175 迷宮流ツッコミアーツ


 そんなわけで、僕はささっと【偽装】スキルを発動させて、あらたな認識によって出現したステータス箇所を【偽装】してゲートを潜り抜けた。
(んまぁ、もうみんなに僕の中身が稀人だってバレてもいいんだけど)
 ただ、いまその説明をすると長くなるので、全部が終わってからにしようと思う。
 天気は良く晴れているのだけれど、さすがに高山なので風は強く冷たい。かろうじて屋根があるぐらいの、吹き曝しに近い階段を上るのは、けっこう大変だった。
「冬の間はどうしているんだろうね? こんなところ、絶対雪に埋もれるよ」
「巫女に選ばれてしまうと、大変なのですねぇ」
 よいしょ、よいしょ、と石造りの階段を踏み締める僕のとなりで、ハニシェも軽くため息をつく。
 やがて、警戒をしながら先頭を歩いていたソルが立ち止まり、こちらを振り向いた。
「つきました」
「はぁ、やっとか」
 邪神を倒した古戦場にして、最初の稀人の没地であるシャヤカー大霊廟は、遠くから見たらこぢんまりして見えたけれど、近くで見たらそれなりにしっかりした造りになっていた。
「わぁ。色の違う石で模様作ってるんだな。彫刻も花鳥風月な綺麗系で、おっしゃれー」
 墓とか神殿とか霊廟とか、見た目をそちらに近付けようとしても、雰囲気がそうではないような気がする。むしろ、お屋敷とかお城のエントランス? なんだろうか、このテーマパーク感は。
(むーん……女の子のお墓を作ろうと頑張ったのか? いやむしろ、コンセプトが始皇帝陵と違うか?)
 安らかに永眠する場所というより、生きて活動する場所という、匂いというか、目的を感じる。
(まあ、巫女頭こと、聖ライシーカが住んでいるなら、そう感じてもおかしくないか)
 そんなことを考えながら奥へ進むと、大扉が開いてゾロゾロと白っぽい人影が溢れてきた。
「ははっ、本当によみがえってきた兵馬俑みたいだ」
 たぶんこれが、ベルマーゼが言っていた培養人間だろう。戦闘能力がほとんどないとしても、数が多すぎる。
「フレッシュゴーレムみたいなもんかな?」
 生白い肌の培養人間は、たしかに人型だが、胴の割合が多くて、短く太い足があり、手だけは妙に繊細だ。服は着ておらず、体毛もない。顔には鼻も口も耳もないが、ぎょろりとしたひとつ目だけがあった。
「ベルマーゼの情報によれば生命体じゃないから、迷宮内でも僕に攻撃できるだろうな」
「坊ちゃま、お下がりください」
 ソルとハニシェが前に出て、僕の側にはスハイルがぴたりとついた。
「あー、ちょい待って」
 いまにも駆け出しそうなソルとハニシェを引き留めて、僕はまだまだ出てくる培養人間の数を数えようとした。たぶん、五十人は出てきている。
「一匹ずつ倒すには数が多すぎる。それに、コイツらには人間の急所は意味がないよ」
 急所と言えるのは、動力である障石の欠片だが、それが体の何処にあるのか、まったくわからない。
「こういう時こそ、範囲攻撃だよねぇ」
 さっと取り出したのは、『魔法都市アクルックス』のルナティエから持ち込まれた、僕専用の魔法の杖……ならぬ、魔法のハリセン。
「なんでこんな形状なんだろうなぁ」
 魔力の振動を極限まで高めるためだとか、周囲への魔力の干渉を効率化させるためだとか、いろいろ言っていた気がするけれど、どこからどう見てもハリセンだ。まあ、振り抜きやすそうではある。
「そんじゃ、みんなはちょっと目を瞑っていてね。眩しそうだから」
 僕はサングラスをかけてから、片手にタシタシと打ち付けて張りを確かめる。
「広範囲殲滅魔法の試し撃ち、こういう時でないとできないからね。いっくよー」
 十数歩だけ前に駆けた僕は、ハリセンを思いっきり床に向けて振り抜いた。
「なんでやねんッ!!」

 ッッパアァァァァァァァンンン!!!

