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161 不都合な実の生る畑 −ラムズス
この日、冒険者の迷宮攻略と害獣討伐のバランスについて協議するため、という名目で集まったのは、以下五名の代表者。
公方家当主、ラムズス・ヨーガレイド。 王妹、ロロナ・ヨーガレイド。 王太子妃父、ディオルド・トートラス。 第一王女にして公方家当主、セーシュリー・ヘレナリオ。 冒険者ギルド迷宮関連統括、ライノ。 これに準参加者として、セーシュリーの息子カリードと、マコルス家当主バァンが加わる。 カリードは幼いながらも、ロロナと同じく直接迷宮都市内部を見たことからの召致だ。 マコルス家は、サムザ川を挟んでヘレナリオ家と領地を接しており、共に『葬骸寺院アンタレス』との交流窓口になっている。 周囲の注目を集めかねないとわかっていながらも、彼らが王都のヨーガレイド家の屋敷で緊急会議を行ったのは、もちろんショーディーからもたらされた情報が原因だ。 「あの子の畑には、世の中の都合の悪い事がたくさん実っていて、それを引っこ抜いてはわたくしたちの所に持ってくるのよ。どう、豊作ですよ、とね」 皮肉気な微笑を浮かべるロロナの言を、誰も否定できない。 「それを上手く調理して飲み込み、歪みを正すのが、我々の役目だ。誰かの不都合は、我々にとっての好都合でもある。くれぐれも、腹を下すような扱いをしてはならん」 「意気込みは評価するわ。問題は、その調理法ね」 ロロナに言われなくても、ラムズスの脳内には、すでにいくつかのシナリオができている。ただ、どれもかなり強引になり、各地からの反発は免れないだろう。 「外交関連は、マリューを特務職員として働かせる。奴ならオルコラルトのがめつい狸ジジイどもを丸め込めるだろう。しかし、エル・ニーザルディアへは、 エル・ニーザルディアを実質的に動かしているのは、ニーザルディア時代からの門閥貴族たちだ。広い領地と、連綿と受け継がれてきた知識と技術と、莫大な金銭を持っている。 そして彼らは、ニーザルディア時代は辺境の小貴族だったリンベリュート家を軽視している。第二王女のメロリアが嫁入りできたのも、国王ではなく王弟だ。もちろん、大公妃としての扱いは受けているが、あくまで大貴族たちの許容する範囲内という、だいぶ屈辱的なものだと聞いている。 「わたくしと叔母様が必要というのは、理解いたしましたわ」 枯れ枝のようにほっそりとした容姿のセーシュリーは、これでも髪や肌に艶が戻ってきている。王妃に似た顔立ちに、以前はなかった意志の力がにじみ出ているようだ。 「ですが、国王陛下やラディスタの協力は、本当に無くてよろしいの?」 「無理や無礼を承知で申し上げますが、陛下たちにご理解をいただく時間が惜しいのです」 「そもそも、理解しなさそうですものね」 気を使ったつもりなのにロロナが一刀両断してしまい、ラムズスは顔を覆った。 「迷宮都市やダンジョンの存在により、国内の領主間では大きな格差が生まれた。だが、王城は稀人召喚の儀式にかまけ、各地の情勢を見ようともされなかった」 ディオルド・トートラスの低く太い声は、苦々しくも呆れを多分に含んでいる。 マナ王太子妃の父である彼は、領内に出現した三つのダンジョンへ積極的に冒険者を派遣し、その利益を領内へ還元した。元々、害獣退治に積極的で、冒険者ギルドを手厚く保護してきた実績があるので、冒険者たちもトートラス家が定めたルールや分配に文句を言うことがなかった。 「正直に言って、いまさらダンジョン無しの経営には戻れぬ。それほどの経済効果があった。オルコラルトもそうであろうし、エル・ニーザルディアはそれを欲してやまないはずだ」 「ディオルド卿のおっしゃる通り。そして、我々はエル・ニーザルディアを上手く誘導しなければならないし、そのための情報を託された」 「オーファリエの鉱毒と、ニーザルディア滅亡の原因、か……」 太い眉を寄せて唸るディオルドの声は、まるで石臼をひくような重々しさだ。 ショーディーがラムズスたちに配った報告書は、そのままディオルドやセーシュリーたちにも共有された。各人が、己の力が及ぶ限りの手を打とうと頭を絞るが、それでも国王と王太子と宰相が迷宮に無知無理解なので、とても困っているという状態だ。 「まず、情報源が迷宮という時点で信じるに値しない、とされるのが目に見えている」 「あら、ラディスタの言い方そっくり……失礼」 思わずといった様子で零れたセーシュリーの呟きに、ラムズスは軽く首を振り、ディオルドも苦笑いを堪えたように見える。王太子の取り付く島のなさは、姉として、臣下として、舅として、三人ともがよく知るところだった。 