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179 聖女の使い道
お昼休憩でリフレッシュした後、僕らは培養ポッドの森に戻った。
「うーん、すごい勢いで“障り”が出てる」 壊れた培養ポッドから漏れ出している“障り”と魔力は、それだけでもかなりの量で、タブレットに表示されている“障り”量は、休憩前よりも明らかに増えている。 「まったく、ここで造られている害獣って、どんな詰め込み方されているんだ」 ベルマーゼや、同じ実験に晒された『失敗作』たちの境遇を思うと、あらためて吐き気がしてくる。こんなの、普通の生物が耐えられるはずがない。 「たしか、教皇国の兵士の中にも、ここで強化されている人がいるのですよね?」 「正気を失う者もいるというのも、当然でしょう」 ハニシェは不安そうに眉をひそめ、スハイルも呆れたように首を振る。 「この先で、その強化兵も出てくるかもしれないですね。気を付けます」 表情を引きしめたソルに、僕も頷いた。 「そうして。十分に“障り”が出たおかげで、エラー地域が絞れた。いまから、そっちに向かう」 「そこには、なにがあるんです?」 スハイルの質問に、僕は少しだけ緊張した笑みを浮かべた。 「邪神の玉座だよ。たぶんね」 それがどんな姿形をしているのか、あるいは姿形なんて無いのか、それは行ってみなければわからない。 だけど、巫女頭ヴェロニカがこの地を離れなかったこと、聖ライシーカが魔族である可能性が高いこと、これらを考えてみれば、最重要地点であり、防衛もそれなりであることは当然だ。 「うぉらぁあああああ!!」 ヘルメットとサングラスを装備した僕がハリセンを振り回すたびに、わらわら出てくる培養人間と大型害獣たちが雑に吹き飛び、ソルたちがとどめを刺していく。 すでに培養ポッドの森を抜け、辺りはオーロラパールな色調の岩壁という、実にファンシーな風景になっている。目がちかちかする上に、油断すると若干酔う。 この辺りには魔力が多いが、“障り”は完全に回収されてしまっているエラー地域のため、迷宮建築家としての僕の能力が全く役に立たない。 「開けんかいコラァ!! 大阪じゃあ!!」 由緒正しい官憲式カチコミ文言を叫びながらハリセンを振り抜き、通路を塞いでいる魔力バリアを叩き割る。これは騙ったわけじゃない。リスペクトだ。行政の粛々とした強制執行もいいけれど、こういう時は、ノリとか勢いとかが大事なんだ。 「旦那様、培養人間に混じって、武器を持った人影が来ます!」 「ここにきて、教皇国の強化兵ですか。バニタスのように意思を奪われているのかもしれませんね」 「んがぁあ! めんどくせぇぇ!!」 瞬時に迷宮へ逃げ込むことができないせいで、退路をきちんと確保しながらの前進になる。一進一退とは言わないが、スピードが上がらない。 すでに迷宮に取り込んだ区域にある培養ポッドなどからは、害獣が出ないように処理をしてある。だけど、どこからか邪魔者が湧き出てくる。いったい、どれだけストックがあるのやら……。 その時、僕らが来た方角から大きな音がして、吹っ飛ばされたらしい大型害獣が、培養人間を巻き込みながら岩壁にめり込んでいた。 「後詰がやっと来た! みんな、後ろはもう気にしないでいいよ!」 キラキラした土埃の中に細いシルエットが見えたので、敵の処理は任せて前進することにした。 床も天井も壁も同じ色調のせいでわかりにくい通路を走り、膨大な魔力を注ぎ込んで造られた強固なドアを、ハリセンでばしばしとシバキ倒す。素材の質感やドアの構造を無視して、バキバキに割れるから、魔力干渉とかしてるんでしょ、たぶん。 最後にはソルとスハイルが、岩壁に模されたドアを蹴破り、その狭い部屋へとなだれ込んだ。まず一発、ハニシェの魔導銃が発砲される。 「年貢の納め時だ、ライシーカ」 そこは、安置された物が大きすぎて、人が入るには狭く感じる部屋だった。 いままでもオーロラパールな風景だったけれど、ここはさらにビッカビカに光り輝いてしまっている。 僕は指先でサングラスの位置を直し、あらためてこの部屋をよく見ようとした。 培養ポッドを構成していたような蔦が、床と天井のそれぞれから伸びていて、その間に、僕が両腕を広げたよりも大きなオーブが浮いている。 その傍には、ただ一人、周囲の光を吸収しているかのように沈んだ色調の老婆が立って……いや、これも相変わらず浮いていた。 