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186 薬という役目
聖地攻略をなしとげた後も……というより、より一層、僕は忙しかった。
政治的なことは人間にまかせて、解放した稀人たちの環境を整え続けていたのだけれど、さすがに姉上とソルの結婚式にだけは出席することにしている。 両親、とりわけ母上が、準備にも出てこない僕に不満どころかお怒りだったのだけれど、今が一番重要なのだと、ソルやハニシェ達がとりなしてくれた。 (いつの間にか、僕の中身が稀人だってバレてたし) そのうち打ち明けようかなと思ってはいたのだけれど、なんか先にわかっていたみたい。せっかくその気になって、箱庭に集まってもらったのに……。 ちなみに、ナスリンとファラは呼んでない。あの二人は伯父上と近くなりすぎるので、どんな拍子に漏れるかわからなかったからね。 「だってショーディー殿は、あの時『俺たちは使い捨ての餌だった』って言っていたじゃないですか」 僕の奴隷という庇護下から外れ、僕の義兄になるソルは、まだ僕を呼び捨てにすることに抵抗があるようだ。少しぎこちない。 巫女頭ヴェロニカと対峙した時、稀人の話をしているのに、僕が自分のことのように口走ったのを、ソルはしっかり聞いていたらしい。 「そんな所からバレるとは……」 「スハイルとハニシェは、もっと前から知っていたみたいですけど」 それはそれで頭を抱えたくなる。気を使われていたのか。 「使用人とは、そういうものです」 「ハニシェの坊ちゃまであることに、なんの変わりもありませんもの」 三人とも、僕の中身が稀人であることをわかっていて、他の人には黙ってくれていた。ありがたいし、よくできた使用人たちを得たと思う。 だけど、僕が地球で死んでから、この世界の求めに応じた上位存在らしきものの差配で転生したことを話すと、さすがにしばらく固まっていた。 「まあ、子供らしくない子供だった自覚はあるよ」 「いまでもお子様なのですから、お気をつけくださいまし」 心配するハニシェに言われてみれば、たしかにまだ小学生ボディだった。うん、もう無理はしないよ。 「では、旦那様は、召喚されてしまった同胞を助けるために、これまで活動されてきたのですね」 「そういうこと。理に反して滅亡しかかっているこの世界のことなんかどうでもいいけれど、召喚と称して生存に適さない世界に拉致され、稀人の世界にまで影響が出るのは許容できない。だから、教皇国やグルメニア教を潰したかった」 「納得できました」 そう言ったスハイルは、僕が理論的に稀人を保護したいと言っていたことよりも、僕がこの世界の人間に対して冷淡であることや、迷宮を創れる【環境設計】を持つのが僕でなければならなかったのか、という事が引っ掛かっていたみたいだ。 僕が稀人たちと同郷であるならば当然の心情であり、今回僕が認めたことで、腑に落ちたらしい。 「まあ、そういうわけで、僕の方はまだまだ忙しい。悪いんだけど、母上たちへのごまかしを頼むよ。ソルと姉上の式には、ちゃんと出るからさ」 「「「お任せください」」」 ソルはもう僕の使用人ではなくなってしまったけれど、ハニシェもスハイルも頼りになる使用人に育ってくれて、僕も嬉しいよ。 各地に迷宮都市やダンジョンを出していった僕だけど、割と基本的というか、根本的な 「冒険者って、本来は本当に、冒険する人という意味だったんだな」 冒険者とは、冒険する人のことです。なにを言っているのかと思うけど、そういうことなのだ。ナントカ構文ではない。 この世界に“障り”が出て、害獣による被害が出始めるまでは、冒険者と呼ばれる人は、探検家や開拓者といった意味が強い職業の人をさしていた。つまり、だいぶ昔から、冒険者や似た意味合いの職業は存在しており、冒険者ギルドも歴史のある組織なのだ。 それが、いつの間にか害獣駆除が主な仕事とされ、魔獣を狩りながら未知の場所を探索するという、本来の仕事が失われた。武器を取って戦う力のある者の仕事内容が移り変わり、名前だけが残ったのだ。 まあ、害獣駆除も、危険を冒すという仕事であることに変わりはないけれど。 (でもこれからは、ダンジョン探索も仕事に入る) 邪神のコアが見つからない限りは、いきなり“障り”が消えることはない。だけど、迷宮製の武器防具や魔力温泉での湯治により、以前よりは害獣への対処がしやすくなったはずだ。 