「陛下も宰相閣下も、迷宮を過小評価なさる。経済的な脅威とは感じても、歴史を揺るがす事実や、外交に影響を及ぼす重大な情報があることを、かたくなに信じようとしない。それが、儂には不思議でならん」 「あ、あの……」 それまで黙っていたバァン・マコルスが、おずおずと切り出したものの、全員の注目を集めて固まってしまった。彼はディオルドよりも年下ではあるが、温厚を通り越してやや内気だった。 ラムズスは彼を怖がらせないよう、つとめて柔らかくたずねた。 「なにか、気になることでも?」 「ああ、えっと……これは、以前レアラン家の派閥で耳にしたことなのですが……。陛下は国庫からの他に、個人的に、かなりの額を教会に献金をしているらしいのです。それを内密に用立てたのが、宰相閣下という噂です」 「はぁっ!?」 「なっ……聞いてないぞ!?」 一応、宰相のイクセミア派閥に属するディオルドも初耳だったらしく、大きな手で額を押さえた。 「召喚儀式を招致するために、多額の献金をしたという噂は聞いたが、まさか宰相が一枚噛んでいたとは」 「そういえば、宰相の二番目の子が出家していたな。宰相は出家した息子の地位を盤石にして教会を利用したく、教会も王家に迷宮と組まれるのは困るから宰相を味方にしておきたく、王家も元が取れないうちは教会を切り捨てられないという事か」 ディオルドが苦々しく言った通り、三勢力は我欲と利害に足を取られて現実が見えていない状態のようだ。 「……仕方がないわね」 重苦しい沈黙を破ったのは、ロロナの溜息だった。 「お兄様は退位、ラディスタは廃位。わたくしとディオルド卿を後見として、エメレンスを即位させるしかないでしょう。宰相も交代ね」 乳児を即位させる気かと視線が鋭くなるが、ロロナは平然と肩をすくめてみせた。 「カリードが王位を継ぐより、混乱は少ないわ。手をこまねいていれば、国が腐り潰れるだけ。だいたい、迷宮やあの子が、家族を危険にさらした憎い王の妹であるわたくしを、どうして生かしておいたと思っておいで? こうなることを予想していたからでしょうに」 「馬鹿な……」 ラムズスは義理と忠義から、ロロナの安全と尊厳を求めて迷宮を頼った。だが、迷宮側にも思惑があったなどとは、考えもしなかったのだ。 「ロロナ様、しかし性急にすぎます。他公方三家からの反発は必至ですぞ」 ディオルドの言に他の参加者も頷き、ロロナもそれは否定しなかった。 「ええ。ラディスタの廃位に相当する罪状もなくては。それはそれで、別の話し合いが必要でしょう。いまは、もっと別の課題を、急いで片付けなくてはいけないわ」 それは、迷宮に保管されているという、旧王都ディアフラへ派遣する調査員の選別だ。 ニーザルディアが滅びたのが教皇国の差し金であったという証拠がなければ、エル・ニーザルディアを動かすことは難しい。 「ディアフラへの入り口は、すでに『学徒街ミモザ』に出現しているらしい。調査員を急いで選出中だが、まず僧籍を所持したことのある者を排除しなければならないが……」 「それは反発されますわね。どうしても組み込めないのかしら?」 「おそれながら、セーシュリーさま。物理的に不可能なのです。迷宮都市もダンジョンも、グルメニア教の僧籍を持つ者、及び所属した過去のある者は、見えない壁に弾かれて入場できないのです」 ライノが言う通りで、馬車で無理やり入ろうとした人間が、箱車の中でぐちゃぐちゃになって圧死していたという事例もある。それは酷いありさまだったようで、ライノから報告を受けたラムズスも、しばらく顔から血の気が引いたのを覚えている。 そもそも、歴史学を修めている者が少ない。ラムズスは、当時のニーザルディア語が読める者や、教皇国の文化に造詣を持つ者、国税などの数字が理解できる者も候補に入れていた。どんな資料が残っているかわからないので、とにかくカバーできる範囲を広く持ちたかった。 「そこで、ヘレナリオ家、トートラス家、マコルス家にも、有用な調査員を推薦していただきたい。この件に関しては、どの公方家の寄子や縁者でも構わん」 どの家の者だろうと、リンベリュート国民は辿ればニーザルディア国民だったのであり、その点から離反を疑うことはなかった。たとえ誤魔化しや捏造などを企てても、意味がないのだ。 この際、派閥の垣根を超え、あらゆる専門家を集め、多角的な調査を行った方が、不正を防ぎ、あった物事をより正確に分析することができるだろう。 (どうせ、良からぬことを考えた者がいたとしても、迷宮が食い殺してしまうだろうからな) そこだけは、ラムズスも『不都合な事がたくさん実っている畑』が人間に対して平等であると信頼している、最も厳然たる事実だった。 |