166 作戦開始


 バニタスが離脱したことにより、僕らは一層慎重に、聖都ソロイルの調査と情報収集を進めた。
 なにかあっても、確実にかばってくれる権力のある知己が傍にいないのは、けっこう怖いものだ。一応、敵地に潜入しているわけだし。
 観光中のマダム・マリューは巫女候補たちの巡礼出発セレモニーを見る、という建前で、ソロイルの中心街と外側の新市街の二拠点から活動をしていたのだが……中心街の宿はほどなく撤収することになった。
 というのも、教皇国上層部が、ベルマーゼと接触したマダム・マリューの存在に気付いたからだ。ベルマーゼから職務を継いだのがどういう人間なのかは知らないが、監視はしっかりしているようだ。
 彼らの目から逃れるために中心街の拠点を諦めることになったのだが、そこの頃には城門を使わずに中心街へ行き来できる抜け道をいくつか見つけていたので、まったく問題はなかった。
(上水道側には見張りがいるけど、下水道にはいないんだよなぁ)
 都市外の古すぎて忘れられたようなメンテナンス用の通路に迷宮扉を繋げば、かなり歩くが中心街のど真ん中にも出ることができた。
 そしてもうひとつ、なんと中心街の北側に直接出ることができる通路があった。
 まさかの地下墓所である。
(これも時代を感じさせる場所だな)
 聖都ソロイルの郊外北側には、大規模な地下墓所がある。それはソロイルから見て聖地の方角であり、聖ライシーカと聖女シャヤカーの偉業への、敬意と憧れを示すものだ。
 ところが、聖ライシーカをはじめ、代々の教皇はソロイルにある大聖堂地下に遺体が安置されていて、その場所は郊外の地下墓所と繋がっていたのだ。
 なんでそんな造りになっているのかわからないが、もしかしたら有事の際の脱出路として確保されたのかもしれない。とすれば、“安寧の魔法陣”破壊の際に、ここも念入りに壊しておくことにする。単なる嫌がらせだ。
 探せばまだ似たような通路は残っているかもしれないが、藪蛇になっても困るので放っておくことにした。
 ともかく、見張りを気にすることなく、ソロイルの中心街に入れるようになった僕は、“安寧の魔法陣”爆破作戦の詳細を煮詰めることができた。
 破壊目標は、水路や道路、市場、教会、兵士の詰所など、昔から移設することのなかった施設。魔法陣として機能させ続けるからこその、変えられなかった場所だ。
 すべての準備が整った頃には、各地の迷宮都市から「教皇国の大都市が迷宮で封鎖される」警告が出され、それはほどなく教皇国にも伝わった。
 『聖懲罪府スピカ』に移住したジョセフ・ベルマーゼからも、教皇庁宛に脱出を促す文が発せられているようだ。ただ、現在のスピカは教皇国軍と対峙しており、ベルマーゼの警告がちゃんと届いたかどうか、受領されて対策が取られているかは、僕の知るところではない。

 教皇国内のこともそうだが、オーファリエとエル・ニーザルディアの迷宮化についても、僕は折を見て進めている。
 オーファリエの燿石を変質させるために、迷宮範囲に取り込む必要がある。すでに掘り出してしまった物は後回しにして、いまだ大地に眠る鉱脈をあらかたかっさらうことにした。
 そういうわけで、またスハイルをお供に、あちこちへ迷宮ワープをしたのだけれど、まあ酷いものだった。
 途中で失敗したらしい露天掘りの底には、有毒ガスや重金属がとけ込んでいるだろう水溜まりに死体がいくつも放置されていて、埋めることもされていなかった。
 草木が枯れて地肌があらわになった山々は、ボロボロの砂になって崩れかけているか、赤さびた岩肌が出ているか、粘土質がかろうじて崖を支えているようなところばかりだ。当然、生物の気配もないが、たまに、死体がまとめて積み上がっていた。
 労働者たちは稼働している坑道のまわりにしかおらず、その生活環境も劣悪と言っていい。まともな飲み水があるのかさえ不明だ。
「旦那様、長居は無用です」
「うん」
 埃っぽい金属臭と、有機物が腐敗した湿っぽい黴臭さが混じる空気を遮るように、スハイルは僕を促して先を急がせた。
 たぶん、子供が見るには刺激が強い光景に遭遇させたら、ハニシェに小言を言われるとでも思っているのだろう。
 予定通り、オーファリエの都市部には行かないですましたが、エル・ニーザルディアでは、逆に王侯貴族の邸宅などが多い場所を重点的にまわった。これは、ダンジョンを出すためではなく、エル・ニーザルディアの貴族たちの動向を監視するためだ。
(ジルベルトが言っていたように、庶民の生活の場を見に行っても、スハイルに「長居は無用」って言われそうだしな)
 アレイルーダ商会の交易部員として、長年エル・ニーザルディアに出入りしていたジルベルトが、平民は人間扱いされないと証言して、避けるよう僕に助言してくれたほどなのだ。
 逆に、貴族たちの生活エリアには衛兵がいるので、まだ突発的な犯罪に巻き込まれることが少ない。
 偶然にもプリシラ嬢の実家であるオスボーン侯爵邸の近くに出た時には、家紋入りの豪華な六頭立ての馬車が門を通っていくのを見かけた。プリシラ嬢がいれば、それが何処の家のものなのか教えてくれたかもしれないが、彼女に見せたいとは思わなかった。
(あのうるさい子に、ほだされたのかな?)
 内心、苦笑いを浮かべたい気分だったけれど、曲がりなりにもスキルを持っている僕に、気位の高い彼女は同情されたくはないだろう。
「……よし、予定したマップが埋まった。付き合ってくれてありがとう、スハイル。帰ろう」
「かしこまりました」
 結構時間がかかったけれど、僕はオーファリエとエル・ニーザルディアでの仕事を終えて、教皇国へ戻った。
 その数日後、厳かなセレモニーと華やかな行列でもって、遅い春を迎えた聖都ソロイルから今年の巫女候補たちが出立していくのを見送り、僕は計画を発動させるのだった。


