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168 一方その頃 その1
ショーディーが聖都ソロイルで大暴れしていた一方。
『聖懲罪府スピカ』では、城門前に展開する教皇国軍を、たった一人の男が端然と立つだけでにらみ合いに落ち着かせていた。 「困ったことに、援軍が迫っておりまする」 苦虫を噛み潰したかのような顔で唸るのは、教皇国軍の実質的な司令官であるエドウィン・ブーゲルヒアという男。 そして、それを正面で聞かされているのは、スピカにて余生を送っていたジョセフ・ベルマーゼ。 二人は旧知であり、互いが互いの強みをよく知っていた。ベルマーゼが一騎当千の猛者であり、誰一人敵わない事を。ブーゲルヒアの指揮能力と人望の高さを。 「援軍を指揮しているのが、誰かにもよるかのう」 「オーガスト・ヴァンジェルでござる」 その答えに、ベルマーゼも「あー……」と言ったきり、視線を彷徨わせた。 ヴァンジェルは軍人としての強さや有能さはともかく、素行に関する悪名が高い男だ。犯罪をするというのではなく、教義を拡大解釈して権威を振りかざし、必要以上の暴力を持って弾圧に力を入れることで有名だった。しかも都合の悪い事に、枢機卿の一人ノブゴルドの後ろ盾を持っている。 「そなたも大変だのう」 「あれを抑えるのは、容易ではありませんぞ」 武骨な顔をしかめるブーゲルヒアに、ベルマーゼはふと思いついたように、明るく提案してみせた。 「……むしろ、そのままやらせてみてはいかがかの?」 「閣下がお相手では、兵が無駄に死にまする」 「ああ、相手をするのは我ではなく……」 心持ち頭を傾けた向きと視線に、ブーゲルヒアはますます顔をしかめる。 「そなたらも、言い訳が立つでおじゃろう?」 「しかし……」 「ヴァンジェルの配下は、上官と似たり寄ったりと聞くことであるし」 「……」 ブーゲルヒアが思案気に眉を寄せて押し黙った時、ベルマーゼの脇あたりから可憐な声が発せられた。 「歓談中、失礼する。ジョー、昼食の時間だ」 いつの間にかそこにいたのは、白い割烹着に三角巾とマスクの『給食当番スタイル』をした黒髪の少女。ただし、頭には角が生えているし、背中には被膜の翼が付いている。 「おお、かたじけない、サタナエル殿」 元情報局局長の顔から、ただの好々爺の顔になったベルマーゼを、ブーゲルヒアはここに来て何度か見たが、いまだに慣れない。 「……お前も来るか? ジョーの友達なら、歓迎だ」 少女の金色の目に見上げられ、ブーゲルヒアは戸惑った。友達、という微笑ましい単語が、自分とベルマーゼの間柄を示すかどうかは置いておいて、他人からそう見えたのなら、こそばゆくも嬉しく思ってしまう。 「あ……いえ、小官も部下たちに食事をとらせなければ。お誘いいただき、かたじけのうござるが、これにて御免」 「ん。ジョー、早く行こう。ルシフェルに怒られる」 「はいはい」 少女に手を引かれて行くベルマーゼを見送ったブーゲルヒアは、城門のところで割烹着を着てお玉を振り回している長身を認め、自らも踵を返した。 実際、ベルマーゼが立ち塞がってくれているおかげで、ブーゲルヒアも進軍を一時止める言い訳が立っている。それだけ、ベルマーゼの武勇は教皇国軍内では有名だった。 (老いを理由に侮る者もいるが、閣下自身が『迷宮には自分より強い者しかおらぬ』と言うのを、無視できるわけがない) 衛兵一人、門番一人が、全員ベルマーゼ並の強さかそれ以上だなんて。そこに攻め込むなんて、悪夢以外のなにものでもない。ブーゲルヒアは自殺志願者ではないし、まして多くの部下たちを無駄死にとわかっているところに突っ込ませるほど無能ではない。 (あのサタナエルという少女だって、恐ろしいではないか) ブーゲルヒアは思わず身震いした。「ジョーはかっこいい技をいっぱい使うから大好きだ」と金色の目を輝かせながら言うサタナエルの横で、ベルマーゼは「長年研鑽してきた技を、一度見ただけで完璧に模倣されたなら、なにもできんと思わんか」と乾いた笑いを溢していた。 「……やむを得まい」 どうせ撤退理由に犠牲が必要なら、自分の部下以外がいいに決まっている。そのためなら、自分より十も二十も年下の若造たちに嫌味を言われるくらい、耐えてみせようと腹を括った。 ブーゲルヒアのこの決断は、惨憺たる風景……肉片と臓物が散らばる血の海をもって、生き残った者たちに称賛されることになる。 ブーゲルヒアの忠告を無視したヴァンジェルとその一群は、進軍する足元の地面から生えた鎖に貫かれ、あるいは引き裂かれ、スピカの城門にたどり着くことなく全員が散った。