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163 得意なことを仕事にしよう
翌日、プリシラ嬢はまだ拗ねていたが、このまま置いていくぞと脅したら付いてきた。
さすがに、言葉が通じない教皇国に一人で放り出されたら野垂れ死ぬとわかっているようだ。 「帰る場所は君自身で作るしかないけど、生計を立てる手段なら用意できなくもないよ」 たとえば、冒険者になって、害獣討伐や迷宮探索に挑むとか。 たとえば、読み書きができるのだから、冒険者職員になってもいい。 たとえば、リンベリュート王国で、どこかの貴族令嬢の侍女になるとか。 「……貴方の使用人、という選択肢はないのね」 「えっ、僕に仕えたいの?」 「そうじゃないわよ!」 馬車のガタゴト音にも負けない、元気のいい声だ。 しかし一応、僕の奴隷である自覚はあるらしい。 「僕は色々面倒な立場なんだよ。君を助けたのは、エル・ニーザルディアの情報が欲しかったから。だから、僕に金額分の情報を提供すれば、君は自分を買い戻したことになる」 だいぶいい加減な理屈なのだけれど、僕としても彼女を所有し続けるメリットがない。できれば、さっさと手放したいくらいなのだ。うるさいし。 「エル・ニーザルディアに帰りたい?」 「……どうかしら。見返してやりたい気持ちもあるけど、結局理由をつけて馬鹿にしてきそうなんですもの」 (おっ、ちょっと冷静になってきた?) 同じエル・ニーザルディア貴族であるからこそ、彼らのやり口や態度は想像できるようだ。 「でも、わたくし、なにもできないわ。やってって言えば、誰かがやってくれたんですもの」 「まあ、わかる」 侯爵令嬢が自分でアレコレするのははしたない、とかそういうものなんだろう。 「……なんでわたくし、スキルを持ってないのかしら」 結局、そこに戻ってきてしまうのか。 たしかに、スキルがあれば人生の道筋はたてやすいかもしれない。でも同時に、可能性を絞って、人生を硬直させてしまう恐れもある。 「スキルが欲しければ、冒険者になってダンジョンにもぐればいいんじゃないかな。スキルを獲得できるレアアイテムが出るみたいだし」 「本当ですの!?」 プリシラ嬢はすごい勢いで食いついてきた。やっぱり知らなかったのか。 「迷宮に出入りする冒険者なら、知っているんじゃない? だけど、スキルを手に入れたからって、いまさら家族が、迎え入れてくれると思う?」 「お、父様も、おかあ、さまも……喜んでくださる、はずですわ……」 「そうかもしれない。でも、君はすでに、家族から排除された後だ。君の父上が、外向きにどんな話にしているのかわからないけれど……」 排除、その単語は彼女にとって苦痛だろうが、事実を認めなければ未来を踏み外しかねない。 そして彼女の脳裏には、いままでの両親の言葉や態度が再生されているのではないだろうか。 「……そうね。喜んだ顔を見せつつ、なんで戻ってきた、面倒な、と言われそうですわ」 「どこの国の貴族も、そんな感じだよねー」 窓枠に肘をかけて頬杖をつきながら放言した僕に、プリシラ嬢はなんとなく力の抜けた笑みをこぼした。同意されたのが、哀しくもあり、嬉しくもあったのかもしれない。 「ねえねえ、さっきは何もできないって言ってたけど、エル・ニーザルディアのお嬢様だって、いろいろ勉強したりするんでしょ? 得意な科目とかなかったの?」 「え……そうですわね。詩歌は得意ですわ。それがきっかけで、歴史も好きでしてよ。古い言葉は雅な響きがありますもの。図書館の古い詩集を読むために、古ニーザルディア語も習得いたしましたし」 その瞬間、僕は手を叩き、彼女を驚かせてしまった。 「はい、採用!」 「え? え?」 「ディアフラって知ってる?」 「もちろん。ニーザルディア国の王都だった場所ですわ」 かつて滅びた国の首都であると、プリシラ嬢は答えた。 実はこれ、貴族でも若い人は知らないことが結構あるのだ。すでに人が住めない場所とされているために、興味がないというか、認識すらされていない可能性がある。 「その王城とかへ調査隊が組まれているんだけど、参加しない?」 