178 拷問吏はいっぱいいる


 箱庭に戻って休憩していると、普段はラボに籠っているイトウが訪ねてきた。
「珍しいね。一緒に食べてく?」
「バニタスをスピカに移送した報告と、前頼まれていた物の使い道ができたんで、納品しにきただけだよ。あ、それ、アンタレス産のパイナップル? 一個頂戴。ごっそさーん」
 渡された小箱の中身の使い方を説明したら、デザート皿のパイナップルを一欠片口に放り込んで、イトウはさっさと帰って行った。
「相変わらずだなぁ」
「まったく、行儀の悪い。旦那様のお食事が終わるまで、少し待つこともできないとは」
 僕の給仕をしていたハセガワは眉をひそめるけれど、ハニシェはどこか気遣わし気な顔をする。
「迷宮で働いている方々は、いつも忙しそうですね」
「ははっ……」
 ハセガワを筆頭とする僕の側近たちは、僕の記憶にある、かつて地球人として生きた人の姿形と常識と、この世界で生きて報われなかった人たちの意識と感覚の、両方が備わっている。
 そのせいか、やる気に満ちているのはいいけれど、ややワーカーホリック気味なところが玉に瑕だ。本人たちは好きで働いているらしいのだけれど、僕としては、もうちょっとホワイトな労働時間でやってほしいと思わずにいられない。
(いくら疲れないアルカ族だからって、見ている方が疲れてしまうよ)
 僕はイトウから渡された小箱をポケットにしまって、昼食を再開した。
「イトウからの報告は来たけど、ミヤモトはなんか言ってた?」
 培養人間や大型害獣の死体をたくさん回収したけれど、特に何も報告が上がってきていない。
「緊急を要するような、特筆事項はないようです。大型害獣は、トルマーダ砂漠で完成体を回収していますし、キメラも見た目が異様なだけで、大型害獣と変わりありません。培養人間につきましても、肉体には既存の組織しか使われていないようです。動力コネクタであると同時に、指令系統を司ると思われる“障石”は、イトウの管轄です」
 ミヤモトの見立てでは、あの培養ポッドに入っていた害獣やキメラに関しては、特段の注意はないようだとハセガワは報告してくれた。
 警戒はしつつも、このまま進んで問題ないだろう。
「そかそか。じゃあ、ミヤモトのレポートは、落ち着いてから読ませてもらうよ」
「かしこまりました」
「ああ、そういえば。バニタスは、スピカに放り込んだんだ?」
「はい。こちらでの治療は終わりましたが、目を覚ました瞬間に、また精神の主導権を奪われてはかないませんので」
 澄まし顔のハセガワは、面倒事は先に潰すに限る、と言わんばかりだ。
(たしかに、ここで暴れられるよりは、スピカに置いた方が、その……色々安全だな)
 『聖懲罪府スピカ』なら、僧籍を持つバニタスでも滞在できる上に、迷宮内でもトップクラスの戦闘能力持ちがいる迷宮都市だ。
 万が一もないというか、むしろバニタスが危ないかもしれない。残ったのが頭と胸だけでも、死んでなければ問題ないだろう、くらいは思ってそうなのが支配者だからな……。
「ルシフェルの鳥籠なら、暴れるバニタスでも捕まえておけるだろうけど……アイツ、死のハードルが低い上に、倫理が羽生やして逃げ出したような奴だからなぁ」
 人道支援は義務や仕事の一部であって、そこに分類されないものを丁寧に扱う気はないようだ。あの惨殺死体入り鳥籠オーナメントなんて、完全にアイツの趣味だし。
「迷宮都市を預かる者は、誰も似たようなものかと。みな、なにが大事であるか、よく弁えておりますゆえ」
「そうか……」
 どうしてこうなった、と呟きがこぼれたけれど、それにはハセガワは答えなかった。
 創った僕に原因があるという事は、薄々わかっている。わかってはいるんだ。自分の心の狭さとか不器量さに軽く絶望しそうだから、認めたくないだけで。
「とにかく、バニタスが外部から操られていたのは確実だけど、スピカに置いたから、現状、僕の邪魔にはならない。そうだね、ハセガワ?」
「御意にございます」
 面倒な障害物は退かしたけれど、懸念は残る。
「旦那様、我々もバニタスのようになる可能性はありますか?」
 心配そうなソルに、僕はハセガワの顔を見上げた。
「どう?」
「可能性がゼロとは申しませんが、低いと思われます。まず、バニタスは我々と違って、元からグルメニア教に属し、ひいてはライシーカの影響下に置かれやすい、精神的な素地がありました」
