167 いっそのこと……


 聖都ソロイルの“安寧の魔法陣”爆破作戦において、いくつか留意しなければならない点がある。
 まずひとつは、僕たちが安全に逃げられる保証がないということ。
 魔法陣の一ヶ所でも傷つけられれば“障り”が出るのか、それとも複数個所を徹底的に潰し、さらに一日二日経たないと迷宮が出せるほどの“障り”がたまらないのか……。
 そういったことが全く不明であるため、逃走経路を入念に準備し、僕らが犯人だと当局に気付かれないようにしなければならない。地の利は僕らにはないので、追い込まれでもしたら逃げきれないのだ。
 ふたつめは、“安寧の魔法陣”が壊れたことが、すぐ聖地に知られてしまうこと。
 聖地にいると思われる聖ライシーカの警戒を上げてしまうので、ただでさえ険しい道のりの先にある聖地への侵入が難しくなるのだ。
 そんな懸念事項の内、ひとつ目は無事にクリアすることができた。
「おつかれー! いえーい!」
 箱庭の家に誰一人欠けることなく戻って来られた僕らは、両手でハイタッチを交わして無事を喜んだ。
「あらかじめ聞いてはいましたが、凄まじい威力でしたね」
「驚いてしまって、ちょっと逃げ足が止まりました」
 スハイルもソルも、初めて見た軍用爆薬の威力にドン引きしている。
 イトウが危なくないようにパッケージしてくれてあり、起爆までに逃げる十分な時間がセットされていたので、むやみに慌てる必要はなかったのだけれど……。衛兵たちの詰所や、僧兵のいる大きな教会では、緊張もひとしおだったことだろう。
「二人とも、危ない場所を引き受けてくれてありがとうね」
「「恐れ入ります」」
「ハニシェもたくさん運んでくれてありがとう。重かったでしょ」
「もったいないお言葉です。坊ちゃまもご無事でなによりでございます」
 僕はまだ背丈が足りなくて、大量の爆薬と信管の重さを背負えなかったんだ。それに、長いストリートの両側に仕掛けていくには、二人でないと時間が足りなかった。
 こうして四人無事に帰ってこられて、本当にほっとしている。
「さあ、今夜はもうおしまい。ゆっくり休んでね」
 次の段階に進むには、一日二日の様子見が必要だ。


 ソロイルの“安寧の魔法陣”を破壊した翌日には、迷宮が設置可能であるとラビリンス・クリエイト・ナビゲーションに通知が来た。
「お、まあまあの早さだな」
 聖地へ排出されるはずの“障り”が止まり、さらに爆破騒動で動揺した人々の不安や怒りが、さらに“障り”を発生させているのだろう。
 これから僕は迷宮扉を使って、地下水路や地下墓所を繋ぐ通路を爆破して使用不能にする予定だ。さらに、ソロイルの北側にも迷宮範囲を出せるようになったので、監視蜘蛛の設置も同時に行う。
 その結果……。
「んー、なかなかのカオスっぷり」
 オペレーションルームのモニター群には、発狂して赤いか、呆然自失して青くなっている顔ばかりが映る事態になっている。
「“安寧の魔法陣”がある状態が通常なせいで、極端なストレスを自分で消化するための精神的能力が低いのでしょう」
「あー、なるほど。しかし、おっさんたちの醜態は見苦しいな」
 ヒイラギは冷静に分析してくれるけれど、僕はもう豪奢な僧服を着たオジサンたちがヒステリーを起こしているのを見続けることにうんざりしてしまった。
「ソロイルの封鎖はこれからだけど……。この人たち、全然逃げる気配がないね。僕が言う事じゃないけど、大丈夫かな?」
「正常性バイアスというより、パニックになりすぎて考え付かないのかもしれません」
 避難訓練って大事ですね、とヒイラギはしみじみ呟く。そういう問題なのかな? いや、避難訓練は大事だけども。
「まあいいや。ソロイルを封鎖するね」
「はい」
 僕は手元のタブレットを操作して、ソロイルのことは意識から掃き出した。
「それじゃあ、聖地攻略に関する話をしよう」
 そもそもの話、迷宮建築家の僕には、聖地シャヤカー大霊廟を攻略し、他人の肉体を奪って生きているらしいライシーカを滅ぼす役目はない。僕に求められているのは、“障り”を魔力に変換させる迷宮を創って、召喚されてきた稀人を保護することだけだ。