害獣の発生自体も、人の心が変わって“障り”が出にくくなれば、多少は減るはずだ。そのためには、社会の仕組みが以前よりも平等な良い物になることが必要だ。でも、そこまでは僕の管轄ではない。 この世界の人間が、つまずきながら、時にぶつかり合いながら、試行錯誤して築き上げていくものだ。 心が傷付くことは、怖いし、苦しいし、辛いものだ。誰だって、嫌だろう。 だから、お互いになるべく角や棘を引っ込めて、摩擦係数を減らしながら、理性的に妥協点を探り、言葉を尽くし、手を取り合うのだ。それが、より多くの人の生存確率を上げることだと、大多数の凡人は理解しているのだから。 「でも、アンタはそうじゃなかった」 わざわざ椅子を持ってきた僕は、よっこいしょと腰を落ち着けて、今日は閉めたままの、牢獄の大扉を眺めた。 「アンタが天才だったからじゃない。自分の意見だけが通ればいい、と考える奴だったからだ」 グ・ルメー・ニャは、たしかに天才的な頭脳の持ち主だった。 魔族の中でも高貴な生まれであり、誇り高かったことだろう。 (でもさ、エリート思考とか階級社会って、結局は自分が良ければそれでいいんだよ) 自分を高い所に置き、下々の者を管理すれば導き手とされ、施しを与えれば慈悲深い、となる。それはまた、支配する者にとっては都合の良い思想であり、支配される者にとっても自分が責任を取らずに済む楽な思想なのだ。それにより、枠外にあって迫害される方は、たまったものではないが。 グ・ルメー・ニャは、生まれながらに地位も才能も持っていた。ただ一つ、保有魔力量が少ないという、魔族にとっては決定的なハンディキャップがあったせいで、こじらせてしまったのだ。 ――「ふざけんなよ! 何人犠牲にしたと思っている!? 稀人たちにだって、自分たちが生まれ育った世界で生きて、死ぬ権利があった!」 ―― 「異なことを。あの程度では、地から剥がれそうな弱者しか繋がらん。留まったとて、意味はない」 ―― 「それをお前が言うか! お前にその権利があるか!!」 ―― 「お黙れえぇぇx〇#ぅ▲bえ☆んγ◆▽c!!!!!!!!」 (あの時、彼女が激高したのは、はるかに格下だと思っている稀人と自分が同じだと、僕に言われたと勘違いしたせいか) 巫女頭ヴェロニカの体で、発狂したように叫びながら飛び掛かってきたグ・ルメー・ニャを思い出して、僕はちょっと背中を震わせた。 あの時点ですでに、ヴェロニカの中にあるのはグ・ルメー・ニャの魔力の残滓のみで、魂ではなかった。この世界に堕ちてきた時に、生命としては終焉を迎えており、ライシーカや歴代の巫女頭を乗っ取っていた魔力は、ミストの残留思念とそう変わらない。 だから、いくら感情や思考があるように見えても、あれは生前の影をなぞっただけのものだ。それでも、びっくりするほど怒り狂った。 僕にことさら彼女を貶めるつもりはなく、ただ魔族であるグ・ルメー・ニャも、地球から召喚されてくる稀人も、この世界には関係ない異世界人であり、無二の人生を送る権利を有した一個の生命体だと言いたかっただけだ。 でも彼女の事情を知った今なら、わかる。 保有魔力量が少なく、比重的な物が軽かったせいで、こちらの世界に吸い出されてしまった。彼女のその (自分が弱者だと蔑んでいた存在と同じだと……馬鹿にされたと思ったんだな) 魔族の世界にいた時に、魔力量が少ないからと散々蔑まれてきたことと、彼女の中では重なったのだろう。 彼女の生来のハンデについては、気の毒に思わなくもない。それだけで、馬鹿にされ蔑まれるなんて、かわいそうだと思う。 だけど、それが、この世界を滅茶苦茶にし、稀人たちの運命を刈り取ったことの、免罪符になるなんて思えない。 「……そうだな、僕をこの世界に送り出した上位存在にでも、お仕置きしてもらえ」 もしかしたら、グ・ルメー・ニャの魂はすでに捕らえられていて、それを踏まえて上位存在は僕に【環境設計】スキルを積んで送り出したのかもしれない。 「僕はちゃんと、薬の役目を果たせたかな」 まだ 「……」 この牢獄の大扉の向こうに捕らえてあるのは、グ・ルメー・ニャの魔力の残滓に過ぎない。 通常の魔族なら、産毛の一本にすらならないような……ミトコンドリア一個程度の、極ミクロな魔力でしかないだろう。 それでも、この牢獄から染み出し、いつかこの世界に溶けて消えてしまうまで、自分勝手にこの世界を傷つけ、異世界人を誘拐して死なせてきた大罪人として、禁固されていればいいと思う。 |