177 技術と理論


 キメラは馬の体高とワニの体長というデカい体躯をしているうえに、軟体動物じみた触手が、どこまで伸びてくるのか測り辛い。
 バニタスのベルマーゼから受け継いだフィジカルと剣の技量は、呪いのビキニアーマーのバフが乗ったレイチェル王女と、対等以上に渡り合ったところからも疑いようがない。
「正面から戦うなんてばからしい。キメラに暴れてもらって、培養ポッドを壊させて。戦闘不能にさせるのはバニタス優先」
「「「了解」」」
 それだけで、ソル、ハニシェ、僕を抱えたスハイルが三方向に別れた。培養ポッドを盾にしながら動き回り、キメラとバニタスの同士討ちを狙う。
 理想を言うは易しで、こちらの消耗が激しい。だけど、穏便な方法がそれしかない。
「全力で殺す以外で、どうやってバニタスを戦闘不能にするんです? 我々が先に死にますよ!」
「メタでハメるしかないよね!」
 スハイルは巧みに【隠密】を使ってキメラの死角に入り込み、僕にバニタスとキメラ両方の動きが良く見えるような位置取りをしてくれる。ここなら、触手の流れ弾以外は気を付けなくていい。
 ソルとハニシェも、キメラからのヘイトを稼がないよう、培養ポットの影からバニタスを集中攻撃しているのだけれど、あの体力馬鹿バニタスは受け止めたり避けたり余裕そうだ。
「なんだか腹が立ってきた」
「わかります」
 軽く息を弾ませたソルに、リロードをしながらハニシェも同意する。
 二人とも、レイチェル王女と戦った時よりも強くなっているはずなのに、いまだバニタスに敵わない。それが悔しいのだろう。
 ソルとの剣士としての力量差もさることながら、バニタスは魔力量が多くない代わりに、その少ない魔力を魔法防御につぎ込んでいるため、ハニシェの魔法弾丸が及ぼす影響も、だいぶ削られてしまうのだ。生身の癖に、迷宮で鍛えた人間よりも強いなんて、チート味を感じるのも仕方がない。
 培養ポッドが邪魔で動きづらいキメラもいらだっているのか、雄叫びを上げて触手を振り回す。多足はスピードが出るけれど、大きな体は小回りが利かない。その結果、あちこちの培養ポッドがぶつかられて、欠けやヒビが入っていた。
「あの辺の培養ポッドなら壊れそうだな」
「壊してしまって、大丈夫なんですか?」
 スハイルは中から大型害獣が出てくることを警戒しているのだろうけれど、僕は大丈夫だと頷いた。
「害獣が出てくることよりも、“障り”がどばっと漏れ出してくれる方が大事!」
「そういうことですか」
 僕はスハイルに背負われたまま移動し、壊れかけた培養ポッドに向けてハリセンを叩きつけた。
「フラーッシュ!」
 ベチンッ、と妙にこもった響きと共に、ハリセンが当たった場所が光って消滅する。支えが無くなってバランスが悪くなった培養ポッドは、ヒビが大きくなり、ボロボロガラガラと崩れ始めた。
「やっぱり、『フラーッシュ!』よりも、『なんでやねん!』の方が、気合が入るな。もっと、すぱーんって音がしないと……」
「なんの話です?」
 崩れ落ちてくる培養ポッドと中身から飛退きながら、律儀にツッコミしてくれるスハイルに、僕は次の培養ポッドをハリセンで示した。
「どんどんいくよ!」
「はいはい」
 そんな調子でキメラの後を追うように培養ポッドを壊し続けた僕は、辺りに十分な“障り”が漂ったのを確認して、迷宮建築家としてのスキルを揮った。
「これだけ“障り”があれば、ちゃんと迷宮化できる」
 広大な範囲を収めようとしていたために不足していた“障り”が補充され、正確で精密な迷宮を出現させられる。
「ソル、ハニシェ! バニタスから離れて!」
 返事の代わりにバックステップを踏んだソルを、バニタスは追いかけようとして見えない壁に阻まれた。
「捕まえた!」
 基本的に、グルメニア教の僧籍を持つ者は迷宮に入れない。物理的に拒否されるよう、僕が設定してある。
“障り”リソースがあればあるほど、もっと精密に、もっと頑丈に、力技でぶん回すことだってできる!)