「えっ、わたくしが?」 そこで僕は、ニーザルディアが教皇国に滅ぼされた可能性があり、その調査を行ったり、旧ニーザルディア三国で協調できないかと調整が始まっていたりすることを教えた。 「でも、歴史や古いニーザルディア語に通じている人が少ないんだ。エル・ニーザルディア代表、とまではいかないだろうけれど、リンベリュートの大人に混じって、調査隊に入ってくれない? リンベリュートの高位貴族や王族に、口利きしてあげられるから」 そこで功績が挙げられたら、がんばりが認められたら、王族や高位貴族たちに伝手ができたのなら、プリシラ嬢にも将来の道が開ける可能性が大きいだろう。 「わたくしで……よろしいの?」 「プリシラ嬢が自分で獲得した知識と技能が、調査隊には必要だと僕は思う」 生来のスキルでも、誰かから奪った権利でも、金で買った稀人の知識でもない。プリシラ嬢が自分の努力と時間を使って得た能力こそが必要だと、僕は強調した。 「リンベリュートでは失われてしまった古い様式とか風俗とかが、エル・ニーザルディアには残っているかもしれない。リンベリュートの大人では気が付かなかったことを、プリシラ嬢が気付いてあげられたら、とても素晴らしいことだと思うよ」 「……そ、そこまでおっしゃるなら、行ってさしあげてもよろしくってよ!」 元気が戻ると同時に、高飛車さも戻ってきたけれど、よかったとしよう。 (躾は母上にお願いしよう) もうエル・ニーザルディアの高位貴族ではないのだから、それなりの態度や言葉遣いが必要になる。母上のスパルタマナー教室でしごかれてくるといいんじゃないかな。 僕は次の町でいくつもの手紙を書き、ナスリンにそれを託した。 「ナスリン、悪いけどプリシラ嬢を頼むね」 「こちらこそ、お気遣いをいただき、ありがとうございます」 すでにセーゼ・ラロォナを出て、これからは危険が増えそうな道程なので、ナスリンとファラには、 「何か困ったことがあったら、ハセガワたちに相談してね。伯父上もきっと、すぐに帰ってくるだろうし」 「はい。旦那様も、ご無理をなさらないでくださいね」 「もちろん。ありがとうね」 「だんにゃちゃま、またねー!」 ぱたぱたと手を振るファラに手を振り返し、僕は迷宮扉を開けて、三人を送り出した。 「借りはいつか返しますわ! 必ず返しますからね!」 そんなキャンキャン声も、扉の奥に消えて、やっと僕のまわりは静かになった。 「はぁ、やれやれ」 「お疲れ様でした、坊ちゃま」 「ハニシェこそ、あの子のお世話ありがとうね」 本当に、プリシラ嬢は賑やかだったのだ。声の大きさといい、態度の大きさといい……。 (あ、そういえば、ベルマーゼ送った時には、もう出発してていなかったな) 静かになったところで、初めて迷宮扉を見て色々理解が追い付いていないようなバニタスに、僕のこともベルマーゼから聞いたことも話して聞かせた。 「……さようでござったか」 「ベルマーゼはバニタスを信用していなかったのではない。むしろ、知ってしまうことで、余計なことに巻き込まれて欲しくなかったのだろう」 「閣下らしいお気遣いでござる。某が聖地に睨まれれば、父の家族にも類が及ぶ。そうお考えのはず」 たしかにフェブラー家が巻き込まれることも危惧しただろうが、ベルマーゼは単純に、隠しごとに向いていないバニタスに無理なことをさせなかっただけだ。 「それで、ショーディー殿のスキルに関することまで、某に話しても構わなかったのでござるか?」 自分が教皇庁に走るとは思わなかったのかと聞かれて、僕は笑った。 「バニタスは、教皇国首脳部よりも、ベルマーゼのことが好きであろう? ベルマーゼが信頼した僕を、貴君が裏切るとは思わんよ」 バニタスが赤くなって意味不明な呻き声をあげていたけれど、僕だって無駄に非情なわけじゃない。それに、僕と行動を共にする以上、いつかは知られることだ。 「効率を優先するのは、僕の母方の家訓のようなものだ。ベルマーゼもそういうのが好きなんだと思ったよ」 「そ、そうでござるか……」 とりあえず、面倒事がひとつ片付いた。 聖都ソロイルまで、旅程もあと少しになっていた。 |