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176 前門の虎、後門の狼
霊廟から地下への道は、巧妙に隠されていた。
(まあ、僕にかかれば意味ないんだけど) 迷宮範囲にさえ入れてしまえば、ラビリンス・クリエイト・ナビゲーションがすべて解析してくれる。 祭司の控室と思われる小部屋の、一見、なんでもない壁がスライドして現れたゴンドラは、魔力を動力としたエレベーターのようだった。 タブレットの地図によると、地下への道は他にもあるようだったけれど、荷物の搬入口っぽくない、偉い奴が使いそうなものを選んだ。 「すごいな。この壁材の光っている模様、全部魔法陣だ」 「迷宮都市でも見たことありませんね」 怪訝な顔をするスハイルに、そりゃそうだと僕は頷く。 「基本的な法則は、この世界にあるものじゃないね」 「では、稀人様の?」 「いいや。こんなバカ高い魔力を要求してくるような燃費の悪いものは、彼らの好みじゃない」 そもそも、日本人なら普通に滑車を活用するだろう。知識や電気があれば、油圧、モーター、リニアなんかも利用したかもしれない。まあ、この世界は磁気が扱いにくいので、ごく局所的な物にはなるし、部分的に魔法を利用するのは想像できる。 こんなゲームのギミックみたいな、全部を全部、魔法でどうにかするロマンの塊を作る……かもしれないけれど、次元やら空間やらを跳躍するのではない、純粋な物理移動だけなら、物理で解決した方が安全だし早い。 「魔力が切れたら動かなくなるような物なのに、危機管理がなってない。非常階段やメンテ用通路も無い。運用を考えない馬鹿の設計だな。そもそも、秘密の通路なら、静音性や光の透過に気を付けるのと同様に、魔力の流れを感知させたらいかんだろ。こんな魔力駄々洩れな仕掛け、誰が……」 「旦那様?」 「あっ、ごめん。行こうか」 思わずブツクサ溢してしまったが、急いで丸い板に見えるゴンドラに、身を寄せ合って乗り込む。 隠し扉が閉まり、淡く発光する円筒形の中を、ゴンドラは急降下していった。 ずいぶん降下した後で開いた扉の向こうは、まるで森の中のようだった。 (制御室直通じゃなかったか。大空間の支えにくっついているエレベーターだったのかな) 扉の外側は、上階と同じく操作盤すら見当たらない壁だけで、ちょっとがっかりした。 視線を転ずれば、細い光が血管のように這う大地の上に、樽のように真ん中が太った無機質な大木が、見渡す限り生い茂っている。やや薄暗い中で見上げると、キラキラ、キラキラと、天を覆う枝葉が、クリスタルのような光を放って煌いていた。 警戒しながらエレベーターの外に出た大人三人が、ぽかんと口を開いたまま辺りを見回している中で、僕だけが舌を出した。 「わぁお。AIが作った、綺麗なだけの変な絵みたい」 ただの呟きだったのに、僕の声だけが、死んだように静まり返った森に響いてしまい、思わず自分の手で口を押えた。 藤や葡萄に似た蔓性の木が、ねじれ、互いに絡み合いながら大きくなったような、それでいて質感だけは不透明ガラスか鉱物のような、奇妙な大木たち。梢は揺れないのに、その煌きが陰影をつけるせいで、どこかぬめった不気味さを感じる。 なぜか不安な気分になる、心をぞわぞわさせる、その大木のひとつに近付いてみると、正体不明な悍ましさの理由がわかった。 「これ、培養ポッドだ」 ねじれた蔓の隙間から覗いていたのは、トルマーダ砂漠で遭遇した 「これ……まさか、この森の木、全部、大型害獣なのか!?」 培養ポッドを覗き込んだソルが、ぎょっとしたように後ずさるが、僕は「そうみたいだね」と頷くにとどめた。 (聖地が大型害獣を作っている……ベルマーゼが言った通りだったな) ここで生産された害獣が、ガトロンショ山脈やトルマーダ砂漠に放たれ、教皇国の軍人や僧兵を鍛えるために使われているのだ。 「とりあえず、先に進もうか」 生命に対するあまりにも冒涜的な設備に、ハニシェなどは顔色が悪くなっている。僕はこの森を無視して、さっさと先に進むことにした。 しかし…… (うーん、なかなかどうして) 霊廟内はまだよかったけれど、ここに来てラビリンス・クリエイト・ナビゲーションの反応が悪くなってきた。まだエラーが出るほどではないが、“障り”の吸収に支障が出始めている。迷宮化も足踏みをしているので、この森を僕の支配下にするには、もう少し“障り”が溜まるのを待たなければいけない。 (“障り”は魔獣製造に。魔力は設備の動力に使われている。僕の迷宮のような、変換はしていないんだな) おそらくこの研究施設では、邪神が動かしていたシステムを乗っ取り、星を巡る流れの中から、純粋な魔力と“障り”とを、ふるいにかけるように分けながら吸い出している。