187 三ヵ国実務者会議


 旧ニーザルディア領における再開発に関する、ニーザルディアを祖とする三ヵ国の実務者会議は、オルコラルト国首都ミリオニアにて行われた。
 参加者は各国の代表者に加え、冒険者ギルドからも人が呼ばれている。並べられたビロード張りの椅子に座った出席者の中には、リンベリュート王国冒険者ギルド迷宮関連統括ライノや、オルコラルト国冒険者ギルド長ロゼの姿もあった。
 当初は紛糾するかと思われていた会議だが、意外なほどあっさりと進行してまとまった。
 というのも、リンベリュート王国は「リンベリュート家が保有していた領地のみ希望」とし、オルコラルト国は「ダンジョン産品の自由売買を保障すること」以外は求めなかったからだ。冒険者ギルドとしても、「出身や所属する国によって、各領地や迷宮への入場が制限されない」ことだけが条件だった。
 これにより、エル・ニーザルディア国が旧ニーザルディア領のほぼ全土を領有することに問題ないとされた。
 エル・ニーザルディア国の代表団を構成する大貴族たちはホクホク顔だったが、それ以外の面々の表情に生温かい眼差しが含まれていることに気が付いたかはわからない。
 『教皇国に対する三国の協調内容』や『ダンジョン産出品の価格調整』等、明日もまだ会議は続くが、一日目が終わって人がはけていく大理石の床の上で、高い背とまだ子供の背丈が、最後に並んで歩いていた。
「単純に、領土が増えればいいというものではないからな。ないよりはあった方がいいが、黒字にできなければ意味がない」
 筆頭外交官として出席していたルジェーロが、小声でそう解説した相手は、迷宮都市と親交のあるブルネルティ家代表として、オブザーバー参加したモンダートだ。今日のモンダートは、『魔法都市アクルックス』で揃えた、魔法使いらしい恰好をしている。
 二人とも、ネィジェーヌとソルの結婚式に参列してから、すぐに出国して、今回の会議に姿を見せていた。
「うちの国には、もうたくさんダンジョンがあって、経済的に困ってないから?」
「それも理由のひとつだ。そもそも、我が国から旧ニーザルディア領は、物理的に遠い。先祖が険しい山岳や断崖の谷を乗り越えてこの地に来たのに、わざわざ戻っても、継続して出る旨味が少ない」
 歴史的な意味がある「旧リンベリュート家領地」だけがあれば、黒字にできなくとも十分に面目がたつのだ。
 オルコラルト国は、もっと露骨だ。彼らは実質的な金銭、証券、経済利益があればそれでよいのであって、権威というしがらみがある不動産には興味がない。交易路としても、大森林に埋もれてしまった旧道を復活させればいいだけだ。
「例えば、リンベリュート王族の誰かが分家として、あるいは公方家の誰かが封土されて旧領地に行き、そこに都合よくダンジョンがあってオルコラルトの商人と取引ができれば、最もいい」
「それ、ショーディーが言いそう」
「ハハッ」
 危ない橋は渡らずに、自分たちにとっての利益だけがあればいい。それが、エル・ニーザルディア以外の者たちの総意だった。
「エル・ニーザルディアは、今持っている国土の他に、不毛となっている旧ニーザルディア領を再開発せねばならん。そのためには、土砂で埋まっているカルモンディ渓谷を開通させる工事をしなければならない。オーファリエの鉱毒がどこまで広がっているかもわからん場所を、だ」
 どれだけの金と時間がかかるか、試算だけで白目をむきたくなるだろう。
「旧ニーザルディアに行けたとしても、そこにあるのは高難度ダンジョンばかりで、アクルックスやアンタレスのように親切な迷宮都市があるわけでもない。結局、冒険者の拠点は、オルコラルトと接しているカペラになる」
 一応、ニーザルディアの王都があったディアフラには、迷宮都市『水涯の古都アケルナル』があり、迷宮案内所も備えられている。ただ、アケルナル全体が高難度ダンジョン仕様であり、街中をボス級エネミーが徘徊している。推奨レベルも六十以上とされ、ただ入場するだけでも難しいのだ。
「ちゃんとやっていけるのかなぁ?」
「ひどいジレンマだろうな。上手くいかなくて投げ出したくとも、高すぎるプライドが邪魔をする。数年後には、今日のことを後悔しているかもしれんよ。まあ、上手くいってくれた方が、こちらとしても良いのだけれどね」
 管理してくれる国がないと、力だけを持った冒険者崩れがたむろする無法地帯になってしまう。統一される前の、大昔のニーザルディアのようだ。
 そうなると、交易で儲けられるオルコラルトの一人勝ちになってしまうので、リンベリュートとしても適宜力を入れるしかない。エル・ニーザルディアの王家には、リンベリュートの王女が輿入れしているので、古い大貴族たちではなく、そちらへ援助する形になるだろう。
(まあ、旧ニーザルディアへの入植が成功にしろ失敗にしろ、エル・ニーザルディアは内部分裂の危険を抱え込んでいる。安定は、長く続かんな)
