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173 動き出した歯車
聖地シャヤカー大霊廟から巫女たちが退去して、“障り”が満ちるまでの暇つぶしに、グルメニア教の教典を読んでいた僕。
その結果、教典の内容は、ライシーカ自身によって、かなり恣意的に作られた物だと推測された。 「昔読んだ時は、子供向けに翻訳されたものだったから、聖ライシーカの大冒険でも全然不思議に思わなかったけど、元々からしてこんなだとすると、なんか裏がありそうでムズムズする」 休憩のためにお茶を出してくれたハセガワにぼやくと、そうですねと相槌を打った後に付け加えられた。 「旦那様だから、そう感じるのではないでしょうか。案外、これが精いっぱいだったのかもしれませんよ」 「どういうこと?」 ハセガワはティーワゴンを脇に寄せてから、背筋を伸ばして僕の側に立った。 「旦那様がお気付きになられたように、ライシーカには仲間や弟子といった者がおりません。ライシーカ自身が、稀人の知識を信奉する信徒、という立場ですから」 「うん」 「そして、自分が教皇として影響力を持ちたいならば、聖女シャヤカーの功績を宣伝する権利を独り占めするのが一番です。そんな人間を、他者が快く思うはずがありませんので、同格の仲間を作れなかったのではないでしょうか」 「あー」 「また、各地で奇跡なり起こしたとしても、流れ者である二人に、たしかな信用があるかといえば、そうでもありません。この双方の理由から、ライシーカを称賛する第三者的な立場の人間が作れないせいで、教典もこのような雰囲気にならざるを得なかったのではないかと愚考いたします」 「なるほどねー」 目的と必然と妥協が合わさった結果、というだけで、特にたいそうな裏があるわけではないのか。 「……そうだよな。時代というか、当時の価値観とか、色々背景も考えないといけないのか」 ライシーカが部族を追放されたように、当時は今よりもずっと共同体の結束が求められ、閉鎖的なところも多かったことだろう。流れ者であるライシーカとシャヤカーが、その地の人達に心から歓迎されたかどうかもわからない。 「ええ。教典の中では善良な協力者だったのに、現実ではまったく異なる感情を持っていた人間もいたでしょう。そういった者は、邪魔になりますから」 「……え?」 ハセガワがさらっと言った意味を聞き直そうと顔を上げた時、カガミがアトリエに入ってきた。 「ボス、歴代の巫女頭のデータが揃いました」 「おっ、どうだった?」 カガミに調べてもらったのは、ライシーカが自分の肉体となる巫女頭を選んでいた基準だ。なにか特徴があるはずと思ったんだ。 「おおよそ、魔力量が多く、何かしらの魔法スキルを所持していることが条件のようです。当代の巫女頭であるヴェロニカさんは、珍しい【重力魔法】を持っていましたし、次代巫女頭候補のベルさんは【水魔法】持ちですが、魔力量が近年では稀なほど多い人です」 「あー。教皇国では、魔法スキルは重要視されないんだっけ?」 「貴重であるという認識はありますが、ライシーカへの敬意から遠慮するのがマナーとされていますね。そもそも、燿石のせいで魔法が使いにくいはずですし。身分の高い人が持っていても、ほぼ飾りと言っていいかと」 役に立たないスキルを持っていても、聖地から選ばれれば名誉なことだ。文句も出づらいだろう。 「そうか。……それにしても、いまのライシーカは【重力魔法】が使える可能性が高いってことだな。もし戦闘になったら厄介だ」 「現在のソルやスハイルでは、相手にならないかもしれません」 ハセガワの表情も険しい。 どの程度の魔法を使ってくるかはわからないが、一瞬で潰されることも考えられる。 「あっ、そうだ。燿石を弾丸にできないかな? それでハニシェに牽制してもらっ……あ、無理だ。銃自体が魔法で弾丸を射出させるんだもんな。じゃあ、こちらも【重力魔法】を込めた弾丸にしよう。それから、ソルとスハイルも属性武器だけじゃなくて、アンチマジックコーティングされた武器や防具を持たせられないかな?」 「ただちに手配したします」 ハセガワが一礼して退出すると、カガミは次の報告に移った。 「リンベリュート王国のミシュルト大司教が動きました」 「あらっ、このタイミングで?」 「はい。リンベリュート王国から撤退を始めました。早ければ二ヶ月後には、教皇国領に入ります」 異世界人召喚の儀式が終わった後も、肝心の異世界人が行方不明になってしまったためにリンベリュート王国に留まっていたミシュルト大司教たちが、とうとう教皇国に戻ってくることになったらしい。 