159 建築家だが壊せないとは言っていない


 教皇国でバニタスと合流した後では、なかなか時間が取れないと思い、僕は先に教皇国内での動きを確認することにした。
「第……何回目かの、迷宮会議を始めるよ!」
 オフィスエリアの会議室には、ハセガワ、カガミ、ダイモン、ミヤモト、イトウ、ヒイラギの、いつものメンバーが集まっている。
「まずは、いままで通ってきた教皇国領と、セーゼ・ラロォナ内に出す迷宮についてだ」
「出現は可能ですが、運用に関しては難しいかと」
 ダイモンが言う通り、教皇国、グルメニア教の影響が大きい地域では、人間が勝手に侵入を規制してしまう可能性が高い。せっかくダンジョンを出しても、誰も中から魔力に満ちた品物を持ち出してくれないのだ。
「しかし、出現させるには、燿石製品が少なくなった、今がチャンスとも言えます」
 魔族が出現したせいで、魔力を乱す燿石を使った多くの道具が壊れた。迷宮範囲に取り込んでしまえば、燿石自体を変質させることができるし、諸々の不自然の原因を、迷宮ではなく魔族出現に押し付けることができるだろう。
「運用は二の次として、候補地に出現だけさせておこう。既存の迷宮都市からアナウンスしても、遠くて冒険者が来られないだろうし」
「新たな迷宮都市は出しますか?」
「今は控えよう。せっかく『聖懲罪府スピカ』がヘイトを稼いでくれているんだ。スピカよりも近い場所に、別の迷宮都市を出すことはない」
 セーゼ・ラロォナや教皇国にも、迷宮案内所が付いた迷宮都市を出現させる用意はあるけれど、それは時機を見て、とする。いまは必要じゃない。
「それに関連して、教皇国内に出現させるダンジョンについて、なにか意見はあるか?」
「ボスの懸念は、やはり燿石による障害と、聖都ソロイルに敷かれた“安寧の魔法陣”による“障り”不足と察しています」
 片手をあげて発言したヒイラギに、僕も頷いてみせた。
 僕の迷宮は、“障り”があればどこにでも出現させられるけれど、逆に言えば“障り”がない場所には出現させられない。そして、魔力を溜め込んでいる迷宮は、魔力をかき乱す特性がある燿石とは、根本的に相性が悪い。
 極端な話、燿石を大量に携帯していれば、魔力で作られたモンスターを気にすることなくダンジョンの中を歩けるのだ。モンスターを退けられるほど大量の燿石を運ぶなんて、現実的ではないのだが。
「燿石を変質させるのって、だいぶ時間とコストがかかるからなぁ。イトウ、どう思う?」
迷宮こっちで変質させるのも、侵入側むこうが持ち込むのも、どっちもコスパが良くない。でも、むこうは気付いたら持ち込んでくると思う。それなら、持ち込まれる前に、根本を潰すのが、手っ取り早いんじゃない?」
 バラバラに対処するよりも、根元を押さえて、将来的な面倒を極小化させるべきだと言う。それはつまり……。
「オーファリエ攻略か」
 燿石の一大産出国であるオーファリエだが、その国土は狭い。教皇国の一地方と言っていいくらいだ。
「しかし、鉱山地帯を広げているのではなかったですか?」
 ミヤモトの言う通り、オーファリエはガトロンショ山脈の端やカルモンディ渓谷を削るように、西や北へと領土を広げているようだ。僕らが想定しているよりも、面積はだいぶ広くなっているかもしれない。
「面倒くさがって後回しにした結果、余計に面倒になるよりはいいだろう。バニタスに、オーファリエ方面にも案内してもらおう。近くまで行ければ、あとは僕がなんとかする」
 オーファリエ国内を移動できなくとも、カルモンディ渓谷やニーザルディア方面から迷宮範囲を伸ばすこともできる。
 まあ、ポイントエデンをまるごと迷宮に取り込んだ実績があるので、オーファリエをまるごと迷宮の中に取り込むことだって不可能ではないだろう。ただ、教会関係者がいるので、都市部を避けなければならないだけだ。
「あとは、聖都ソロイルですね。“安寧の魔法陣”を壊すために、どうしても入らなければなりませんが」
「旦那様が行くのは危険すぎます。ソルやスハイルに任せるべきではないでしょうか」
 ヒイラギの言に、ハセガワが懸念を示す。
 ソロイルの“安寧の魔法陣”を壊すのは、大きな意味がある。聖地シャヤカー大霊廟へ送られる“障り”を断つためだ。
