|
184 廃城ブラムス
聖地での決戦の後、数日経ってヒイラギに言われるまで、すっかり忘れていたことがある。ライシーカ教皇国の、迷宮による都市封鎖だ。
元々、聖地でのことが片付いたら解放するつもりだったので、慌てて解除してあげた。 出口を見つけて逃げ出せた人もいるけれど、住人同士で物資の奪い合いや暴動の犠牲になったり、無謀にもダンジョン化した区域に突入して散ったりした人も多かったようだ。ご愁傷さまである。 面白いのが、聖都ソロイルで大粛清の嵐が吹き荒れていることだ。 「“安寧の魔法陣”が無くなっちゃったからね」 都市封鎖で混乱している時に、教皇そっちのけで自分だけ助かろうと暴れる奴もいれば、権力を握るために私兵を集めた奴もいたせいで、非常に気まずい雰囲気になったのだ。 幸か不幸か、本格的なクーデターに発展する前に、『聖懲罪府スピカ』に派遣されていた正規軍が戻ってきたおかげで、現教皇はかろうじてその地位を護れたらしい。 現在は、教皇国各地の混乱を鎮めていると同時に、教皇庁内の序列が大幅に書き換えられている最中だ。 巫女頭ヴェロニカの遺体を『聖懲罪府スピカ』へ持ち帰ったベルマーゼは、彼女を弔った後、自身が知る限りのことを本に著したり、スピカの超高難度ダンジョン『巨塔プルガトリウム』へ積極的にチャレンジしたりしているそうだ。 人類最強格だとは思っていたけれど、あの爺様、本当はサ〇ヤ人とかじゃない? 本当に人間か自信なくなってきたんだけど。 また、聖ライシーカこと、ヴェロニカの体を乗っ取っていたグ・ルメー・ニャに操られていたバニタスだが、無事に目を覚まし、精神状態も安定しているとのことだ。 操られた事実に当初はひどく落ち込んだそうだが、心身の修練が足りないと自省して、大型害獣を退治する旅に戻っていったようだ。 バニタスはシャヤカー大霊廟に残ったことが知られているので、教皇国では行方不明、あるいは死亡扱いされていることだろう。本人は特に感慨もないようで、「身軽になった」とうそぶいていたとか。ベルマーゼがもう教皇国にいないので、忠誠の向きを考えれば気分的に楽なのかもしれない。『辺境の村レグルス』にも顔を出しているらしい。 さて、無人となった聖地シャヤカー大霊廟だが、迷宮に取り込んだ現在、さまざまな調査と改築が進んでいる。 稀人が囚われていたオーブが設置されていたところから、星を巡る流れからの魔力と“障り”が噴き出している状態なので、とりあえずその大きな穴あきを塞いで、邪神のコアが戻ってきた時にあらためて稼働できるよう調整をした。 そして、大型害獣の生産工場をはじめ、グ・ルメー・ニャの研究所を潰した。魔族の世界に関する情報やデータは取っておいたが、それ以外はこの世界にとって害にしかならないものだ。 今後は、大型害獣も減っていき、自然発生した特殊個体が、稀に出現するくらいになるかもしれない。……大型害獣が自然繁殖しないことが、前提だけど。 「まあ、そいつらは、教皇国の兵や、力を付けた冒険者たちに片付けてもらおう」 そのために、ダンジョンで強くなれるように仕組みを作ったんだからね。 霊廟が霊廟として在るための、肝心の聖女シャヤカーの遺体を納めた棺などは残っていなかった。僕らが見たあの祭壇だけで、聖遺物とされそうな形見すら、なにもなかった。 (本当に、グ・ルメー・ニャの居場所を隠すためだけの、ただの箱だったわけだ) 彼女が聖地から離れなかったのは、あの場所が特に魔力に満ちていたからだ。 魔力に満ちている世界から来た上に、保有魔力が少ないグ・ルメー・ニャにとって、己からの魔力の流出は死活問題だった。いくら殻があるとはいえ、少しでも漏れ出したら、そこから消滅してしまうのだ。できるだけ、魔力圧のある空間を住処にしたいと考えるだろう。 (魔族の世界と繋げるために、務めて外の魔力量を減らしているんだからな。自分のまわりだけは、がっちりと魔力で守っておかないといけないわけだ) オーロラパールな岩石は、すべて高純度の天然魔力結晶であり、異世界人召喚儀式に使われる塗料の材料には、この魔力結晶を加工したものが含まれていたことが分かった。聖地から提供され、「聖女の魔力結晶」や「聖ライシーカの賜物」などと呼ばれていた材料が、それだ。 では、もう異世界人召喚儀式は行われないか、といえば、そうでもない。 まだ教皇国は滅んでいないし、材料の正体に気がついた者が、聖地の魔力結晶に代わって、迷宮産の魔力石を使う可能性は、十分にある。 (とはいえ、教皇国の力も、これからは落ちていくだろうな) 少なくとも、聖地を頼みにした事業ができないので、これまでと同じようにはやっていけない。具体的には、巫女の派遣や、巫女障石による兵士の強化などだ。 あれはグ・ルメー・ニャの研究成果の一部であり、その運用もシステム化されていたとはいえ、彼女が作った工場がなければ難しい。工場があった聖地は僕が迷宮化して潰してしまったので、教皇国は独自で開発する以外の方法が残されていない。 