「色々ミッションがあったはずなのに、放り出していけるんだ」 「というより、王国の教会に、全部押し付けていくようです」 「ワァ……」 すごいパワハラを見た気がして、目が虚ろになりかけた。王都の大聖堂でも、悲鳴が上がっているだろうな。 まず、ミシュルトの任務は異世界人召喚の儀式を行い、召喚されてきた稀人の管理をすることだった。この管理というのは、どこでどう生活させるのか、どの国が保護責任を取るのか、必要があれば便宜を図る。その上で、稀人が持ってきた知識を教皇国に吸い上げる、ということだ。 ところが、召喚された稀人は全員行方不明になっちゃったし、そのせいでリンベリュート王国とは険悪になってきたし、突然沸いてきた迷宮とかいうものには入れないし、最近になって魔力震が空を飛んでいった方を調査しろとかも指令が出ていたはずだ。 「で、なんで今になって帰ることにしたの? ディアフラの調査団は、この前ミモザから入ったばっかりで、まだ教皇国を詰れるような発見も結果も出てないでしょ?」 僕はロロナ様やラムズス卿を巻き込んで、教皇国に滅ぼされた疑惑のあるニーザルディアの旧王都ディアフラを調査させている。これが成功すれば、リンベリュート国内からグルメニア教の影響を排除し、教皇国との交渉を有利にできると思ったからだ。 しかし、現実の状況はもっと早く動いているようだ。まあ、重装兵を持っているミシュルトたちがいなくなるのは、悪い事ではない。 「王国内に忍ばせたアセット経由で、教皇国の混乱を知ったからでしょう。ミシュルトたちには縁がなくとも、アセットたちは冒険者の噂が集められます」 「 スパイ活動をする時に、情報をくれる協力者のことだっけ? 僕はピンとこなかったけど、カガミは丁寧に教えてくれた。 「彼らが来る前にばら撒かれた奴隷です。ボスもソルたちを買いましたでしょう?」 「ああ! あの時の!」 召喚儀式が始まる前に、教皇国の奴隷商人たちが来ていた。 商品のほとんどは、ソルやナスリンのようなセーゼ・ラロォナの民だったけれど、教皇国のスパイが紛れ込んでいたのだ。それは当時から予想していたし、ポルトルルもそれらしい奴隷が競られているのを見たと言っていた。 「はい。彼らはリンベリュート王国の市井から上流階級の屋敷にまで幅広く散らばっていて、迷宮都市やダンジョンの出現による影響を、求められるがままミシュルトへ報告しているはずです」 「なるほどね」 ミシュルトたちがリンベリュート王国へ来て一年たった。 その間に、リンベリュート王国との仲はだいぶ悪くなってしまった。稀人の行方は相変わらずわからないし、迷宮都市やダンジョンに直接入れない現状では、このまま留まっていても益はない。 さらに、教皇国で起こっているダンジョンによる都市封鎖は、ミシュルトの立場や後ろ盾を危うくする可能性があった。下手をすると、上層部が壊滅して、その下の層による権力争いに発展しかねない。 王国のことはとりあえず現地に任せて、曲がりなりにも戦力を持っているミシュルトは本国に帰還した方が良い、と考えたのだろう。 「アクルックスやアンタレスに、そのアセットたちは入り込んでいるのかな?」 「いいえ。教皇国人に冒険者は馴染みが薄いので、直接乗り込んでくるのは心理的、立場的に難しいようです。それよりも、奴隷として入り込んだ家が使っている冒険者から情報を得ているようです」 「ふむふむ。……ひのもと町の皆には、注意してもらった方がいいかな」 最近は『ひのもと町』での生活で完結してしまって、地上の迷宮都市に来ることは少ないみたいだけど、仕事で出てくることはある。アルカ族の護衛が付いているとはいえ、一般の冒険者たちの目に触れないよう、行動範囲を誘導した方がいいかもしれない。 「かしこまりました。シンジョウと、各迷宮都市の管理者に指示を出します」 「よろしく」 『ひのもと町』を統括管理しているシンジョウなら、追加の護衛を含めて、しっかり差配してくれるだろう。 「そうかぁ、王国からミシュルトたちがいなくなれば……いよいよ内紛が始まるな」 王家やダンジョンを持っていない宰相派と、迷宮都市と仲良くしたいヨーガレイド家や王太子妃の実家であるトートラス家などの派閥との激突だ。 ミシュルトがいると、教皇国の権威と重装兵という戦力を背景に、教会が仲裁に入ってくる可能性があった。 しかし、彼らがいなくなれば、のびのびと(?)政変を起こせるのだ。 (ロロナ様やラムズス卿なら、この機を逃さないだろう) 都市封鎖によって教皇国は大混乱中だが、リンベリュート王国の中心も、だいぶ混乱が大きくなりそうな雲行きになってきた。 |