通常ならば、聖都ソロイルから送られてくる“障り”も使われているのだが、僕が“安寧の魔法陣”を壊してしまったので、現在はストップしているはずだ。 僕の迷宮は、そんな状態のところから漏れた“障り”をちまちま吸収しているので、予測の範囲内とはいえ“障り”の集まりが悪いのは否めない。 (とはいえ、ソロイルから“障り”が送られっぱなしだったら、ここの害獣たちが完成して襲ってきただろうな) あたりに林立する培養ポッドを横目に、僕は首をすくめたくなった。このキラキラしているだけの森の木全部から、それぞれ大型魔獣が飛び出してくるなんて、さすがにゾッとする。 (……ここは、ただただ、流れてくるエネルギーを消費するだけの施設だ) 邪神がいた頃は、循環型浄化処理施設として、きちんと機能していた。僕の迷宮も、完全な自動循環型ではないものの、無理なく人間に馴染めるリサイクル施設として稼働していると自負している。 しかし、ここはただの生物兵器工場だ。 「旦那様、あれを」 足を止めたスハイルに促されて、僕は茂る大木の、上の方を見た。 「へぇ」 煌く梢が重なり合うそこ、まるでキャットウォークでもあるかのように、誰かが立っていた。 「意外と度胸あるじゃん。それとも、部下がいないボッチなのかな」 聞こえるように大きな声で言ったのだけど、セレブみたいに毛皮のコートを纏った老女は、無感動にこちらを見下ろしてくる。 僕はさらに、大きな声で呼びかけた。 「はじめまして、巫女頭ヴェロニカ。それとも、聖ライシーカと呼んだ方がいい? ごめんねぇ、君の正式な名前を知らないんだ。ぜひ、自己紹介してくれないかな、『かつて来たりし魔族』さんよ」 その瞬間、しわに覆われたヴェロニカの顔が、人間とは思えない歪み方をした。声もなく、体は震えもせず、ただ、そういうギミックの仮面のように。 怒ったり、不快がったりしたのではない。 (笑いやがった) しかし、その歪みはすぐに消え、再び無表情に変わる。まるで、細かい筋肉を動かすのが苦手みたいに。 聖ライシーカがこの世界の人間ではなかった可能性は、僕がこの世界で記憶を取り戻し、はじめてシロと話し合った時には、既にわかっていた。 魂がシロたちに合流していないこと。それだけでなく、聖ライシーカがこの世界にもたらした、召喚魔法や鑑定技術、さらに燿石の活用方法。これらの超技術は、この世界には過ぎたものだったし、いま僕たちの目の前にある、“障り”を利用した大型害獣の製造なんて誰ができるのか。 グルメニア教の教典に記された最初のライシーカは、部族から追放されてしまえるほどの、ごく普通の人間だった。 ライシーカがこの世界の人間でないとしたら、どこから来たのか。地球人はライシーカが召喚魔法を使うまでは現れなかった。 つなぎ合わせて行けば、答えはひとつしかない。 「遅い。遅い。愚かな原生人。六百と五十年もかかるとは……」 「ごめーん、声ちっさくて、聞こえなーい! もっと大きな声で話すか、降りてきてくんなーい?」 ヨボヨボのおばあちゃんから出る声なんで、なんかぼそぼそ口が動いているみたいなんだけど、マジで全然聞こえない。……別に、煽ってはいない。本当だよ。 それなのに、ヴェロニカはふいっと踵を返して、そのまま宙を滑るように奥に行ってしまった。 「チッ。降りてこなかったか」 「さすがに、あの程度で激昂するほど、若くはないんじゃないでしょうか」 「うーん、ハニシェったら、なかなか辛辣ぅ」 六十歳台なのか、六百歳台なのかは置いておいて。 その時、どこからか空気が動いた気配がした。より正確に言うならば、僕ら以外の誰かが、音を立てている。 「おいでなすった」 大重量を支える複数の足がたてる足音は早く、息遣いは大きくとも規則正しい。 培養ポッドの森を縦横に駆け抜け、僕らの前に、ずん、と立ったのは、毛皮の頭二つと甲殻の胴体一つと鱗の足七つと無数の触手が混じった、いわゆる…… 「うえっ。なんで頭が猿と犬なんだ」 悪意あるなぁ、と思うけれど、猿や犬の大軍が来られるより対処はしやすそうだ。 しかし、そんな見込みは甘いとばかりに、スハイルの緊張した声が降ってきた。 「旦那様」 僕が振り向いた先から、また別の足音が近づいてくる。 「ああ、面倒くさいな」 そこには、ソルが言っていたように、少し様子のおかしいバニタスがいた。表情はぼんやりとして、僕らのこともわかっていなさそうなのに、刀を抜いて構えるその動作だけは、堂に入って揺るぎがない。 「前門のキメラ、後門のバニタスか」 僕ら四人は、完全に挟み撃ちになった。 |