いつかは同レベルにまで追いつく可能性はあるものの、その頃に巫女や障石が必要になっているかは、まさに神のみぞ知ることだろう。 グ・ルメー・ニャが研究していたことの中で、僕にとっても重要なものが、いくつかあった。 ひとつめは、魔族世界との境界について。 以前、セーゼ・ラロォナに出現し、ポイントエデンでも支えきれずに消滅してしまった魔族がいた。 彼ら魔族がこの世界に出現する地点だが、グ・ルメー・ニャによると、色々試してはみたものの、こちらから指定や誘導することができず、ほぼランダムなようだった。つまり、セーゼ・ラロォナでの魔族出現は、やはりベルマーゼを狙ったものではなく、完全に偶然だったようだ。 (ということは、今後もどこに出現するかわからない、と……。人が大勢いる迷宮都市に突っ込んでこられると、ちょっと困るな) ポイントエデンは魔力が飽和してしまって、野生の動植物が突然変異しかねなかったので、一時的に迷宮化を解くまでした。冒険者が大勢いるダンジョンや迷宮都市でそれをやると、ダンジョンや迷宮都市自体が消えてしまう。 迷宮内にいた冒険者だけが、その場に放り出されるだけならまだいいが、雑に解除したせいで人間ごと消えてしまって魔力に変換されました、なんて大事故になったら目も当てられない。早急に、安全対策を考える必要がある。 セーゼ・ラロォナに出現した魔族が、カペラやアクルックスを無視してポイントエデンまで飛んでくれたのは、迷宮都市に比べてポイントエデンの方が広く、保有する天然魔力が格段に多かったからだろう。運が良かったのだ。 「魔力が多かった時代でさえ、グ・ルメー・ニャをはじめとした魔族が落っこちてきたんだ。魔力量を戻していっても、魔族が現れなくなることはないと考えた方がいい。これはきっと、この世界の仕様と言っていいんだろうなぁ」 ふたつめは、燿石について。 燿石自体は魔族世界にも存在しており、エネルギー源というよりも、主に魔力に対する抵抗素材、絶縁体のような用途として使われることが多かったらしい。 実は、教皇国からかっぱらった鑑定機にも燿石が使われているのだけれど、動力とすると仕組みに説明がつかなくて、イトウも頭を悩ませていたのだ。わかったのは、動力は鑑定される人間から魔力を吸い出して使用していて、燿石は別の役割があったのだ。 (これで、迷宮都市で使われている鑑定機の改良ができるって、イトウ喜んでいたな) うちのマッドな技術主任が、また不眠不休で仕事をしないか、ちょっと心配だ。 話を戻すと、魔族自身があれだけの魔力の塊なのだから、魔族の世界では本当に一般的な絶縁体程度にしかならないとして、不思議ではない。セーゼ・ラロォナで燿石を使った道具が軒並み壊れたところを鑑みるに、むしろ、脆い素材だと認識されているかもしれない。 ただ、この世界に燿石がやたらと多かったのは、やはりグ・ルメー・ニャの仕業らしく、元素改変の錬金術っぽいものを、星を巡る流れに乗せていたようだ。そのせいで、聖地があるガトロンショ山脈沿いにあり鉱物が豊富なオーファリエが、真っ先に忌地になり、やがて世界中の鉱脈にも影響が出ていったようだ。 これはこれで、六百年以上かけて改変されたものなので、僕としても気長に修正していくしかないだろう。困ったもんだ。 「さあ、準備は整った」 僕はアトリエのパソコンモドキの前に座り、ひとつ深呼吸をした。 マウスを操作して、待機状態のダンジョンファイルを、ひとつ、実装ボックスへ移動させる。このスキルを自覚し、迷宮都市を造れるようになってから、ずっとずっと温めていた、とっておきの高難度ダンジョンだ。 「いでよ、『廃城ブラムス』」 万年雪を纏ったガトロンショ山脈の一部、かつて聖地シャヤカー大霊廟があった場所に、その威容が顕現する。 『グローリーオンライン・ネクサス 悠久のグリモワール』にて、俺がプレイしていた時のエンドコンテンツの一角と言っていい。 ゲームでは、かつて栄えて滅びた文明の名残だとか、魔王城の跡地だとか、さまざまな噂があるものの、その歴史事実は解明されていない、という設定だった。 いつも薄暗い空の下にたたずむ、荘厳さと絢爛さを兼ね備えた、崩れかけの巨大な城。広大な敷地に侵入した瞬間から、体を押し潰すような空気の重さを感じ、常にスリップダメージが入る。出てくるモンスターも強敵ばかりだが、得られる報酬もまた、桁違い。僕はそれを、忠実に再現した。 だが、そこへ入場するための要求レベルは、脅威の四百オーバー。 正直言って、僕が創った『廃城ブラムス』は、人間が行って帰ってこられる場所じゃない。難易度としては、あのベルマーゼでやっと挑める『巨塔プルガトリウム』を、庭散歩感覚で攻略できる人間が挑むランクとなる。 ここは攻略されるためではなく、いつか戻ってくる邪神のコアを護るためのダンジョンだ。誰にも内部を見られなくてかまわない。 ああ、でも…… ガラスの天井が落ちた温室、欠けた石階段や崩れた石材に 「……かっこいいなぁ」 気が付けば、そんなうっとりとした声が、僕の口から零れ落ちていた。 |