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158 残された証拠
そうと決まれば、やることはひとつだ。
「スピカに移住してもらいます。あそこなら、たとえ貴方が死んでも、魂をライシーカに奪われることがない」 「奴は、そんなことまで?」 「少なくとも、聖地に関わったはずの人の魂は潰えているし、いままで犠牲になった稀人も、この世界に同化していない。ライシーカとの接点がある以上、迷宮に囚われていた方が安全だと思います」 「よかろう」 そんなわけで、移住口利きの対価として、ベルマーゼはこの屋敷を僕に譲ってくれた。もうここには住まないし、僕としても教皇国の近くに拠点があれば、なにかと使えるだろう。 そして、バニタスを除いた護衛四人は、再び各地に散らばり、教皇国の諜報員としての仕事の傍ら、ベルマーゼのために情報収集に励むそうだ。 彼らは個人的に、ベルマーゼに拾われた・助けられた、などの恩があるらしく、聞けば、みんなレベル七十近い。さすがは修行僧……。 本当に、おかしいよね。僕らより強いんですけどー? どうなってんだよ、まったく。 「そういえば、閣下のレベルはいくつなんです? すごく強いって聞きましたけど」 何気ない僕の質問に、ベルマーゼはふと首を傾げた。 「いくつかな? 最後に鑑定した時は、計測不能と出てしまって……いやさすがに、この歳では、若い頃のような力は出ぬぞ?」 白目をむきかけたが、なんとかとどまった。 「計測不能、ですか……」 「当時は、レベル九十までしか測れなかったのでな。いまなら、鑑定器ももう少し良くなっているのではないか?」 「スピカに行ったら、計ってみましょうねー」 とんでもねー爺様だ。 そして、バニタスはベルマーゼからの手紙を持って、一足先に教皇国へ向かった。 「まずは、セドリック・フェブラーを訪ねるがいい」 セドリック・フェブラーは、バニタスの書類上の父親だ。ベルマーゼの親友らしい。 聖地シャヤカー大霊廟へは、教皇国民ですら入場が制限されている上に、そもそも所在地がガトロンショ山脈の奥深くだ。そう簡単には近付けない。 フェブラーが身元保証人になり、バニタスが案内人としてついていれば、聖都ソロイルや、聖地へ続く道までなら、トラブルを最小限に観光客として行けるだろうとのことだ。 (それに、教皇国内を迷宮化して締め上げる必要がある。現地人であるバニタスの案内があるのはありがたい) 現地を見てみないとわからない事って、けっこうあるからね。せっかく迷宮化しても、あんまり意味が無かったりしたら徒労だし。 「それから……これも後生大事に持っている物でもないし、迷宮でなら、研究材料になるやもしれん」 「なんですか?」 ベルマーゼから渡されたのは、両手に収まる大きさの、鍵付きの小箱。 「私に埋め込まれていた、害獣の障石だ。若い頃に、ぽろっと取れてな」 「ぶっ」 そんな気色悪い物を……と、思わず遠ざけたくなったが、とりあえず蓋を開けてみると、意外と滑らかな表面をした、白っぽい半透明な石が入っていた。 「……これが、害獣の“障石”」 「うむ。私の体にくっついていた時には、もっと色があったように思うのだが……」 昔過ぎて、どんな色だったのかも忘れてしまったそうだ。 (これ、迷宮で調べる前に、ポルトルルに見てもらおうかな?) この状態で、どの程度の“障り”が残っているのか、興味はある。 「ありがとうございます。詳しく調べてみますね」 「うむ」 屋敷の使用人たちに給料と紹介状を渡して暇を出したベルマーゼは、僕の迷宮扉を使って、さっさとスピカへと移住していった。 (あとはルシフェルたちに任せよう) あの爺様なら、ルシフェルたち相手でも病んだりしないだろう。 新たな拠点と情報と伝手を得た僕は、バニタスを追いかける前に、王都リーベにいるポルトルルを訪ねることにした。 「お久しぶりです、ショーディーさま」 リンベリュート王国冒険者ギルドの、ギルド長ポルトルルは、しばらく見ないうちにまた少しやせたようだけれど、元気そうにしていた。 「久しぶり。病気とかしてなかった?」 「ええ、元気ですよ。迷宮関係の仕事を、ライノが肩代わりしてくれましたから」 そういえば、ライノが総責任者になったとか言ってたな? 「本日は、どのようなご用件で?」 