 それがルジェーロの見立てであり、現在のリンベリュート王国の混乱を乗り越えた後先に、周辺国との関わりを、どう舵取りがされるかを注視していくつもりだ。
 その時、モンダートがふとロビーへ視線をめぐらせた。
「どうした?」
「伯父上、あの人とお話しできないでしょうか?」
 そこには、絹に毛皮に宝石にと、これでもかと贅をつくした服を着た一団……エル・ニーザルディアの大貴族たちがいた。
「ふむ、直接行くのは無礼に当たるな。彼に話しかけてみようか」
 酒のグラス片手にくつろいでいる大貴族たちの後ろで、所在なさげに立っている平民っぽい服装をした、顔色の悪い男にルジェーロは話しかけた。
「失礼。エル・ニーザルディア冒険者ギルドの、ネイサン殿ですな?」
「え、はい……あっ」
 会議でリンベリュート王国代表として堂々と発言していたルジェーロと、年若いモンダートを、ネイサンはよく覚えていたようだ。
「これは、マリュー外交官殿……」
「会議お疲れ様でした。これは甥のモンダートですが、早くから迷宮都市で暮らしておりましてね。エル・ニーザルディアの冒険者ギルドは、迷宮との付き合いが浅いかと思いまして、おせっかいです」
「モンダート・ブルネルティと申します。ネイサン副ギルド長殿、どうぞお見知りおきください」
「はっ、恐縮です!」
 さっきまでは胃が痛そうな顔色をしていたのに、いまは緊張で冷や汗をにじませた顔をこわばらせたネイサンに、モンダートは少し同情した。
(大人なのに、俺に恐縮されても……。きっと、仕事が大変なんだな)
 なんでも、少し前にエル・ニーザルディアの冒険者ギルド長が解任され、大貴族の誰かがおさまったとかいう話を小耳に挟んでいたのだ。あからさまな首のすげ替えであり、このネイサンに過重な仕事や責任がかかっていることは疑いもなかった。
「実は、迷宮都市で消息を絶つ者が後を絶たず……困っていたところです」
 迷宮都市ではルールに従わなければ追放か処刑だし、ダンジョンでは無謀なことをすれば普通に死ぬ。
 まず、冒険者ギルド内で基本的な情報を共有するべきなのだが、エル・ニーザルディアは外交も内政も高圧的なので、他国の冒険者ギルドとの協調もとりにくいのだ。ネイサンは相談できる相手がいなくて、困っていたことだろう。
「迷宮都市との付き合い方は、理屈がわかれば難しくありません。ただ、それを冒険者一人一人に理解して実行してもらうことが難しいんだと思います。まずは迷宮都市に入る前に、迷宮都市やダンジョンではどう行動をすればいいのか、ルールに従わないとどうなるのか、研修を受けさせたらいいと思います」
 モンダートはネイサンに、同じ会議に出席していたライノやロゼに助言を乞うよう勧めた。
「さっきからなんだね、内政干渉も甚だしいのではないかな」
 酒のグラスを持ったまま、こちらに首だけ回した男を見て、モンダートの目はすっと細くなったけれど、ルジェーロの穏やかな表情は変わらないままだった。
「これはお騒がせいたしました。何処の国の所属でも、冒険者は平等に扱われる、これはさきほど、貴国もお認めになったこと。貴国の冒険者だけが情報不足のままでは、不平等かつ、不利ではありませんか」
「ふんっ、恩を売るつもりか?」
「滅相もございません。小職に、そのような大それた権限はございません」
 ルジェーロは巧みに言いがかりをいなしたが、エル・ニーザルディアの貴族たちは、自分たちが情報不足であるかのように言われるのが気に入らないのだ。
「あの、すみません。少し前に、俺の弟がエル・ニーザルディアの大貴族を名乗る者と出会ったのですが、様子がおかしいので確認をお願いしたいのですが」
「なんだと?」
「これ、モンダート。無礼だぞ」
 焦れたモンダートをルジェーロは嗜めたが、貴族たちの中でも歳を取っている白髪の男が、グラスをテーブルに置いてこちらを向いた。
「いや、いい。事実、かたりなら問題だ。話を聞こう」
「はい。その者は奴隷として売られていたそうなのですが、自分はオスボーン侯爵令嬢だと言っていたんです。プリシラと名乗っていました」
 その瞬間、貴族たちの視線が、一斉に一人に集まった。
 注目を集めたその男は、中年だが引き締まった体つきをしており、癖の強い金髪をきっちり撫でつけ、着ている物も品が良い印象があった。
「アーネスト、君の娘に、プリシラという子は、いたかな?」
 白髪頭の貴族に聞かれ、男は軽く首を横に振った。
「いいえ。我が娘は、オルタンシア、アンジェリーヌ、バージリアネの三人です。オルタンシアとアンジェリーヌはそれぞれ嫁いでおりますが、バージリアネは教皇国へ巡礼に行ったおり、先の混乱に巻き込まれて死んだと便りがまいりました。先日、除籍の手続きが済みましたところです」
 不快そうにひそめられた眉は、人によっては悲しみをこらえているように見えたかもしれない。