174 丸裸だったかも


 聖地から巫女たちが退去していく行列が見えなくなり、次第に“障り”の濃度が増えてきたのだが、オペレーションルームにいる僕たちの表情は明るくなかった。
「出てこなかったなぁ」
「出ていった方が、明らかに戦略的価値があるのですけれどね。おそらく、出てこられない理由があるのでしょう」
 ヒイラギの分析に、僕も面倒くさいなぁと頭を抱えた。
 退去していく巫女の中に、巫女頭ヴェロニカの姿がなかったのだ。
 仮に、ヴェロニカの中身がライシーカだったとして、その目的が教皇国の支配ならば、聖地である大霊廟にこだわる必要はない。元々は教皇をやっていたのだから。
 肉体が限界であるのならば、聖地の外に行ってからでも、予定通り次期巫女頭の少女に乗り移ればいいし、誰か適当な人物に乗り換えてもいい。
 僕たちが直接乗り込んでくると知っていたなら、大霊廟という餌を置いて行き、僕が一度は考えた爆破のように、僕たちごと聖地を潰してしまう罠を仕掛けることもできるだろう。
(だけど、そうはならなかった)
 ということは、根城にしている大霊廟から離れなれない、重大な理由があるはずだ。
「……すでに他の巫女に乗り移って、逃げ出している可能性は?」
「それなら、バニタスまで残っているのが不自然です。いくらボスをおびき寄せる餌だとしても、老人の死体の番をさせるくらいなら、道中の護衛にするか、いっそバニタスに乗り移って逃げるでしょう」
「だよなぁ」
 ヴェロニカだけでなく、バニタスも退避組の中にいなかったのだ。
「アイツの性格なら、見た目は老女のヴェロニカを置いていけないってなるだろうけど、なにされるか分かったもんじゃない」
 姿形はヴェロニカでも、中身はライシーカである可能性が高い。そして、ライシーカは他人の肉体を奪って生きながらえていると言われている。
 ヴェロニカの肉体はすでに年老いているが、若くて健康で屈強なバニタスの肉体に乗り移られると、非常に困る。バニタスは魔法スキルを持っていないし、魔力量も飛びぬけて多いわけではないが、可能性がないとは言い切れない。
「仕方がない。後詰は用意するけど、早急に突入する。迷宮範囲展開後のサポートを頼むよ」
「「「「「はっ」」」」」
 僕は聖地シャヤカー大霊廟の周囲をダンジョンで囲み、“障り”が発生したことで一般通過大型害獣が襲ってくるのを予防すると、ハニシェたちを連れて、はじめて聖地の入り口に立った。
「ほぉーん。けっこう建て増しの跡があるな」
 六百年も経っていれば、増築や改築があっても不思議ではない。
 観光地ではないが、巡礼地として、それなりの体裁を保つ必要が出てきたのだろう。玄武岩のような色合いの土台が見える一方で、磨いた大理石に覆われた階段が続いているのが、微妙にやっつけ仕事っぽい雑さに見える。
(立地が悪すぎて、環境の過酷さのわりに手入れが行き届かないのか、そもそもいい加減な普請をしているのか……)
 部分的なリフォームだとしても、もうちょっと細部まできちんと仕上げるとか、全体の調和を考えて整えるとか、そういう所にこだわったらどうだと、日本職人の……いや、琢磨曰く、僕の隠れ完璧主義が疼く。
 しかし、礼拝所の柱の彫刻センスがダサかったり、宿舎の屋根飾りが繊細だったり、場所によってテイストがチグハグなところが、時代によって流行り廃りがあった事がうかがえて、とても面白い。
「旦那様、なんだか楽しそうですね」
「わかる?」
「ええ。とても、これから決戦だとは思えません。ソロイルにいた時よりも気軽に見えますよ」
 スハイルの評価に、思わず声を出して笑ってしまった。
「そりゃあ、ソロイルの時はアウェーで、多勢に無勢だったからね。少なくとも、いまは安全だ」
 現在進行形で、聖地は僕の迷宮範囲にじわじわと侵食されている。
 いま僕らがいるのは、あくまで聖地として表向きの場所で、ベルマーゼが言っていたライシーカの秘密工場の位置を探っている最中だ。やっぱり人がいない辺境だと、表に出ている“障り”の量が少なくてね。
「巫女たちの宿舎には、なにも手掛かりになりそうなものはなかったね。それじゃ、霊廟に行ってみよう」
 山頂に建てられた大霊廟へは、山肌を這うように彫られた階段を昇って行かねばならない。その登り口にあって、僕は一度足を止め、タブレットとその門を交互に見やった。
「わぁお。鑑定ゲートだ。すごい。このまま持って帰って、イトウへのお土産にしたい」
 おそらく、セキュリティの一環だろう。
 大霊廟へ参拝するには、ここで身分もステータスも丸裸にしてから、ということか。
「危険ではありませんか?」
「言葉より先に壊そうとしないで、ソル。大丈夫だよ。そのバールのような物はどこから拾ってきたの。ポイしなさい」
 すでにこの辺りは迷宮範囲に取り込んでしまったので、このゲートには罠などがないと判明したことが、僕のタブレットに表示されている。
「普段は門番がいるんだろうね。鑑定結果はここで見られるんだって。僕の迷宮みたいに、遠隔でデータ収集ができるわけじゃない」
 僕は気にせずゲートをくぐろうとしたけれど、ハニシェに止められて、まずはスハイルがくぐった。
「これは……」
「ほう、高性能ですね」
 鑑定結果に眉をひそめるソルに、スハイルは皮肉っぽく笑い声を上げた。


