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164 聖都ソロイル
プリシラ嬢は、迷宮都市やダンジョンのことも、エル・ニーザルディアの政治のことも知らなかったが、ひとつだけ、噂を聞いていた。
(一応、エル・ニーザルディアの冒険者ギルドも、カペラの調査に入っているんだな) 迷宮都市の迷宮案内所からは、迷宮やダンジョンに関する情報が、随時公開されている。その中には、旧ニーザルディア領における、高難度ダンジョンの出現や入場条件、低難度ダンジョンも複数出現していることなども入っていた。 そのため、エル・ニーザルディアでうだつの上がらなかった貴族を筆頭に、旧ニーザルディア領へ帰ろうとする勢力が出始めているというのだ。 プリシラ嬢はその理由は知らず、ただ昔の領地を再開拓したい貴族が増えており、特に国王も乗り気らしい、という噂しか聞いていなかった。でも、僕としては値千金。プリシラ嬢を解放するに十分な情報とした。 (これで、三国の協調路線を築きやすくなるな) 伯父上たちへの、ちょっとした助けになればいいと思う。 現在のエル・ニーザルディアでは、教会とずぶずぶだった貴族の立場が弱くなり、それ以外の貴族たちが迷宮都市を手に入れようと躍起になっている。ただし、彼らが冒険者ギルドと仲がいいかって言うと、必ずしもそうではない。 なにしろ、あの国では貴族以外は人ではないのだ。 当然、冒険者なんて平民は無下に扱われてきたわけで、いまさら彼らを使って迷宮都市に入り込もうなんて思っても、横柄な態度を改めない限りは無理に決まっている。 そこで仲介役となる商人などが出てくるわけだが、これは僕には関係ない話なので割愛する。 ともかく、少なくない数の貴族が、現在塞がっているカルモンディ渓谷を開通させようと声を上げ、門閥貴族の軽い御輿でしかなかった国王も、『自分の正統な領地』を求めているそうだ。 そういったことを、全部手紙にしたためて、ラムズス卿に届くようナスリンにお願いしてある。僕は背後のことにこれ以上気を使わず、ドンドン前に進もうと思う。 「ここまで、長かったなぁ」 思わず、そんな呟きが出た。 目の前には、巨大な古都にして、グルメニア教のメトロポリス、聖都ソロイルの城壁があった。 この城壁は一番外側で、近年の拡張工事でできたものだ。 (つまり、“安寧の魔法陣”に含まれていない) 多少の“障り”は魔法陣に吸い取られているだろうけれど、ここまで近付いても、僕の迷宮は出せそうだった。 (破壊活動の準備を近くでできるのはありがたい) 特に、城壁など見張りがいる所をいちいち通過しなければならないのは、それだけで大変なのだ。 僕たちの馬車は、セドリック卿が用意してくれたビザと、バニタスが付いていてくれたことによって、すんなりと城壁を通過することができた。なんなら、門番たちの方が僕たちに対して恭しいほどだ。使うべきはコネと権力だね。 車窓から見えるソロイルの街並みは明るくて、人々の顔も平和そのもの。 商店もたくさんの品が並んでにぎわっており、売られている品の質もよさそうだ。 「ハニシェ、魔導銃の調子はどう?」 「動かなくはないと思いますが、魔力石の消費が激しそうです」 魔力を阻害する燿石製品が多い場所なので、仕方がないことだ。 僕らは次の城壁をくぐり、いよいよ聖都ソロイルの中心街へと足を踏み入れた。その瞬間、僕は頭の中で何かの接続が切れたような感覚があった。 (お?) 鞄からタブレットを取り出そうとしたら、タブレット自体が消えていた。さっきまでは確実に、鞄越しに形や重さを感じていたので、本当に消えてしまったのだ。 「マジか。想像以上に厳しいな」 迷宮を出そうと思っても、僕の手がその辺の何もない空間をすかすかと撫でるだけ。 久しぶりに迷宮と関わりのない、素のショーディーボディな感覚になって、思わず小さな苦笑いが出てしまった。心細いような、身軽なような、なんだか変な感じがする。 「中心街にマダム・マリューの名前で宿をとったら、外側の町でも宿をひとつ取ろう。やっぱりここだと、僕のスキルが使えないや」 「かしこまりました」 バニタスおすすめの高級宿に腰を落ち着けると、さっそくハニシェとソルは外側の町に宿を取りに行った。 バニタスは教会関係者に頼まれていた訴えを出しに行くというので、僕と女装を解いたスハイルも、下見がてらコッソリついていくことにした。 