 僕たちと違って、聖ライシーカや巫女頭ヴェロニカに対する、抵抗感が少ないという事か。
「次に、バニタスの基礎レベルは高いですが、ソルたちのような桁違いに精神力を底上げするアクセサリーをつけていません。さらに魔力量も多いとは言えないので、魔力的な防御、抵抗値が、比較して低いのです。味方、あるいは庇護対象と思い込んでいた者からの不意打ちなどで、ああいった状態になったのかもしれません」
「ありうるな」
 元々素直な性格で、弱いものに手を差し伸べる優しさがあるバニタスだ。ベルマーゼが経験した聖地からの仕打ちを聞いても、それまでに染み付いたグルメニア教徒としての思考から、老女のヴェロニカ相手に危機感がなかったのかもしれない。
「しかしながら、ライシーカの能力の限界は未知数です。貴方たち、気合を入れなさい。無様なことは許されません」
 ハセガワに睨まれたソル、スハイル、ハニシェの背筋が、ピンと伸びた。きっと、やらかしたら地獄のブートキャンプが待っているのだろう。
「それじゃあ、お腹が落ち着いたら、続き行こうか。どうせあいつは逃げられない。安全第一でよろしく!」
 緑十字のヘルメットでも被っておこうかな。

 最終決戦で事故があったらつまらないので、僕は突貫で迷宮産緑十字安全ヘルメットを作って被った。物理的にも、お守りとしても、安心感がある。
「これ被ると、気が引き締まるな」
 前世の記憶が染み付いているせいか、シャキッとした気分になる。
 デザイナーなんて、たとえ現場に同行する機会があっても、大人しくしているしかできないけどね。邪魔になって、監督に怒鳴られたくないし。
 現場でおっさんが怒鳴っているのは、だいたい事故を防ぐためだ。子供が道路に飛び出そうとしたり、他人様の持ち物を乱暴に扱ったりして、親にしこたま叱られるのと同じ。大怪我や命の危険がある、あるいは補償の問題があるから、注意を促しているに過ぎない。あとは、単にまわりがうるさくて、声が大きくなっているだけだ。
(クライアントや親会社からの、理不尽な指図にキレている時もあるけど)
 昔は常に口が悪くて、横暴かつ乱暴な態度の人間もそれなりにいたけれど、従業員に対するコンプライアンスも重視されるようになった現代では、だいぶ改められてきたと言えるだろう。
 なお、マジのパワハラをした上司が、耐えかねたスタッフに数十トンの重機でぺしゃんこにされた事例もある。そもそも虐めをするなという話ではあるが、物理的に危ないものを扱っている人間が、それを使って反撃してこないとは言い切れないのだ。ご安全に。
 閑話休題。
(今回の仕事は、建設予定地にある、不法建造物の安全な撤去が目標だ。たてこもっている実質的無権利者の排除も盛り込んだ、強制執行である!)
 そう考えれば、なんだか前世に馴染み深くなって、手強く感じない。
 重機迷宮範囲は周りにスタンバイしているし、やや手を伸ばし過ぎではあるものの、法的根拠ならぬ大義名分もある。スタッフの装備と練度も、出来るだけ上げた。ハード面は、おおよそ問題がない。
(それ以外で、こちらが獲得しなければならないソフト面がふたつ)
 ひとつは、行方不明になっている稀人の魂の回収。噂では、聖地のどこかに囚われており、星を巡る流れに“障り”を吐き出し続けているという。
 もうひとつは、これまた行方不明になっている邪神のコアがどこにあるのか、どういう形をしているのか、ライシーカから聞き出すこと。
(素直にしゃべるとは思わないけど、迷宮うちって、拷問吏はいっぱいいるからな)
 それが良いのか悪いのかは置いておいて、容赦がないのはいっぱいいる。ライシーカ教皇国に虐げられた人たちの意識を知っているアルカ族なら、我も我もと手を挙げるに違いない。
 とにかく僕がやることは、巫女頭ヴェロニカ、あるいは、彼女に入っている聖ライシーカを、安全に捕らえること。
 そのためには、バニタスを戦闘不能に追い込んだように、いかようにも迷宮を操ってみせる必要がある。
「おかしいなぁ、建築家のする仕事じゃない気がする……」
 出来るからと言って、それが本業というわけじゃない。ただまあ、やるからには全力を尽くすだけだ。
 指先で安全ヘルメットの庇を上げることで、滲んだ苦笑いを引っ込めて、僕はハリセンを肩に担いだ。