 いま僕は、バニタス一人分の空間を残してまわりだけを迷宮化し、彼の身動きを封じた。もちろん、前後左右だけでなく、頭上も。
「ソル、もっともっと離れて!」
 見えない壁に阻まれているバニタスから、ソルが十分な距離を取ったことを確認してから、僕は迷宮として区切った空間を、バニタスから一気に引き離した・・・・・
「え?」
 スハイルが驚きの声を漏らしたように、ソルとハニシェも、少し藻掻いただけでぱったりと倒れたバニタスに、きっと驚いていることだろう。
 僕はすぐに迷宮の範囲や設定を変更して、バニタスの身柄を迷宮に取り込んで保護した。あとは、ハセガワやイトウに任せる。
「さっ、あとはキメラだけだよ!」
 邪魔者はいなくなったとばかりに、ハニシェの魔導銃がぶっ放されされ、ソルの剣が甲殻の隙間に突き刺さる。
 環境も利用できない、ただデカいだけの害獣一匹なら、いまのソルたちでも十分に戦えるのだ。
 ちゃんととどめを刺して、なむなむと両手を合わせてから、僕はキメラの死体を迷宮に取り込んだ。壊れた培養ポッドから出てきた、半死半生の害獣たちも楽にしてあげて、迷宮に取り込む。
「はー。こういう作業は嫌だね。人間なら心が痛まないけど、虐待された動物を楽にしてあげるってさ……こう、申し訳なくって」
「坊ちゃまのせいではないのですから、そうお気を病まれませんよう」
「ハニシェの言う通りです。罪は、これらを作った者にあるのです」
 心配そうなハニシェと、義憤をにじませるソルに、僕は頷いてみせた。後悔や悲しむのは、全部終わってからにしよう。
 逃げた巫女頭ヴェロニカを追って歩きだすと、そういえばとソルが振り向いた。
「旦那様、バニタスがいきなり倒れたのは、どうしてですか?」
「ああ、あれ? 低気圧空間を作ったんだよ。脳みそが酸素不足になったせいで、ぶっ倒れたの。すぐに迷宮に取り込んで手当てしたから、後遺症は残らないと思うけど」
「「「????」」」
 三人揃って、何言ってんだコイツ、みたいな顔しないで欲しい。
「だからね、気密空間を無理やり拡張すると、その中にあった空気が引っ張られて薄くなるでしょ? 生存に必要な酸素濃度が足りなくなったの。小さく区切った空間に閉じ込めておけば、そのうち呼吸が苦しくなったと思うけど、速やかに意識を刈り取るなら、その密閉空間を引き延ばし・・・・・て、酸素を薄くしてしまえばいい」
「全然わかりません」
 スハイルの素直な告白に、ソルとハニシェもうんうん頷いている。
 たしかに、バニタスを囲んだ迷宮の壁は、目に見えないだけの本物の壁で、空気も通してなかったんだよ、って言ったって、実際、見えないんだから理解も難しいだろう。
 今度、ガラスの器具を使って、実験してみせてあげようかな。
「とりあえず、いまのところ迷宮主にしかできない、メタなハメ技だよ。死なせないようにするには、加減やアフターフォローが必要だけど、そのうち魔法が発達したら、似たようなことができる人も出てくるかもね」
 もっとも、魔法技術科学理論が揃わないと、できないだろうけれど。
 迷宮内では、僕に殺意が向いた時点で即死してしまうから、万が一のことがないように、今回のような搦め手を使ったけれど、色んな発想ができるくらいの下地が身に付けば、この世界の人間にだって思いつくやり方だろう。
「む?」
 そのバニタスの容体がタブレットを通じて報告されてきて、僕の眉頭に力がこもった。
「やっぱり、なんか変な影響を受けているみたい。バニタス、大丈夫かな」
「操られていたという事ですか?」
「なんだろうね? いま詳しく調べさせているよ」
 一時期は共に旅もしていた仲だ。ソルだけでなく、ハニシェやスハイルも気遣わし気な色を浮かべている。
「体調自体は問題なさそうだから、迷宮にいれば、すぐ正気に戻るでしょ。さっ、先に進もう」
 その後も、散発的に大型害獣が襲ってきたけれど、すべて撃退し、ついでに培養ポッドを壊して“障り”を垂れ流させた。
「いっぺんに害獣をぶつけてくればいいものを……」
「自分の城が壊れるのが、嫌なのでしょう」
 訝し気なソルに、スハイルは皮肉っぽく微笑んだ。
 ヴェロニカ、もとい聖ライシーカは、長く生きていても、戦いの専門家ではないのだろう。戦力はまとめてこそ、という定石を知らないのかもしれない。
「私たちが疲れるのを待っているのでしょうか」
「それか、何か理由があって、時間稼ぎをしているのかも。わかんないけどね。ハニシェは疲れちゃった?」
「まだ大丈夫ですが、そろそろお昼時です」
「おっと。それは重要だ」
 森の中のピクニックといきたいところだけれど、こんな不気味なところでは消化に悪い。
「壊した培養ポッドのおかげで迷宮も安定しているから、箱庭に戻って休憩するよ」
 危ない所を冒険する時ほど、こまめな休息が大事だからね!