 いずれ聖地に乗り込むのだから、そのエネルギー源を断つのは当然として、そのソロイルには、“安寧の魔法陣”を壊さない限り“障り”がないので、僕が逃げ込める迷宮を出せないのだ。ハセガワが心配するのは、当たり前だ。
「実際の破壊活動はソルたちにお願いするかもしれないけれど、下見は僕でないダメだ。ディアフラを参考にして、破壊地点の見当は付けるけれど、実際の構造や強度をみないと、不発に終わった時が怖い」
 “安寧の魔法陣”は、都市構造を使って魔法陣を描いている。いうなれば、インフラを物理的に破壊することで、魔法陣の効果を消失させられるのだ。
 通常ならば、それは非常に難しい。
 建物を壊し、水路を壊し、道路を壊すなんて、戦争の都市破壊そのものだ。
 特に、燿石製品に溢れたソロイルでは、魔法を使った破壊工作ができない。どうしたって、爆薬が必要になる。
(でも、僕ならできる)
 爆薬なら、迷宮でいくらでも製造できる。
 もちろん、都市ひとつ吹き飛ばすくらいの爆薬だって用意できる。でも、迷宮が使えなければ、それを怪しまれず、安全に運び込む手段がない。
 都市の外から爆破を試みたとしても、僕がまだ知らない、古の防御機構で防がれるかもしれない。そうなったら、余計な警戒を呼ぶばかりで、大失敗としか言いようがない。
 ならば、内側に侵入して、要所を狙って破壊するしかない。建造物の耐久力や、構造上の弱点を見抜くことだって、元建築デザイナーである僕なら自信がある。
「ソロイルがどれだけ壊れ、どれだけ犠牲が出ようと、かまわない。ただ、人が住めないゴーストタウンにして、そのまま迷宮に取り入れられたなら、色々な資料が無傷で手に入るかな、って」
 聖ライシーカが建て、以来六百年以上そこにあり続けた都市だ。色々な物が保管され、色々な物が埋められている可能性が高い。
 迷宮としては、歴史的資料が、がっぽり手に入るというわけだ。
「だからなるべく、壊しやすい場所、直しにくい場所、欲しい資料を壊さない場所を選ぶつもり。実際に現場で発破をかけたことはないけど、一応勉強はしたしね」
 今回はドリルで穴開けている時間もないだろうから、内部装薬は考えていない。
「やるからには、ド派手にいくぞ。教皇国のプライドごと、吹き飛ばしてやる」
 現代のビル解体映像は元より、工兵さんが鉄橋やら何やらを爆破する映像も、むかし勉強ついでに見たからな!
 どうせ、災害大国日本の建物ほど頑丈にはできていないんだ。タンホア鉄橋みたいなバグ建造物でなければ、僕でも壊せるはずだ。……たぶん。
(ありがとう、過去の稀人の誰か。さすがにC‐4の作り方とか、雷管の作り方とかまでは、知らなかった)
 ダイナマイトの実物は見たことあるんだけどね。発破器を一から組み立てろって言われても無理だし。
 教皇国が保管していた稀人の知識の中には、そういったものも含まれていた。さいわい、こちらの世界の技術力が足りなくて作れなかったみたいだ。
「そういうわけで、イトウ、頼んだ」
「ラジャー。ボスが吹き飛ばないように、安全第一で作るよ」
「ヨロシク」
 これで、ソロイル攻略の準備が進められる。
「あとは、どのくらい都市を囲むかだなぁ」
 教皇国の国土は、ぶっちゃけ広すぎる。
「かつて教皇国に征服された国の首都などは、除外してはどうでしょう? 内部分裂や、独立運動に繋がるかもしれません」
「おっ、その案いいね。採用。ついでに、そういう気骨のある地域には、優先的に迷宮を配置しよう」
 ヒイラギの提案に可を出すと、続いてカガミが素早く地図を出してくれた。
「そうしますと、大まかには、このように区切られるかと思います」
 最奥の聖地に近い、聖都ソロイルを含む北部。
 オーファリエやエル・ニーザルディアに続く南西部。
 セーゼ・ラロォナに続く南部。
 フロダやジェルスに続く東部。
「北部や南西部は、古くから教皇国の領土であり、盤石です。南部はそれほど盲目的ではありませんが、経済的に依存しています。一番影響力が薄いのが東部ですが、もっとも警戒されている地域でもあります」
「東部はスピカへの遠征路にもなっているため、いまボスが行くのは避けた方がいいでしょう。そうすると、やはり経済的に崩せる南部が、ダンジョンを効果的に使えるかと。警戒が薄い南西部と合わせて、難民が他国に流れるのを防ぎましょう」
 カガミとヒイラギが印をつけて行く地図を見ながら、僕は自分が通るべき道と、ダンジョンを出現させる場所を熟考するのだった。