185 終わらない仕事の合間


「実家帰ったんじゃなかったのか? 年末に誕生日あるって言っていたのに、こんな所で遊んでていいのかよ」
「ソルは姉上に渡してきたから、いいんだよ。母上だって、僕よりも娘の結婚式準備の方に目が行くって」
「それを世間的には生贄というんじゃねぇの?」
 いま僕は、『栄耀都市カペラ』に新しくできた「競鶏場」のVIP席で、琢磨と一緒にジュースを飲んでいる。
 そう、競馬場ならぬ、競鶏場だ。
 ギャンブラーな琢磨から競馬をやれないかと相談を受けていたのだけれど、残念ながら、人が乗れるほどの動物を迷宮で飼い続けることは難しく、また競わせるだけのスペースを確保するのも、それを運営するのも難しかった。
 そこで、各迷宮都市で飼育されて巨大化したココにゼッケンをつけて、飛翔、走破を含めた障害物競走をさせることにしたのだ。
 もちろん、走るのは調教も難しい、ただの鶏である。ただ、迷宮に入れておくと背丈が人間の子供くらいの大きさになるのと同時に、多少賢さも上がるらしい。コースに並べてスタンバイさせると、どの個体も鶏口となるべく爆走を開始するのだとか。「ゴッゴッゴッ……」「グゲェェェッ!!」「グッカドッカドゥゥゥゥ!!」と、パドックも大変賑やかだった。
「ショーディー、ちゃんと賭けたか?」
 琢磨に言われて、僕は出鶏表を取り出した。
 レグルスパワー、クリスタルトサカ、マジカルキッカー、フライトハピネス、などと並ぶ名前を辿り……
「僕は、この六番の……ニューカクテルって子かなぁ。白くて、落ち着いている感じの子だった」
「手堅い。成績も仕上がりも文句なし。いい線行ってる」
「琢磨は?」
「俺はイッヒロンベルクだ! こいつは調子上がってきたところだからな」
 まだ始まったばかりの興行なので、登録されている鶏も少なく、よって開催されるレースの回数も少ない。
 それでも、レース場には大勢の冒険者やアルカ族が詰めかけ、手元の鶏券と魔光掲示板を睨みつけ、鶏たちに怒号のような声援を送っている。
 僕と琢磨もこぶしを握り締め、縦横に羽が舞い散る鶏たちのデッドヒートを応援した。
「いよっしゃぁあああああああああ!!」
「ぴえぇ……惜しいっ!」
 結果は最後に伸びたイッヒロンベルクが差し切って一着。前回のレースで勝っていたニューカクテルは、クビ差で二着だった。
「これは、はまりそう」
「ようこそ、ギャン中の世界へ。賭けちゃいけない金を賭けだしてからが本番だ」
「それはダメな大人の見本だよ」
 本日のメインレース「カペラ大障害(G1)」を堪能してレース場を後にすると、僕らは煌びやかなカペラに背を向けて、『背徳街カペラ』にあるお好み焼き屋に尻を落ち着かせた。
「そんで、やっとお役御免か?」
「それが、そうでもないんだよ」
 僕は琢磨に豚玉を焼いてもらいながら、現状を説明した。
 初夏に聖地シャヤカー大霊廟を攻略し、聖ライシーカことグ・ルメー・ニャを捕らえることができた。これで、ひとまず魔力の大量消費は止まったことになる。
 あれから半年が過ぎたけれど、世界に満ちる魔力が明らかに増えたわけでも、“障り”がさっぱり消えたわけでもない。
 大霊廟跡地に出した『廃城ブラムス』が、ものすごい勢いで“障り”を吸い上げているので、この世界に巡る流れに混じっている分は、徐々に薄まってきている。
 だけど、地上に漂う“障り”は相変わらずだし、冒険者が各地のダンジョンから持ち出す魔力を帯びた品も、まだまだ少ない。この世界の魔力量が戻るのは、まだ当分先だろう。
「しぶといことに教皇国がぶっ潰れたわけでもないし、召喚魔法陣が教皇国以外の国に残っている可能性も否定できない。なにより、邪神のコアが見つけられないのが、一番痛い」
「ああ、稀人でないと見つけられないんだってな」
 地球人でなければ、行方不明になっている封印された邪神のコアが見つけられない。これはグ・ルメー・ニャの証言だが、間違いないとみている。
 同時に、地球人はこの世界では生きていけない。最長でも、五年を過ぎる頃には、病死してしまう可能性が高かった。彼らに探せと言うのは、酷だし、お門違いだし、なにより僕の存在意義に反する。
「召喚されてくる稀人を保護するために、僕は必要な力をもらって、迷宮を創った。だからこれ以上は、いくら僕が望んだとしても、僕の能力が及ばない事だ。この世界の人間が、そうとは知らず偶然迷宮に持ち込むのを、待つしかない」
「わかってるじゃねーか」
「うん……」
 わかってはいる。だけど、迷宮を畳める・・・・・・という、仕事の終わり・・・・・・が見えない。それが、なんだか嫌なのだ。
「迷宮があることが、この世界のスタンダードになるのが、なんか嫌なんだよ」
「ああ、なんか頼られっぱなしみたいな気がすんな」
