165 人材を生やすのは始まりの村


 その晩、夕食の時間になっても戻って来なかったバニタスが疲れた顔を見せたのは、もう日付も変わるかという頃だった。
「まだ起きておられたか」
「拘束されたのかと心配していた」
「面目ない」
 白湯を出して、なにがあったのかと聞けば、何のことはない。ただ、無理難題を押し付けられただけだった。
「孤児を引き取れぇ!?」
「ベルマーゼ閣下がいなくなってから、各々がやりたい放題のようでござる」
 ベルマーゼはその密かな出自から、また後進や手足の育成のために、孤児に関する福祉に力を入れていたらしい。
 いくら“安寧の魔法陣”のおかげで反乱などが起きないとはいえ、貧民の流入や捨て子がないわけではない。また、何らかの理由で保護者がいなくなって、取り残されることだってある。
 そんな子供たちのために、ベルマーゼは乳児院や孤児院を積極的に支援していたのだが、彼が引退してソロイルを出た瞬間、それらの支援が一斉に引き揚げられてしまったらしい。おかげで、どこの孤児院も干上がる寸前なのだとか。
「南西部の混乱を早期鎮圧する代わりに、穀潰しを全員南西部で管理せよ、と」
「……まさか、ここまで能無しとは思わなかった」
 子供は国の宝だぞ。人材の青田だぞ。穀潰しとは何事だ! 本当に、なにやってんの!?
「馬鹿なのかな。いや、馬鹿なんだろうな。ついでに言えば、人間の皮を被っているだけの、品性の終わった害獣だってことだ。金しか見えない眼球なんか、障石を詰めておいた方がマシだ。頭蓋骨の中に、脳みその代わりに障り避けが詰まっているに違いない。絶対そうだ! クソッタレが!!」
「坊ちゃま」
 思わずリンベリュート語で汚い言葉を使ってしまったので、ハニシェに叱られた。
 いつかは迷宮に子供が捨てられるかもしれない、なんて考えてはいたが、まさか教皇国の中枢部がそんな阿呆だとは思ってもみなかった。
「……っはぁぁ。それで、バニタスは、その子供たちを連れて、フェブラー領に戻らないといけないのだな」
「まことに、面目ござらん」
「いや、バニタスのせいではない」
 修行僧という身分であるからには、教皇国の命令には逆らえない。しかも、明日の食事の心配をしなければならない子供の命がかかっているのなら、なおさら彼の良心を尊重するべきだ。
「人数は?」
「およそ五十名と聞いておりますが、明日には百名に増えているやもしれませぬ」
「おっふ……」
 ソロイル中の孤児院を空にして潰す気なのかな。
 ……まあ、いい。
「了解した。セドリック卿にもお世話になったことだし、力を貸そう」
「え? その、某が一緒に行けないということを、謝罪しに来たのだが?」
「それも了承した。任せておけ」
 翌日から、バニタスは孤児たちを引き取って旅をする手続きやなにやらで出かけ、僕たちは僕たちで、あれこれと準備に追われた。
 僕が密かにバニタスへ助言したことは、子供の世話役は、尼僧ではなく行き場のない元孤児や浮浪児を選ぶこと。物資は積まなくていいから、子供を一人残らず乗せられるだけの大山羊車を用意すること。この二つだけだ。
 数日後、バニタスから準備が整ったと報告を受け、僕たちは外側の町の、一番外の城門へと集合した。
 そこには、荷台にぎっちぎちに子供を乗せた、計四台もの大型大山羊車が連なっていた。檻車よりはマシな見た目とはいえ、時間はまだ早朝で、薄着で震えている子供もいた。
「よし、すぐに出発しよう」
 先頭の大山羊車は僕が、その後ろにハニシェ、ソル、バニタスが手綱を取る大山羊車が続き、子供が落ちないか見張りながら、【隠密】スキル持ちのスハイルが最後尾を含めた周囲を歩く。
 ソロイルの城壁を後にし、周囲の農村からの荷車などが途切れた瞬間を見計らい、スハイルから周囲の目が無いとサインをもらって、僕は迷宮扉を開いて大山羊車をその中へ進めた。