そして、ヴァンジェルを含む何人かの死体は、鉄の鳥かごに囚われ、スピカにそびえる巨塔の飾りにされてしまった。 それを見届けたブーゲルヒアは、自身の降格も覚悟して教皇国へ撤退を決めた。結果的に、ブーゲルヒアが温存した兵が、ダンジョンによる都市封鎖で混乱する国内の治安維持と各種支援にまわり、ショーディーが予想したよりも教皇国のダメージが押さえられることとなるが、それはまだ未来の話。 同じころ、『辺境の村レグルス』には、バニタスとセドリック・フェブラーが訪れていた。 孤児たちに懐かれて、屋外で追いかけっこなどの遊びに付き合わされているバニタスをよそに、セドリックは村長夫妻から仔細を聞き、今後の方針を詰めていた。 「なるほど。では、冒険者ギルドの誘致が一番の急務という事ですな」 「はい。子供たちは、まあ、ゆっくり大きくなればええですので。ただ、教皇国は害獣の討伐を兵士がやっているという事で、領主さまには面倒な調整をお願いすることになりますが」 大きな図体を丸めるように頷く村長のガトに、セドリックの方こそ深く謝意を表した。 「冒険者になってダンジョンで稼ぎさえすれば、“障毒”を癒す温泉を使わせていただけるのだから、こちらこそありがたい限りだ。リンベリュート王国の冒険者ギルドが取り入れたという、湯治基金という仕組みも詳しく知りたいな」 セドリックはすでに領主としては引退しており、領地運営は息子に任せている。しかし、こと迷宮に関しては独自性が強すぎ、また教皇庁などから睨まれる可能性が高いことから、セドリックが責任ごと一手に引き受けることにしたのだ。 (まさか教会が独占している「稀人の知識」や、教皇国に滅ぼされた国の失われた知識や技術まで出てくるとは) 迷宮都市やダンジョンが非常に重要であると、バニタスから聞いてはいたものの、入手できる富の膨大さと危険性に、目眩がしてきそうだ。 (しかしこの程度、ジョセフが命を懸けてやってきたことよりも、ずいぶん易しいことよ) 仮にも元領主であるからして、その辺りの駆け引きや秘密保持には、ある程度の力量を自負している。ベルマーゼのようなことはできないが、転がり込んできた機会はしっかりと掌握したい。 その時、にわかに外から子供たちの気配がざわめき、家の戸口から「お控えなすって!」と元気のいい声が響いてきた。 ガトの妻であるクラベルが、お茶のおかわりをのせた盆を手にしたまま、「あんた」と顔を見せた。 「ゲッシか。ちょうどいい、領主さまも、ぜひご一緒に」 席を立ったガトについて行くと、家の戸口では孤児の中で比較的年長者だった少年と、巨大なネズミのごとき毛玉な生き物が、向かい合って中腰で片手を差し出すという、奇妙な格好で口上を述べあっていた。 そこへガトが姿を現し、今度はガトと毛玉が口上を始める。 「左様に仰せくださいましては仁義になりませぬ。ぜひともお控え願います」 子供が精いっぱい凄んでいるかのようなしわを眉間に刻んでも、きゅるきゅるしたつぶらな瞳が毛玉の愛嬌を少しも損なっていない。 「再三のお言葉に従いまして控えさせていただきます」 ガトが控えると言えば、毛玉の毛皮がふわりと膨らんだように見えた。 「さっそくお控えくださってありがとうございます。当御所は貸元さんでごめんこうむります。 なかなか立派な仁義切りであるが、それがわかるのは迷宮の住人達だけであり、セドリックには意味がさっぱりだった。要約すると「リサイクル・リペア含む金物屋の商売をそちらの縄張りでさせてね」という挨拶だ。 「っはー。もうあきまへん。顎と腰がガックガクですわ。村長はん、あと略でかまへんかぁ?」 途端に力の抜けた声を出して腰(?)を伸ばした毛玉に、ガトも苦笑いを浮かべる。通常は、この先にガト側からの長い口上があるのだ。 「付き合わんでええなら、それでかまわん。カペラのゲッシは、こだわりが多い」 「おおきに、おおきに。面倒な輩ばっかりで、えろうすんまへんなぁ。ほな商い始めさせてもらいますけど、今日は外のお客さんもおりまんねんな」 「ああ。日用品だけでなく、『道具』も見せてやってくれ」 「あいよ、毎度おおきに!」 ゲッシ一族の中でも、『背徳街カペラ』を拠点とするこの個体が扱う物の中には『道具』……つまり、武器類がある。 「アクルックスの属性武器、アンタレスの弓矢に暗器、カペラの仕込み杖や仕込み扇、ナックルもありまっせ! 新商品としては、スピカの槍や大鎌でっしゃろなぁ。そちらの 各地の迷宮都市で生産、あるいは各地のダンジョンから産出される武器防具の類が、質において明らかに迷宮外を凌駕していることを、セドリックとバニタスは嫌が応にも目にするのだった。 |