「ディアフラのような川はないのですね」 「たぶん、この大通りは、地下水道の上にあるんだよ」 コソコソと小声で話すスハイルに、僕も無駄に広い大通りを見ながら、軽く舌打ちしたくなった。 (なるほど。地上はひらけすぎている) あまりにも見通しが良すぎて、都市南部から北部へ渡る人間が丸見えなのだ。国の中枢機関に曲者を入り込ませないために、北側からはたくさんの監視の目が光っているに違いない。実質的な関所だ。 教皇庁だという、まるで城のような威容を誇る建物をはじめ、ソロイルの北側には官公庁らしい建物が多く見える。 都市を南北に分ける大通りを渡っていくバニタスの背を眺め、僕は別の道を探索することにした。 ソロイルとディアフラの構造が似ているならば、地下へ下りるための出入り口も、似たような位置にあるはずだ。 僕はあらかじめ目星をつけていた道路や建物の裏などを探し回り、公衆浴場の燃料置き場に、地下へ行く階段を見つけた。 「鍵がかかって無くて、よかったですね」 「メンテナンスはされているみたい。ただ、古い設備だからね。建物の飾りを動かして扉を開ける、みたいなギミックでもおかしくなかったよ」 さいわいなことに、見つけた入り口は大通りの下にも続いており、迷宮製の懐中電灯と携帯送風機を両手に、少しずつ歩みを進める。 なんで送風機を持っているかって? 道の先に酸素がなかったら死ぬじゃないか。地下に行く時の、低酸素や毒ガスは怖いんだぞ。ヤバいと思う前に、一瞬で意識が飛んで死ぬからな! 「手動マッピングは面倒だな」 タブレットが使えないので仕方がないが、ただでさえ方向感覚が狂いやすい地下で、暗い中、道を覚えるのは難しい。歩数を数えながらメモを取るしかない。 水が流れる大小の音が響く地下道は、意外としっかりした石造りで、足元もモルタルで固められているように滑らかだ。ただし、ひどい臭いだが。 「うおっ」 「虫も害獣化していませんね。本当に“障り”が無いのでしょう」 懐中電灯の光を避けて、ゴキブリっぽい虫やネズミらしい影が逃げていく。 しばらく歩いていると、送風機から以外の風が、わき道から吹き込んできた。 「旦那様、上への階段です」 「おっ、ちょっと覗いてみるか」 すり減った小さな階段を駆け上がってみると、春だというのにあちこち雪が残ったままの、どこかの路地裏、そのどん詰まりに出た。 「わ、ぁ……。あれ、鍵とか扉とか、なかったね?」 「鉄格子の跡らしきものはありましたよ」 「壊れて、そのままだったのか。僕としてはありがたい」 雨が降ったら、ここに水が流れ込む。逆に、時には地下水道の臭いが出てくる。そして、冬には雪捨て場だったのだろう。そのせいで、まったく人気がない。 「足跡を残さないように、気をつけましょう」 「わかった」 地上に戻って探索すると、すぐに大通りを見つけられた。公衆浴場の燃料置き場から、だいぶ近付いていた。 「スハイル、懐中電灯や送風機の属性石は?」 「……だいぶ減っているようですね。大通りの向こう側まで探索するには、もたないでしょう」 「やっぱり燿石が多いと、難しいな」 いらだつ僕だったけれど、スハイルは何でもない事のように首を振った。 「すでにソロイルまで来ているのです。焦ることはありません。それに、ハニシェ達が外側の町にも拠点を作ってくれています。そこで十分に準備をすればよろしいかと」 「……それもそうだな」 “安寧の魔法陣”を壊すだけなら、なにもソロイルの北側に行く必要はない。ただ僕が、偉そうなヤツらがふんぞり返っている椅子をぶっ壊したかっただけだ。 (ディアフラも事前に壊されていたと思われる箇所は、南側だけだった。でも南側だけだと、北側にいる奴らをビビらせられないからなぁ) 誰でも、自分のケツに火が付かないと、悠長にしているもんだ。 (いっそのこと、南側の住人に反乱を起こさせるか? “安寧の魔法陣”が壊れさえすれば、“障り”が出るだろうし) しかし、僕はそこまで上手く扇動してやれる自信はない。なったら儲けもの、程度だろう。 「よし。腰を落ち着けて、じっくりと下準備をしようじゃないの。スハイル、宿に戻ろう。あと風呂も入ろう。臭いがヤバイ」 「かしこまりました」 染み付いた臭いが臭すぎて、スハイルの【隠密】スキルが役に立たなくなるよ……。 |