は、ヒイラギとカガミに任せることにした。あの二人なら、僕よりも安全確実だ。 ふたつめは、彩香さんが持っていた動物図鑑。これが『フェイネス魔獣・害獣図鑑』という検索用アイテムになった。 以前、ミヤモトが研究してくれたように、体内に魔力を溜め込んだ強くて大きな獣が魔獣で、ただの獣が“障り”に浸食されたミュータント状態が害獣だと区分されている。現在、害獣の生息区域が、魔獣と人間の生息区域を分断しているので、“障り”が魔獣へどのくらいの影響を及ぼしているのかは、よくわかっていない。 しかし、この『フェイネス魔獣・害獣図鑑』には、おそらくこの世界で生息している獣のすべてが網羅されているようで、簡易的な生態や分布まで確認できた。これがあれば、僕が“障り”だらけの土地や、人のいない秘境を進むときに、まったく情報のない害獣や魔獣に驚かされることもないだろう。 僕が魔獣や害獣のサンプルを手に入れることができれば、ミヤモトやイトウの研究も捗るにちがいない。 僕は琢磨と彩香さんに、アイテム提供のお礼として、『GOグリ』の設定資料集とサウンドトラックのデータを提供した。これは僕のアトリエに、いつの間にか置いてあった、僕が死んだときに持っていた物の一部だ。 「お前、『GOグリ』プレイヤーだったのか。VR機器たけーのによ」 琢磨に妬み交じりの目を向けられたけど、そこは僕の稼ぎなので。 「建設業界だと、VRはけっこう注目されていたんだよ。イベントでもプレゼンでも、顧客に完成イメージを示しやすくてさ。まあ、僕も前作からのプレイヤーだったし、フルダイブなんて夢の技術だったし」 レベル上げよりも、街並みや建築物の観察をしている時間の方が長かったのは、否定しないけど。 (衛兵から隠れつつ、お城や大聖堂によじ登れるんだもん。そりゃあ、細かいところまで観察しがいがあるというもので) 戦闘エリアだとエネミーが襲ってくるので、ゆっくり観察するのも大変だった。 「いま実装されている迷宮都市は、この前行った『葬骸寺院アンタレス』と、『魔法都市アクルックス』と『学徒街ミモザ』。それで、次に実装予定なのが『栄耀都市カペラ』と『背徳街カペラ』だ」 『GOグリ』の設定資料集を広げて、各地のコンセプトアートが載っているページを示した。 「琢磨にもお願いするつもりなんだけど、特に水渓さんにお願いしたいことがあるんです」 「あら、なぁに?」 琢磨と彩香さんと一緒に呼ばれていた水渓さんは、自分へ何の要件かと顔を向けた。 「カペラで、水渓さんが作った服のファッションショーを開いてほしいなぁって」 「……は?」 ぽかんとした表情の水渓さんに、僕は『栄耀都市カペラ』のコンセプトアートを指差してみせた。 「カペラって、ラスベガスみたいな感じなんですよ。お金持ちがわーっと集まって、酒池肉林しつつ、高価な物をオークションで買ったり、色んなコンペの主催をしてパトロンアピールしたりするんです。で、そこでミズタニコレクションを開催したらどうかなぁって……」 「待って、待って、待って。は? ミズタニコレクションはいいけど、いや、いきなりはよくないけど。ラスベガス? 想像できないんだけど?」 「今度、お連れしますね。まだ待機中なので、賑やかではないですけど」 「やる前提で話が進んでいるのは気のせいかしら?」 「やりたくないですか?」 「やりたいに決まってんでしょ!! ただ、びっくりしてんのよ、こっちは!!」 「もひょふへふぉぉん」 水渓さんの両手が僕の頬を左右から挟んで、むにょんむにょんと揉みまくってくる。やめてください、僕の柔らかいほっぺが伸びちゃいます。 「え、まさか、俺の作品もショーに出すの?」 「ひょうらよ。