157 元凶


「私の年齢は、公には六十となっているが、実際はもっと上だ。正確な年は忘れてしまったがね。私の養い親シルエラは、元諜報局局長エンリコ・ウェールの愛人だった。私が諜報局の手先となった時に、出自を誤魔化すついでに、多少若くされたのだな」
 ベルマーゼはクスクスと笑うが、彼の言を信じるならば、諜報局はだいぶ前から聖地の内情を探ろうとしていたように見える。
「それで、諜報局はどれだけの成果を?」
「ほとんど何も。私が見たものの物証すらつかめなかった。わかったのは、外側からの状況証拠しかない」
 ひとつは、ニーザルディアが滅んだこと。
 もうひとつは、トルマーダ砂漠に巨大な害獣がはびこるようになったこと。
「巨大な害獣というのは、他国ではあまり見られないが、教皇国では珍しくない」
「教皇国が特殊な環境という事か?」
「環境というか、製造しているのだ」
「は?」
 あんだって……?
(製造だとぉ!?)
 びっくりして固まってしまった僕に、ベルマーゼは少し首を傾けた。僕が思い至らなかったのを、意外そうに。
「先ほど、幼い私が障石を埋め込まれたといっただろう? 修行僧や一部の強兵の育成には、巨大害獣の討伐経験が含まれている。まあ、製造工場が聖地にあるのを知っているのは、私くらいか」
「自然発生じゃなくて、わざわざ作って、倒させている……。なるほど、迷宮もないのに、妙にレベルが高かったのは、そのせいか」
 教皇国の兵士のレベルが高かった理由が、やっとわかった。
 他国では冒険者が担う害獣討伐を、兵士がやっているのは知っていた。だけど、わざわざ強い害獣を作って倒させているなんて、わかるはずがない。
「……そうか。聖都ソロイルから排出された“障り”を、害獣製造にまわしているのか。大都市で生活している人間がいる限り、尽きることのない資源だな」
「やはり、“安寧の魔法陣”について……ディアフラのことも、それで気が付いたか」
「まぁな。ニーザルディア建国には、大賢老シュナミスの協力が大きかった。シュナミスは、かつては教皇国の高等技術者だった」
 滅亡したニーザルディアの王都ディアフラが、教皇国の聖都ソロイルと似た構造になっていたのは、偶然ではない。
「当時の教皇国が、同じ知識と技術を持っている可能性のあるニーザルディアを恐れたか嫌がったかは知らないが、とにかくディアフラは潰してしまいたかった」
「その通り。そして、友好の証に送り込まれのが、おそらく、私と同じ実験にさらされた『失敗作』たちだ。私は魔石のおかげで防がれたが、埋め込まれた障石を通して、過剰な“障り”を注ぎこまれた幼児たちがどういうものになったのか」
「……」
 言い伝えでは、息ができないほどの“障り”が、ディアフラからあふれ出たという。
 その中心には、『廃棄物』『失敗作』とされたナニカがいて、“障り”を致死性のものに変えてしまっていたのかもしれない。
(そういう経緯があったのなら、ミストの攻撃が、この世界の人間に致命的な精神ダメージを与えるのも頷ける)
 いまのファラと同じくらいの子供たちが、非道な実験の末に兵器代わりにされたのだ。どんなに怖かっただろうか。どんなに苦しかっただろうか。
 そんな彼らが、一瞬で都市を滅ぼすほどの“障り”を放ったとて、誰が責められようか。
「……ひどすぎる」
 握りしめた拳で顔を覆った僕は、そう絞り出すだけで精いっぱいだった。
「これは後に、エンリコから聞いたことだ。当時の教皇国は、ディアフラがソロイルと似た構造になっているのを不思議がってはいたが、すぐに滅ぼそうという話にはなっていなかったそうだ。ただ、聖地から『土産物』が送られてきたらしい」
「……」
「『土産物』を携えた使節団は、壊滅したディアフラで行方不明。その後、ガトロンショ山系を中心にいた巨大害獣がトルマーダ砂漠にも広がり、交易や定住を含めた通行が難しくなった。これが、私が知る、当時の流れだ」
 把握している事実と大きな乖離がないどころか、ベルマーゼの証言によって空白だった部分が埋められ、僕は大きく頷いた。
「情報提供感謝する」
「なに、情報を渡すことが、私の望みだったのだ。感謝されるほどのことではない」
「情報を渡す・・、ことが?」
 それはつまり、僕をなにかに巻き込む目的があってのことかと、僕の眉間に力がこもった。
