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182 心の栄養補給
「まあ、だいたいこういう事だったらしいです」
捕らえたライシーカの魔力から引き出した情報を語った僕は、目の前にいる男女と同じ表情になっているだろうなと感じた。 「くだらない……。俺たちは、そんなことに巻き込まれたのか」 呆れと、哀しみと、虚無が混ざった、実にしょっぱい表情だ。 「……転生チートで無双したいなら、自分の力だけでやってよね」 俯いた顔を両手で覆った女性の方が、怒りを抑え込んで地を這うような低い唸り声をあげるが、僕も全く同意する。同意しかない。首がもげるほど縦に振りたい。 僕らは今、『ひのもと町』にあるイタリアンカフェのテーブルについている。店内は昼時を過ぎて空いていて、お洒落なレンガ壁に蔓植物の鉢が吊り下がっているのが見えた。 冷めたコーヒーが白いカップの底に残っていたけれど、僕の目の前にいる二人は、感情処理のためにしばらく動けないようだった。 男性の方は 女性の方は (仕事も趣味も鍛造って、スゲーな。日本刀やダマスカス風ナイフを作る動画は見たことあるけど) 二人とも、僕が聖地の地下から回収したオーブに魂が閉じ込められていたが、特別製のアルカ族ボディを得ることで、こうして直接対話ができるようになっていた。 稀人用のアルカ族ボディだが、まだ誰も使っていない試作段階で、どんな不具合が出るかわからない。そこで、とりあえず使ってみたい、とにかく外に出たいという、元気な人の魂に入ってもらったのだ。 長い間、ナイーブな状態で閉じ込められていたせいで、個を保てなくなってしまった魂も多かった。そんな人たちは、まだ当分体を得ての活動はできないけれど、状況が変わったことは認識できているらしい。 そんなわけで、まずは体を得たこの二人に、召喚の元凶となったグ・ルメー・ニャについて報告をしていた。 「なんというか、才能だけはあったんでしょうね。人格的に問題があったというか、才能が偏りすぎていたというか」 「馬鹿と天才は紙一重、というより、ただ自分勝手なだけだな。無駄に頭が良かったのが、世界にとって不幸だった」 職場にもそういう奴いたなぁ、と信義さんの眼差しが遠くなっている。ご苦労されたんだな。 「社会の底辺に生まれていたら、早く死んでしまっていたかもしれないのに。せっかく繋いだ命を、自分の軽率さで異世界に行っちゃったのに、さらに他人を犠牲にしてまで帰りたいなんて。我儘って言葉じゃ足りないよ」 真理愛さんは憤懣やるかたないとばかりに、こぶしを握り締め、むくれている。 「帰りたい」その気持ち自体は、召喚されてきた稀人である彼らもわかっている。だからといって、まったく関係ない地球人を巻き込むな、という話だ。 「……結局、みなさんを地球に帰してあげることができませんでした。地球での事象改変が起こる程、グ・ルメー・ニャの才能が 「いいのよ! あたし、こっちでもう死んでるし。こうして新しい体をもらえただけ、十分嬉しいわ」 「そうだとも。飽きて死にたくなるまで、迷宮で自由に生きていていいなんて、かえって贅沢だな」 召喚された稀人が地球に還れないことは、僕にもどうしようもないことだった。そして、すでに亡くなってしまった稀人にアルカ族の肉体を提供できても、やはり迷宮から外に出ることはできない。 結局、足を抱えて箱の中に閉じ込められているか、なにもない狭い部屋に閉じ込められているかの違いしかないような気がしてくる。 「できるだけ、過ごしやすい環境を整えますから、なんでも言ってください」 「君は充分に力を尽くしてくれている。俺たちを助け出してくれた」 「そうだよ。あのままアイツの道具にされているなんて、まっぴら! そんな申し訳なさそうな顔しないで。ね?」 被害者であるお二人に慰められてしまって、なんだか余計に申し訳ない気分になってくる。 「あ、ねぇ、ケーキ食べない? 甘いの食べれば元気出るって」 空気を変えようと、真理愛さんがパッと取ったメニューを広げる。 「あたしアップルパイ! 久しぶりにシナモンを感じたい。ノブさんはどうする? ティラミスとかモンブランとかもあるよ」 「……スペシャルガトーショコラ」 「実は、甘いもの好き?」 「脳には糖分が必要だ」 たっぷりのホイップクリームと苺がトッピングされたチョコレートケーキを指定した信義さんに、真理愛さんもケラケラ笑いながら僕にメニューを押しやってくる。 