 異常に気が付いた子供たちが声を上げたが、その頃には、すでに後続の三台も迷宮扉をくぐっていた。
「旦那様、全員漏れなく到着しました」
「ありがとう、スハイル。見張りご苦労様」
 最後に飛び込んできたスハイルを確認して迷宮扉を閉めた僕は、そのまま前方に見える農村に大山羊車を進めた。
「さあ、到着したよ。ここが、『辺境の村レグルス』だ」
 その風景は、とても迷宮都市には見えない。どこまでも牧歌的な雰囲気だ。
 コンセプトは、いわゆる「始まりの村」であり、ゲームの『GOグリ』内でも、メインストーリーに登場する英雄NPCの出身地ということになっている。
 ここはすでにフェブラー領だが、未開拓の森の中だ。一応、近くに細い道があるので、そこまで出れば近くの村にもたどり着ける。かろうじて、新しい村だと言い張れなくもない。
「これなら、しばらくは迷宮都市だと知られないだろう。付き合いは、セドリック卿に一任する。徴税には応じられないが、迷宮の産出物は、好きに使ってくれてかまわん」
「かたじけない」
 いくらフェブラー家が裕福でも、いきなり百人以上の子供を養えるはずがない。全員をいったんレグルスで預かり、希望があれば外で暮らせるよう計らってもらうことにした。
 もちろん、孤児たちには迷宮からの恩を刷り込み、迷宮の尖兵とすることも忘れていない。
「教皇国には冒険者ギルドがないからな。そのうちできるとしても、まあしばらくは、出入りするのはバニタスだけだ」
「よろしいのか?」
「ああ。フェブラー家に連なる者のみ、僧籍を所持していても入場可としている。いまだけはな」
 そのうち失効する予定だが、それは何十年か後のことだろう。
「バニタスも、名目上、しばらくはこの辺から動けないであろう? 迷宮のダンジョンを経験してくるといい。そして、その経験をフェブラー家の役に立てろ。きっと、ベルマーゼも喜ぶはずだ。……ソロイルまでの案内助かった。感謝している」
「……かたじけないッ」
 膝をついてまで頭を下げるバニタスを慌てて立ち上がらせ、僕はしっかりと握手を交わした。
(まあ、これから忙しくなるだろうけど、がんばってくれ)
 ソロイル封鎖に巻き込ませないだけでなく、外の混乱を上手く調整してくれることを期待しての解放だ。バニタスなら、その地位や権限や能力があるだろうからな。
 僕は『辺境の村レグルス』の村長ガト爺と、その妻クラベル婆に、子供たちのことを頼み、フェブラー家との交渉はバニタスを通すよう双方に確認させた。
「承知した。おかしな摩擦が起きぬよう、某が仲介すればよいのだな」
「そうだ。教皇国人にはあまり知られていないだろうから言っておくが、迷宮はその地が気に入らなければ消えて、他の土地に出現することがある。欲をかいたり、教条的な態度をとったりしないことだ」
「なんと……承知した。肝に銘じよう」
 生真面目なバニタスにしたら、迷宮に逃げ出されたということは、自分たちが恩を仇で返したということに等しい。彼の性格なら、そんな恥ずかしいことにはしないはずだ。
 僕たちはバニタスと孤児たちに別れを告げると、久しぶりに箱庭の家へと帰るのだった。


「はい、お疲れさんでした」
「坊ちゃまも、お疲れ様でした」
「はあぁ、久しぶりの箱庭はいいですね」
「なんだかホッとする」
 バニタスと一緒にいる間は箱庭でくつろげなかったので、みんな気の抜けた笑顔になっている。
(むふふっ。みんなが「帰る家」って認識している家を造れているって、いいよね)
 目的に合わせた『ハウス』は、いくらでも建てられる。
 だけど、そこから『ホーム』にするには、そこに帰ってくる人・・・・・・が住まなければならない。
 はじめは習作として創った箱庭の家も、みんなで帰ってくる居心地のいい家になったという事だ。
「さて、ソロイルに戻る前に、一服しながら、今後について確認しよう」
「「「はい」」」
 僕たちの活動は、これからが本番だ。