「正面突破だけでなく、ちゃんと脱出路も用意してあげたんですね」
「僕も鬼じゃないからね。まあ別に、自力で足掻こうともしないで、全員馬鹿みたいに死んでくれてもいいけど」
 特に感慨もなく言い放った僕に、スハイルは「相変わらずですね」とため息をつく。うん、僕はブレないよ。
 周囲をダンジョンが囲む形で封鎖される都市は、全部で五つ。
 聖都ソロイル、西の工業都市ルーダース、南の経済都市ラオマナ、穀倉地域を抱える地方都市のバラゴとマラゼ。どこも多くの人口を抱え、さらに言えば稀人の知識を用いて古くから栄えていた場所だ。
 数日ごとにひとつずつ封鎖していき、“安寧の魔法陣”を壊したソロイルを最後にする。完了は五月の半ばを予定している。
 都市を囲むダンジョンの幅は、約一キロメートル。出没するモンスターのレベルは五から三十程度で、すばしっこいのも群れるのも一撃が重いのもいる。
 兵士や傭兵ならまだしも、武器を持ったことのない一般人じゃ、到底かなわない。かといって、教会に所属している僧兵や修行僧なんかは、ダンジョンに入ることすらできない。正面からの脱出は無謀だし、成功の確率はかなり低い。
 多くの犠牲、生贄ありきであれば、群れとして一斉に移動することで突破は可能かもしれない。だが、それが出来るほど整然と行動できるかといえば、まあ無理だろう。
「各都市に数ヶ所設置した迷宮扉からなら、安全にダンジョン範囲の外に出ることができる。ただし一方通行だから、そこに脱出口があるって広まるかは運だけどね」
 もちろん、この脱出方法に関する情報も、迷宮都市からアナウンスはしている。ただ、冒険者ギルドがない教皇国では、伝わりにくいし信じられにくいだけだ。
「この封鎖は、いつまで続けられるんです?」
「一応、聖地攻略まで。ダラダラ続けていたら、大量の燿石で無理やり干渉できることに気付かれそうだし。その前に封鎖を解除するか……あるいは都市ごと飲み込むか……その時の状況によるかな」
 現在、封鎖された都市の内外は大混乱中だ。救出作戦を指揮できる者はスピカに出撃しているし、そもそも戦力を動かす指示を出せる権力者が迷宮に関する情報に疎く、右往左往していることだろう。
「それじゃ、卑怯者が逃げ出す前に、ダメ押しをするとしよう。みんな、腕時計の時間は揃ってる? ソル、スハイル、頼んだよ。ハニシェも僕に付いてきて」
「「「はい」」」
 僕らは夜闇に紛れてソロイルの街に散らばり、あらかじめ僕が指定した場所に、計算された分量の爆薬を仕掛けていく。
 静まり返ったソロイルの街は、いまだ何も知らない安眠を貪っているが、僕は爆発物を手に持っている緊張感に、思わず足が止まりそうになる。
「坊ちゃま……」
「大丈夫。……そろそろ一発目の時間だ」
 蓄光塗料が塗られた針と文字盤が、予定の時間を示す。その時、どこか遠くから地響きが聞こえてきた。
「よし。僕らの番だ。もう少し離れよう」
「はい」
 ハニシェに運んでもらった爆薬は、目の前に広がる市場の長い道路沿いに仕掛け終わっている。
「発破!」
 どばばばごごぉん、どがらららら、ずずぅん、という爆音が、連続して、遠くからこちらに近付いてくる。
 市場を囲う建物が崩壊し、昼間は大勢の人でにぎわう道路を埋めていく。そして最後に、市場の端にある広場に傲然とたたずんでいた聖ライシーカの銅像が、爆音とともに吹き飛んだ。
「状況終了。逃げるぞ!」
「はいっ」
 がこーんごろごろ、と落ちてきた銅像が石畳に立てる派手な音を背に、僕らはあらかじめ決めておいた道を駆け抜け、ソロイルの外へ繋がる地下水路の階段を駆け下りた。