 だけど、それだけでは相変わらず稀人は召喚され続け、魔力が必要以上に消費されていくことに変わりはない。
 僕としては、稀人に対する敬意がないこの世界の人間なんか、滅んでもまったく問題ないのだけれど、魔力に満ちた品を迷宮の外に持ち出すには手動でしかできない関係で、滅んでもらっては困る。
 さらに、この世界と魔族が住んでいる世界が繋がってしまうと、はずみで地球まで繋がってしまう可能性が否定できないため、どうにかしてこの世界の魔力濃度を保つ必要がある。
 諸々の事情を踏まえ、結局のところ根本をぶっ叩かないと意味が無いという話に落ち着く。なんで僕、こんな無茶振りされているんだろう……。
「僕に与えられたスキル【環境設計】は、“障り”がある場所なら、どこでも迷宮にできる能力だ。だけど、“安寧の魔法陣”があったソロイルや、聖地では使用不可能だ」
「問題は、聖地のどのくらいの範囲で、ボスの能力が使えないのか、いまだに不明な点ですね」
「そうなんだよ」
 聖地に関する情報が少なすぎて、行ってみないとわからない、という事が多すぎる。土壇場で僕の迷宮が出せないとなるのは、非常に困る。
 攻略も一回きりとは思いこまず、逃げ帰ることも考える。なにより、安全第一。僕が生き残ることが、まず成功条件なのだ。確実に逃げられる道や手段は必要だ。
 それから、聖地へ向かっている巡礼行列も追ってチェックされているけれど、ようやく山岳地帯へ差し掛かったところだ。目立ちすぎる僕らが近づくのは避けたいけれど、僕ら単独では道に迷う可能性が高いし、大型の害獣に襲われることも考えておかなきゃいけない。
「聖地への道は、今年の巫女候補たちが行くのに合わせれば、いずれわかると思う。ついでに大型害獣が出た時に、教皇国の護衛達がどのくらい戦えるのかも見ることができるだろう。僕のスキルがどこまで有効なのかは、慎重に確かめていくつもりだ」
 季節は春も盛りで、間もなく短い夏がやってくる。ガトロンショ山脈周辺の雪解けも進んでいるが、どこで雪崩や増水が起こるかわからない。
「いっそのこと、聖地も山ごと爆破しない? 全部土と雪に押し潰させて壊してから、ボスが迷宮に取り込んでしまえばいいんじゃね?」
「やけくそになった僕みたいなこと言わないでよ、イトウ」
 いや、それが一番楽かもしれない、とは思っているよ?
「一応、邪神のコアが見つかったら安置する場所なんだから。なるべく、本来の場所まで傷つけたくないんだよ」
 邪神がいた場所ということは、それだけ星を巡る流れが集まっている場所でもある。迷宮を出すのに都合が良いはずだが、ライシーカがどう弄ってしまっているのかもわからない。できれば、慎重に分析と解除をしたい。
「それに、ライシーカが他人の肉体を奪って生きているという情報がある以上、確実に殺すなり消滅させるなり、しっかりと確認が取れないと怖くてしょうがない」
「あー、そっかぁ。……んー、ウチもなんか考える」
「よろしく頼む」
 倫理的にそれどうなのって方法を含めて、イトウならなにか開発してくれると期待しておく。
(壊した後で、どうにもなりません! ってなるのが、一番怖いからな)
 取り返しがつかないことになって、自分の首を絞める事態になるのだけは避けたい。
「とにかく、万事慎重に進めたい。軍隊はスピカに引き付けて、ソロイルを含めた五都市を封鎖したから、奴らは自分たちのことで手いっぱいのはずだ。後ろを気にする必要はない」
 ソロイルの異変などが巫女たちの巡礼に知らされ、引き返してしまうことも考えられたが、あの行列には聖地へ納める食料などの物資も一緒に運ばれている。少なくとも、それらだけは聖地に運び込まなくてはいけないので、完全に取りやめになることはないはずだ。
「去年、ポイントエデンを探していた時に使ったトレッキング用具が、まだ使えると思うんだけど……。ステルス性を重視した迷彩柄に変えた方がいいかなぁ?」
「直ちに、サンプルをご用意いたします」
「頼むよ、ハセガワ」
 極寒の雪山では、互いの視認性を高めるために派手な色にしていたけれど、今回は春の山肌に合わせた色合いの方がいいだろう。