 ハリセンを打ち付けたところから迸った閃光は、稲妻のように地を奔り、空を裂きながら侵食して、培養人間達を次々と撃ち抜き、吹き飛ばし、焼き焦がしていった。
「見たか、迷宮流ツッコミアーツ、ショーディーフラッシュの威力を」
 我ながらダサいネーミングだとは思うけれど、適当な名前が思い浮かばなかった。
 この魔道具は、僕がいままで使っていた布団叩きラケットと同じで、魔法の杖(鈍器)カテゴリーだ。魔法スキルを持っている人の補助をする物じゃなくて、得物自体に魔法を発動させるギミックがある。
 一応、雷光属性となっているらしいけれど……なんていうか、プラズマっぽかったね? 原理は知らんよ。僕の専門は魔法じゃないもの。
(フラーッシュ! って、変身の掛け声っぽいなぁ)
 この頃流行りの男の子はお尻が小さいのだ。ふふん。
「凄まじい威力ですね」
「一撃で六十体近くを破壊したぞ……」
「さすがです、坊ちゃま」
 ハニシェに褒められた僕は機嫌よく腰を振って踊っていたけれど、肉が焦げる臭いというよりも、樹脂が焦げる様な不快な臭いが漂ってきて、その動きをぴたりと止めた。
「くっさ。タイヤ焼いているみたい」
 いまは規制が厳しくなったけれど、昔はその辺で産廃を焼却する奴もいたのだ。中途半端な田舎育ちだった、そんな遠い記憶が臭いに刺激されてよみがえってくる。
「先に進みましょう。追加が来るかもしれません」
「そうだね、行こう」
 スハイルに促されて、僕らは迷宮に吸収されていく培養人間の残骸を横目に、霊廟の奥へと歩を進めた。

「さて……あいつらはどこから来たのかな」
 エントランスの奥には、儀式をする場所なのか、祭壇が設えられたホールがあった。だが、その奥の至聖所と思われる扉は固く閉ざされて、ソルとスハイルの二人がかりでもびくともしなかった。
「これ、扉に見えますが、向こう側が塗り固められた壁なんじゃないでしょうか」
 眉をひそめるスハイルの横で、ソルも扉をたたいているが、反響は固く、向こうが空洞であるような音がしない。
「ふむ。偽扉ぎひってやつかな」
 古代の王の墓とか、古い時代の教会に見られる、死者のみが通れるという装飾……というか、設備というべきなのか、とにかくそういうものだ。
 あの世に行くためとか、捧げられた供物を死者が受け取るため、という役割があるそうなのだけれど、こっちの世界でも偽扉の文化があったのは知らなかった。
(もしかしたら、聖女シャヤカーの知識の内にあったのかも?)
 そうでないと、現在まで残っているのが難しいだろう。この世界の独自文化や風習と言えるものは、グルメニア教に淘汰されてきているのだし。
「塞がっているんじゃあ、地下研究所への道は、こっちじゃないか。えーっと……」
 迷宮範囲は広がっているものの、建物の詳しい構造やギミックなどは、ラビリンス・クリエイト・ナビゲーションが解析したものを読まないといけない。
 タブレットに視線を落としていた僕は、そのせいで、すぐに反応することができなかった。
「!?」
「しっ」
 腕で抱え込むように、頭の上から覆いかぶさってきたスハイルに耳元でささやかれ、僕はタブレットを落とさないよう抱えたまましゃがみこんだ。
(誰かいる?)
 かすかな足音が聞こえたけれど、僕からは見えない。
 僕から見えるのは、厳しい表情のスハイルと、同じくしゃがんだハニシェと、中腰で向こうを窺うソル。そして、偽扉と、反対側にある大きな祭壇の背。
 僕らはちょうど、祭壇の影に隠れているのだ。
「……」
 やがて、足音が遠ざかり、聞こえなくなったところで、ソルが低い姿勢のまま、素早く僕に囁いた。
「バニタスでした。でも、様子がおかしい」
「バニタス?」
 ソルが言うには、隣の通路から現れ、エントランスの方に出て行ったのは、たしかにバニタスだった。しかし、いつもの彼のような、きびきびとした足取りではなかったそうだ。
「ぼんやりとしているような、視線の動き方とか……少し、フラフラしているようでした」
「たしかに、おかしな様子です。いつものバニタスなら、私の【隠密】スキルがあっても、我々がここにいることに気付くと思います。少なくとも、こちらになにかあると、気にするくらいするはずです」
 嫌な事実だけれど、スハイルの言う通りだ。
「坊ちゃま、いまの内に、奥へ参りませんか?」
「ハニシェの言う通りだ。バニタスのことは気になるけど、いざとなれば迷宮に取り込んでしまえばいい」
 高山病でフラフラしているだけならいいけれど、そうでない場合でも無闇に乱暴なことはしたくない。
(ベルマーゼやセドリック卿と敵対するのは避けたいからな)
 僕らは姿勢を低くしたまま、バニタスが出てきた通路へ滑り込んでいった。