 しかし、ベルマーゼは何度か瞬きをしたのち、静かに口を開いた。
「君は、聖ライシーカについて、どこまで知っているかな?」
「教典に書かれている以上のことは、特に」
「では、彼がまだ生きているとしたら?」
「……」
「やはり、驚かんか」
 こちらとしても、ライシーカの生存を口にしたベルマーゼに、特段の力みが見られないことに首をすくめてみせた。
「聖ライシーカは六百年以上前に国葬された。たくさんの人間が死体を見ているんだ。まだ生きているなんて、荒唐無稽な話、だと思われたんじゃ?」
「そんな顔はしていなかったよ。むしろ、納得した顔だった」
「やだなぁ。僕、そんなにわかりやすいかな」
 両手で顔を揉んでみたけど、ツルスベお肌と、もちもちした頬の肉を引っ張っただけだ。
 ベルマーゼは小さな笑みを引っ込めると、ここからが本題と言わんばかりに身をのりだし、同時に声を潜めた。
「……たとえ刺客に襲われなくとも、私は間もなく寿命で死ぬ。しかしその前に、どうしても私が知りえたことを、誰かに伝えておきたかった」
「なんで僕なの? 他の諜報局の人間とか、バニタスたちとかじゃダメなの?」
「あれらには、無理だ。荷が勝ちすぎるし、漏れた末に潰される可能性がある。しかし、迷宮ならば信頼できるし、活用されなくとも、保存先として最適だ」
 迷宮からは『稀人の知識』と共に、『この世界の知識』も出てくる。
 それはつまり、まだ多くの人に知られていないこの世界の事実も、迷宮には保管されているという事だ。
 ベルマーゼは、そこに自分が得た情報を潜ませたいと考えていたようだ。
(教皇国やグルメニア教に潰されない、鉄壁のアーカイヴとして利用したい、ってことか)
 たしかに、有効な使い方としては間違っていないだろう。僕としても、あらたなグリモワールができるならば歓迎だ。
 ベルマーゼが僕に話そうとしていることが、例え真実ではなくとも、「ベルマーゼが語った記録」として迷宮に残せるのは重要だ。
「それで……ライシーカが、本当に生きていると? どこで?」
 しかし、その時ベルマーゼの老いた顔に横切ったのは、今にも泣きだしそうな悲しみだった。
「生きている、というのが、正確かはわからん。あれは、他人を奪っているのだ」
「他人を、奪っている?」
 ベルマーゼのニーザルディア語が不自由なのかと思ったが、それは真実、その言葉通りのことだった。
「……聖地を統括している巫女頭。ライシーカは、代々の彼女たちに成り代わっている。見た目は彼女たちのままだが、中身は別物だ」
「……は?」
 ちょっと想像していなかった情報に、僕の思考が一瞬止まった。
 巫女頭の中身が、ライシーカってこと?
 肉体を取り替えながら、生きている……それって、生きているって言うのか?
 つまり、その……
「なんで、そんなことを知っているの?」
 僕の間抜けな質問に、ベルマーゼはうなだれつつ、震える声で答えた。
「今代の巫女頭……ヴェロニカは、私の幼い婚約者だった……。再び会った時、彼女は私を、覚えていなかった。そして、幼児の頃に聞いた、あの凍てついた声で……『はじめまして』、と」
 ……僕は、どんな顔をしていいのかわからない。
(そりゃ、憎むに決まっているよ)
 ベルマーゼは、ライシーカに肉親を奪われ、婚約者まで奪われたのだ。
「彼女はエンリコの姪にあたる血筋で……それまでは、よく顔を合わせていたのだ。巫女頭候補に選ばれ、聖地へ行って一年ほどで、立派な巫女頭・・・になってしまった」
「じゃあ、いまもライシーカは、ヴェロニカさんの肉体を使っているの?」
「そのはずだ。しかし、さすがに衰えているはずで、最近新たな巫女頭候補が選出された。私が生きている内に、なんとか、食い止めたかったのだがな」
「うわぁ……」
 悲劇を繰り返したくない、その一心で生きてきたベルマーゼが、最後に迷宮を頼った理由に納得した。
(これは並大抵の人間には、背負いきれない問題だ)
 聖地と、聖ライシーカに対抗できるだけの勢力でなければ、ベルマーゼが生涯をかけた仕事がもみ消されてしまう。
「わかった。僕が……迷宮が、貴方ごと、その秘密を買い取るよ。だから、安心して」
「感謝する」
 僕は急いで彼を保護することにして、深々と下げられた頭を上げさせた。