「ショーディーくんは?」 「えっと、じゃあティラミスで」 この店のケーキは濃いコーヒーに合うように、だいぶ甘くなっている。それを知っている僕は甘さ控えめなケーキを選んだのだけれど、召喚されてから甘味とは無縁だった二人にとって、砂糖は劇薬に等しい味だったようだ。 「甘い。美味い。もう一皿いけるな」 「生きててよかったぁ。いや、死んでるけど」 「そこは生き返るって言っておこう」 「アッハハハハ! マジでそれ。生き返る! 最高」 死人ジョークを飛ばされても反応に困る。気に入ってもらえたなら良かったけど。 (七種さん、ありがとうございます) 僕一人じゃ、こんなに美味しいケーキは作り出せなかったよ。 「こんなに美味しいものがあるなら、みんなすぐに出てくるよ。絶対。文句ないっしょ」 「え、そうですか?」 スプーンが止まった僕に、真理愛さんはうんうんと大きく頷いている。 「この町だけでも、ご飯処、いっぱいあるみたいだし?」 「そうですね。中華もイタリアンもフレンチもありますし、天丼屋も蕎麦屋も牛丼屋もありますよ。とんかつは定食屋ですけど、あ、ファミレスや居酒屋もありますね。お酒飲めるのは、あとはバーとか、焼肉屋みたいなのとか。フライドチキンやハンバーガーみたいな、ファストフード類もありますね。テイクアウトなら弁当屋もあるし……。エスニック系はまだないんですけど、スーパーあるんで、自炊もできますよ」 「……十分すぎない?」 「十分だな。俺たちが報告したら、ぞろぞろ出てくるだろうよ」 真理愛さんと一緒に、信義さんからもお墨付きが出た。 「日本人なら、美味い飯があれば、だいたい文句は言わんだろう」 「元日本人として、反論しづらいですね」 迷宮都市を造るにあたって、インフラや建物以外で特に力を入れたのが食事関係だった僕が、言い返せるわけがない。 「大丈夫だよー。 アップルパイと一緒に追加で頼んだ紅茶を啜りながら言う真理愛さんに、信義さんも大きく頷いた。 「そこが一番大事だろうな。いきなり召喚されて、精神的に張り詰めたまま死んだ俺たちには、安心できる場所というのは非常に魅力的だ」 「癒しは大事よ。ケーキは心の栄養だもの」 「その通りだ」 二人とも、甘いケーキをぺろりと平らげていた。お皿がきれいになっている。 「……ひとつだけ。いくら稀人でも、同じ稀人に対して問題行動を起こした人は、別の迷宮都市に隔離させてもらうことにしています」 僕の突然の警告に、二人とも目をぱちくりさせた。 いきなり何を言い出すのかと思ったのかもしれないが、信義さんの言った「安心できる場所」とは、なにも公的な治安がいいというだけのことではないはずだ。 「稀人同士でも、他人に迷惑行為をするとか、物理的に離れていた方がお互いに心の平穏が保たれる関係とか、無いわけじゃないでしょう?」 「たしかに……」 「言われてみれば、その可能性はあるわね」 稀人用迷宮都市は、ここ『ひのもと町』の他に、完全隔離された『ホーライシティ』がある。基本的に、『ホーライシティ』への出入りは、アルカ族であっても僕の許可が必要だ。 「隔離された先もちゃんとインフラが整った広い都市なので、不自由な生活はさせません。そこはお約束できます。こちらの町とはタイプが違うので、もし、好みの問題で最初からそちらに住みたいという希望があれば、面談の上、対応させていただきます」 「わかった。……普通なら、豚箱行きになる事もあるだろう。召喚されてきた人間全員が、みんな善人だとは限らないからな。そういう時は遠慮しないで、むしろきっちりやってくれ」 「わかりました」 僕はそれ以外の基本的な迷宮都市の仕様をさらに伝え、いくらかの意見交換ができた。 「スキルも好きなものを付けてもらえるし、それで仕事をすれば給料が出る。ダンジョンで稼ぐこともできる。閉じこもって恨み言を並べているよりも、ずっと楽しいだろうよ」 「そうよねー。やっと異世界転移したあたしの物語が始まるって感じ。この場合、やり直しって言うのかな?」 「真理愛さんが以前作られた『呪いのビキニアーマー』も、凄い物語を作りましたよ」 「マジ? さすがあたし。後でその話聞かせて」 新しい生活を期待して朗らかに笑う二人を見て、僕は胸の中にあった大きな重りが、少しだけ小さくなった気がした。 |