おーくひょんもやゆよ」 自分を指して固まっている琢磨を、僕は頬を伸ばされながら見上げた。 「んんっ。いまのところ、迷宮都市には冒険者と許可を得た職人しか入れないんだけど、貴族や王族が冒険者になれないわけではないんだ」 これは、ずいぶん前にライノに教えてもらったことだ。冒険者登録するのに、年齢制限はあるけれど、身分に制限はない。 「リンベリュート王国の商業ギルドは下手を打ったけれど、オルコラルト国はそもそも商人が仕切っているから、子飼いの冒険者を潜り込ませてくるだろう。エル・ニーザルディア国も、自分の商会を持っている貴族が冒険者資格を得て入場してくることもあり得る。カペラはそういう連中を引き寄せる、金の匂いがする迷宮都市なんだ」 おそらく、カペラ産の物品を持っていることが、今後の彼らにとってステータスになるだろう。当然、グリモワールである『稀人の知識』と『この世界の知識』も、彼らは買いあさるに違いない。 問題は、その知識を独占して死蔵させることだが、迷宮から大量に出てくるので、希少性という価値は下がる。得た知識を元に、どう金儲けをするかが、彼らのやらなければならないことになり、必然的に研究開発が活発になるだろう。 「はー、よく考えるわねえ」 そういう諸々を説明したら水渓さんに呆れられたけど、僕はもうひとつ、ニヤリと笑った。 「そうやって文明が発達していく国を、教皇国はどう思うかな」 「お前、性格悪くなったな」 「ひどいな!」 かわいそうなものを見るような目で琢磨に見られ、僕は憤慨した。一石二鳥を狙っただけだよ。大連鎖になったら、もっといいでしょ。 「それとね、各迷宮都市をモチーフにしたドールハウスを作ろうと思っているんだ」 「ドールハウス!」 お、彩香さんが食いついた。 「市販品と、ダンジョンドロップの高級品を考えているんだけど、その高級品パーツとか人形の衣装デザインとかもお願いしたくて。そのうち、迷宮案内所の依頼で出すよ」 「おっけー」 「了解だ」 僕からの依頼は今のところこのくらいだけど、水渓さんから相談があった。 「服の素材なんだけど、色々な繊維が欲しいのよね。動物の毛は色々あるみたいだけど、石油原料は使えないんでしょ?」 たしかに、ナイロンとかレーヨンとか、化学繊維はまだ作れない。 「アンタレスには、麻と綿はあったわね。紙を作るのに、コウゾやミツマタも生やしているんでしょ? カジノキも一緒に生やしてくれない? あと、ハスも」 「カジノキって?」 「 綿花が日本に伝わる前に作られていた布で、いまでも神事などに使われているらしい。カジノキ自体も、縄や紙の材料になるそうだ。 「絹は、ジャイアントモスとかシルクスパイダーなんてモンスターが、似た物をダンジョンで落としてくれるんでしょ?」 「そうです。この世界では、蛾が害獣になってしまうので、蚕への品種改良も進んでいないし、量産ができないんです。そのせいで、ものすごい高級品だし。迷宮で蚕を育てると、魔獣になってしまうかもしれなくて、手を出しづらいんですよね」 「あーんん、難しいわね」 この世界の状態に関しては、アルカ族からだいたいの説明を受けてもらったので、害獣化の危険性や、魔獣化の面倒くささはわかってもらえている。 「ハスって、レンコンのハスですか?」 「そうよ。取れる量はめちゃくちゃ少ないけど、茎から繊維が取れるのよ。絹の代わりにいいかなって」 なかなか貴族や金持ちが好みそうな品の情報だ。迷宮でなら、繊維が多く獲れるハスを生やせるかもしれない。 「わかりました。やってみます」 藕絲織は袈裟にして僧侶に献上されているそうで、稀人を敬ってやまないスオウにあげたら、きっと卒倒するくらい喜んでくれるだろう。 |