「実は、見てもらいたい物があるんだ。迷宮で保管しないで、直接ここに持ってきたら、大きな変化はないと思うんだけど」 そう前置きをして、僕は“障り”を視認できるというポルトルルに、ベルマーゼから貰った 「これに“障り”があるか、確認したかったんだ」 「拝見します。……特に、なにもない、半透明な石、に見えますな」 「そうなんだ」 教皇国のまわりには巨大害獣が生息していて、そいつから取れる“障石”なのだと説明したら、しわの多い顔が不快そうに歪んだ。 「こんなに大きな、結晶を持つ害獣ですか……」 「何かの実験に使われて、もう六十年近くなるそうなんだけどね。当時は“障り”でいっぱいだったと思うんだ」 「そうですか。しかし、いまは特に、“障り”などは見られません。人に害があるような物にも、見えませんな」 「そう、よかった」 以前はどうあれ、いまはただの石ころと変わりがない物のようで、ちょっとホッとした。 「……それにしても、不思議ですな。属性石などと違って、障石は“障り”だけで形を維持しているわけではない、という事ですし」 ポルトルルの言う通りだ。 迷宮で産出され、魔道具などに使われている「魔力石」や「属性石」は、内包される魔力が消費されてゼロになると、粉々に砕け散って消える。 魔獣の魔石に関しては、例がないのでよくわかっていない。現代では実物が少なすぎるし、迷宮で加工した際に出た欠片や粉末は、迷宮に吸収されてしまっている。 害獣が巨大化する、あるいは巨体を維持するために、生態的にこうしたものが出来るのかもしれないが、その原理については、イトウやミヤモトたちの研究を待つしかないだろう。 「ありがとう、ポルトルル。参考になったよ」 「どういたしまして」 冒険者たちや王都の様子なども聞いて、僕は王都リーベの冒険者ギルドを後にした。 「というわけで、 「りょ」 イトウに箱ごと障石を渡した僕は、迷宮に格納してある旧王都ディアフラの状況を調べた。 エラーが出ない程度に分解してあるが、みっちみちに詰まったミストが消えないと、調査もままならなかった。 しばらく放置しておいたので、ミストの反応はほとんど消えている。だが、伯父上たちが調査に入るまでには、安全にしておきたい。 (それに、『土産物』が入っていたケースか何か、残ってないかな) ベルマーゼが言っていた、聖地から運ばれてきた『土産物』。 その中身は、実験の末に『失敗作』とされた幼児たちであった可能性が高い。 現在はどうなっているのかわからないが、スキル【不動の心】を埋め込んだ魔石アクセサリーを持っている僕たちなら、近付いてもそう大きな事故にはならないはずだ。 僕はハニシェとソルとスハイルを引き連れて、もう一度ディアフラの王城を探索し、予想通り、教皇国から持ち込まれたと思われる、同型のチェストを見つけた。 その数、四個。 「……」 破壊され、埃まみれではあったけれど、それらのチェストの中には、粉々になった石の欠片のような物が見えた。 (骨も残らないのか) 僕は両手を合わせて、効果があるかなんてわからないが冥福を祈り、その部屋への立ち入りを制限するよう印をつけてから引き揚げた。 伯父上たちが調査をするにしても、犠牲になった子供たちの尊厳を傷つけるようなやり方はして欲しくなかった。すべてを、慎重に、丁重に、進めるべきだと思うのだ。 たとえ、結果的に国がひとつ滅びるほどの犠牲が出たのだとしても、あのチェストに詰め込まれていた子供たちには、罪などないのだから。 「奇妙な容れ物だったな」 「見たことのない呪いが刻まれていました。あんな物、本当に教皇国が所持しているのでしょうか?」 ソルとスハイルが不思議がるのは当然だろう。 稀人の知識にない物は、グルメニア教が弾圧してきた。 (大昔に南大陸にあった、ガラス製造技術だな。そこに、金属か何かで、魔法的な文様を埋めている。……現在の北大陸には、存在しないはずの技術だ) 「ないはずの物があった。これだけで、ベルマーゼの証言が正しかったと言えるかもしれない」 僕はそれ以上を、言葉にしなかった。みんなが知らなくていいことまで、叫んでしまいそうだったから。 安全になったディアフラ北部と『学徒街ミモザ』を繋ぐゲートを作り、調査員たちを案内するアルカ族も複数人用意してから、僕たちはバニタスが待つ教皇国辺境へと旅立った。 |