スハイル・ラハヴァ
年齢:25  性別:男
クラス ―  状態:健康
レベル 59
スキル 【隠密】(自身と側にいる者の音や気配を消して行動できる)

体力 3800/3800
魔力 290/290
筋力 520
知力 460
敏捷 770 (+30)
耐久 440
精神 310 (+2000)
器用 860 (+5)
幸運 260

頭 なし
胴 防魔の軽鎧・上 (魔法防御上昇)
脚 上級家僕の服・下
足 猛禽の加護の革靴 (敏捷上昇)
装飾 忠誠のブローチ (【不動の心】付与)
   ナナレアのトライバルタトゥー (器用上昇)
武装 サバイバルナイフ (地属性付与)
   破魔のナイフ (魔力不干渉)
   致命の五寸釘 (クリティカル率上昇)

備考 ナナレアの民の末裔にして愚者の刃に育てられた
   ルジェーロ・マリューの庇護下にて教育を受ける
   ショーディー・ブルネルティに仕えている
   女装が得意でマダム・マリューの偽名を持つ


「家名があったなんて……私が知らないことまで書かれているんですが、本当でしょうか」
「僕にもわからないよ」
 頭痛を堪えるようにこめかみを揉みながらも苦笑うスハイルに、僕も首を振るしかできない。
 クラスが空欄なのは、スハイルが間違いなくこの世界の人間だからだ。ここに表示があるのは稀人だけ(僕は例外)で、逆に稀人はレベルが空欄になる。
 装飾の「ナナレアのトライバルタトゥー」は、たぶんスハイルの手に刻まれている文様のことだ。ナナレアの民は、その昔、ニーザルディアの王都だったディアフラが面していた海辺に暮らしていた人たちで、スハイルの血筋が海の民だったらしいというのは聞いたことがあるから、鑑定結果は本当なんだと思う。
「武装の詳細までわかってしまうなんて、怖いですね」
 ハニシェはぎゅっと眉間に力を入れて、自分の武装である魔導銃に手を伸ばしている。
「しかも、最近作られた迷宮都市製だよ? よくわかるよね」
「これがソロイルなどにあって、坊ちゃまに使われなくて、ようございました」
 僕は呆れるばかりだったけれど、ハニシェの指摘に、たしかにそうだと全員で頷いた。
「いくら【偽装】スキルを使っても、意識や認識が及んでいないところまでカバーできたとは思えないな……」
 本当に、ソロイルで捕まらないよう、慎重に行動して良かったよ!