「下賤な仔ネズミが」 「寄生虫に言われたくねぇなぁ。こんなにぷりちーなぴちぴちの美少年なら、世界の宝と言っていいのに。おばあちゃん、そろそろお家に帰りましょうねぇ」 片手でハリセンを肩に担いで、もう片方の手をズボンのポケットに入れてニヤニヤしている僕と、その周囲を固めるソルたちを見て、毛皮のコートに埋もれそうな皺顔がわずかに俯いた。 「ハハッ、残念? その程度の重力負荷じゃ、僕たちは動けるよ」 巫女頭ヴェロニカは【重力魔法】の持ち主だった。 だけど、僕らはアンチマジック装備を身に着けている上に、ハニシェが【重力魔法(減衰)】の弾丸を先制で足元に撃った。 結果、ほぼ相殺された負荷しかからず、稀人のための地球重力を適用し、この世界の人間にはちょっと動きにくいダンジョンで鍛えた僕たちには影響がなかった。 「……!?」 「?」 今度は、なにか明らかな動揺が伝わってきて、そんなに驚くことかなと思ったら、僕らが重力魔法に耐えた事じゃなかった。 「旦那様、いま何かされました」 「おん? なんだろう? 全然感じなかった」 スハイルのささやきに首を傾げる。僕、そんなに鈍いかな? 「みんなは感じて、僕はわからなかっ……ああ、精神操作かなんかやろうとしたな?」 バニタスを操ったように、僕らのことも支配しようとしたのかもしれない。 残念ながら、ステータス上、常人とは桁違いの精神値を持っているので、まったく何も影響がないのだが。 (みんながアクセで底上げしている数値の、四倍くらいは素であるからな、僕) 鈍いんじゃない。堅固なのだ。異世界社会人チートだ。 「何者だ、仔ネズミ」 「僕? 迷宮の魔王様、だよ」 「そうか、お前が……」 格好つけて言ってみたけれど、ヴェロニカの反応は薄くて、あまり感銘は与えられなかったようだ。まあ、いまの僕は緑十字ヘルメットにサングラス姿だし、魔王っぽくないといえば、はい。 「聞きたいことが、いくつかあるんだ」 「……」 「まず、魔力を薄める手段として、なぜ稀人を召喚するという方法を選んだのか」 「……」 「つぎに、なぜこの世界の魔力を薄めて、魔族の世界とこの世界を繋げようとしているのか」 「……」 「みっつめは、“障り”を使って強化兵や生物兵器を作って、なにをしようとしていたのか」 「……」 どれにも答えてくれなさそうで、ちょっと肩をすくめる。 「まあ、いいけどね。死んだ後でも聞きだせるから」 「貴様……」 「あ、なんか身に覚えがあった? たとえば、稀人たちの魂を捕まえて、そこから情報を吸い取っていました、みたいな?」 「……」 ビンゴのようである。 「最後に、ここにあったはずの邪神のコアを、どこへやったのか」 「……ふっ」 意外なことに、ヴェロニカの顔に、また、あのぐにゃりとした笑顔が浮かんだ。 「下賤の仔ネズミ。なれど、邪神……邪神か。久しく、永く……、いまごろ聞いて……ふっふ……」 「そんなにおかしかった?」 「おお。……あれは、愚かで、簡単な女であった。懐かしい、懐かしい」 ヴェロニカがあまりにも嬉しそうに言うので、僕はしばしあっけにとられてしまった。 でも、それは最低の事実だとわかるまでだった。 「サヤカめ。そう、サヤカだ。あの愚女めは、至極簡単だった。ライシーカの肉体では、アレに干渉できぬ。だが、サヤカならできた」 喉の奥を乾いた息が通るような、不器用な笑い声をあげて、ヴェロニカは……いや、聖ライシーカは己の悪行の一端を告白していた。 「アレは、この世の理に外れた、稀人にしかできぬ。稀人にしか見えぬ! ゆえに……私も、どこにあるのか知らぬ。ククッ……貴様の探し物は、見つからん」 「……マジかよ」 器である肉体がこの世界の物である僕や、この世界で生きている人間では、邪神のコアは見つけられない。だけど、召喚されてきた稀人は、この世界で生きていけない。邪神のコアを探し出すことは、ほぼ、不可能だ。 そのあまりのショックに、僕は目眩を起こしかけた。 「……邪神は、この世界を構成するシステムの一部。この世界の人間であるライシーカの肉体では、干渉できなかった。だから、異世界人を……ヒノカゲ・サヤカが召喚された。そういうことか!」 「カッ、カッ、簡単、に。ちぎれて、びちゃびちゃ、して、ヒッ、ヒッ……。最後まで、果たしたとも。ああ、よく働き、務めを、果たした! あぁ、愚か!」 狂ったように笑う老女を目の前に、僕は頭の中が急速に冷えていくのを感じていた。 |