「それ」
 いい加減に自立してほしい。それが、正直な気持ちなのだ。
「でも、創ったばっかりじゃねーか。俺たちも楽しんでるぞ」
「琢磨たちが暮らしている内は、出しっぱにするつもりだよ。アルカ族ボディの稀人たちの中にも、こっちで暮らしてる人いるし」
 地上に出ている迷宮都市は、基本的にこの世界の人間向けの環境になっているため、琢磨たち生身の稀人が長時間滞在することは推奨されない。だけど、すでに魂だけになってしまって、僕が用意したアルカ族ボディを使っている稀人たちなら、アクルックスやアンタレス、カペラなどで生活することが可能だった。
 彼ら彼女らが、楽しんで生活している場を、いきなり取り上げるつもりはない。
「まあ、僕の手では、この世界は完全に元通りになる、完治には至らなかった。せいぜい、寛解ってところかな」
「上等だ。望まれた以上の成果を出しているんだ。十分、上等だろ。再発しないように取り組むのは、この世界の人間の責任だ」
「うん」
 来年になったら、今度は別の大陸まで迷宮を出す旅に出る予定だ。
 鰹節と青のりをたっぷり乗せた豚玉を食べながらそれを告げると、琢磨はミックスモダンを食べながら「残業はほどほどにして、いつでも遊びに来い」と言ってくれた。


 オフィスエリアに帰ってきた僕は、牢獄の大扉の向こうにたたずむシロに声をかけた。
「またここにいたんだ」
「ええ」
 封印の魔法で雁字搦めにされた、小さな石ころ。
 一応、あたりは魔力で満たされてはいるものの、その石ころからはじわりじわりと魔力が漏れ出していた。
「……結構、色が戻ってきたんじゃない?」
「おかげさまで。本当に、あなたのおかげです」
 僕を振り向いたシロは、ガリガリだった以前よりも、少しだけ肉付きが良くなってきていた。肌や目には、うっすらと血の気が通い、くせ毛の先は金色になり始めている。『廃城ブラムス』を顕現させてから、真っ白だったシロに、ほんのりと色が戻ってきていた。
「我々の願いを聞き届けていただいただけでなく、原因まで突き止めて排除してくださいました。なんとお礼を言っていいか、わかりません」
「前半は、ちゃんと契約した仕事。後半は、まあ、僕がやりたくてやったことだよ。お礼を受け取るのは、やぶさかじゃないけどね」
 クスクスと笑う僕に、シロは逆に真剣な顔で謝礼を考えだしたようだ。なんかトラウマになってないかね?
「オーブに囚われていた稀人たちは、迷宮のことを知らなかった。シロがちゃんと黙っていてくれたおかげで、こいつは僕の情報を得られなかった。ありがとう」
「それこそ、契約したことです。貴方との約束は、絶対ですから」
 シロの声が微妙に震えている気がしたけど、たぶん気のせいだろう。逸らされた視線を追って、封印の障石を眺める
「しかし、魔族って変わった生態をしているんだな。まあ、全体を知らないから、僕らの方が変なのかもしれないけど」
「魔力が濃くないと、物質としても、生命としても留まれないというのは、なんだか迷宮の仕組みに似ていますね」
「あー、そうかも」
 前世でも、エーテル振動がどうとか、エクトプラズムがどうとか、そんなオカルトは聞いたことがあったのを思い出した。地球人が知覚できていないだけで、召喚魔法が繋がってしまう程度には、本当に魔力があるのかもしれない。
 空の障石に閉じ込めたグ・ルメー・ニャだが、生命体としてはこの世界に堕ちてライシーカの肉体に宿った時点で、すでに終了していたらしい。これは、ポイントエデンで消えた魔族の魔力を観測できても、魔族の魂を観測できなかったことから、そう予想されていたことでもある。
 いまここにあるのは、彼女を構成していた魔力の残滓に過ぎず、魂と呼べるほどの物ではないようだ。
 過去を懐かしみ、他人を嘲り、策を弄し、元の世界に帰りたいという意思はあるものの、自分自身の生命に関しては驚くほど無頓着だった。「死にたくない」ではなく「力を失いたくない」と考えるのだ。
(ミストの残留思念みたいなものだな。自分が死なないと思っているのではなく、すでに死んでいるとわかっていないんだろうな)
 生体の殻も、魔力結晶の住処も失ったグ・ルメー・ニャは、やがてすべての魔力を失って消滅するだろうと思われた。
 いまは、その完全消滅までの時間を、罰として長引かせているに過ぎない。
 この罰にあまり意味はないかもしれないけれど、僕も情報を引き出せたし、こうしてシロたちが向き合うことができる時間がとれたのだから、良かったと思う。
「来年は、南の大陸に迷宮を出しに行く予定だ。現地情報のサポート、頼むよ」
「はい。お任せください」
 僕の仕事は、まだ当分終わりそうもない。
 でも、勤勉で協力的なクライアントがいれば、少しは苦労が減る……かもしれない、と淡く期待しておこうと思う。