156 悲劇製造工場


「気にはなるだろうが、私のことから話し始めると、冗長になる。時間はないが、まず、認識のすり合わせからにしよう」
「そうしてくれると助かる。僕は教皇国の内情を知らなすぎる」
 ジョセフ・ベルマーゼが僕に語ったことは、予備知識があったとしても、ひとつひとつが瞠目に値する事実ばかりだった。
 それはどれも、不敬と不遜がちりばめられた、国家機密そのものだったからだ。
「大前提として、ライシーカ教皇国の教皇は、およそ何も知らない表向きの首長。稀人の知識の限定的な利用と秘匿こそを信心だと思っているだけの、ただの政治家だ」
「そうだろうな、とは思っていた。歴代の教皇は聖都ソロイルに住み、内政と外交と、ついでの宗教行事に忙しくしていたようだ」
「そのとおり。そもそも、グルメニア教の教義からして、稀人の知識こそが至上であり、疑うものではないとしているのだ。初代教皇である聖ライシーカがもたらした技術は格下であり、より高度な知識を得るための、便利な道具でしかない。……この感覚が伝わってくれるといいのだが」
 それが常識とする国で暮らしてきたがために、言語化に苦労している様子のベルマーゼが言わんとすることを、僕なりに噛み砕いて解釈する。
(つまり、当たり前すぎて、それらがどういう意味を持つものなのか、疑いを持っていない、ということ? スマホがあれば検索できるのが当たり前で、そのスマホ自体が高度な技術で作られているのを知らないとか、電波が見えないせいでネット環境や発電所の存在に気付かない感じか?)
 一般的日本人だったこと自認する僕としては、そんな馬鹿な、と思うのだけれど、宗教や教義で意図的に誘導されていたならば、そういう考え方になるのかもしれない。
「そういえば、稀人召喚の儀式に使う塗料が何からできているのか……聖地から材料の一部が下賜されるというだけで、原料や製法を全て知っている人間がいなかったな。それを誰も不思議に思っていないと」
「よくご存じだ。教皇国の中枢である教皇庁ですら、その程度の認識なのだ」
「マジかよ」
 呆れて物も言えない。
 が……これは、あれか? 愚民化政策とか、そういう方向なのか?
「そうか! それがおかしいと疑わないように、グルメニア教ができたんだな!」
 稀人の知識が至高云々はついで・・・で、なによりも人の目を逸らせ、考えさせないようにすることが、第一の目的だったのだと気が付いてしまった。
「……やはり君は、普通の人間とは違うな」
「貴方の普通が、どういう基準で言っているのかわからないけれど、僕は正真正銘、八歳の元気な美少年だよ」
 どこからどう見ても、リンベリュート王国にならどこにでもいる愛らしいお子様ですよ、とアピールしてみるが、ベルマーゼはスルーしやがった。
「現在の教皇国の状態は?」
「平和そのもの……という表現では、君には足りないだろう。何も知らない・・・・・・というのが、一番合っているだろうか」
「はぁ。まったく……」
 この世界の人間は相変わらずだ、と続けたくなったのを、必死に飲み込んだ。
「迷宮のことも、あまり知られていなさそうだ」
「そうさな。遠い未開の地で召喚儀式をした、成功したが、なにかトラブルがあったようだ。それだけだ。今回召喚された稀人たちが姿をくらまし、実際は迷宮にいる可能性が高いなんて、思ってもみないだろう」
「あー、ね」
 すました顔で茶をすする男を前に、僕の眼差しは遠くならざるを得ない。こいつこそ、どこまで知っているのか不思議だよ。
「それで、どうするつもりなんだ? ミシュルトの所に、追加人員が到着したのは知っているけど。どうしたって、教皇国の人間が、リンベリュートの迷宮に入るのは不可能だ」
「さて。ロッダニーモが喚くのは想像できるが、どう解決されるかは、私は知らんな」
「『聖懲罪府スピカ』に派兵が決まったそうだが?」
「無駄に屍を増やすだけだな」
 自分で見たわけでもないのに、ベルマーゼはスピカの危険さを把握しているようだ。
(バニタスって、よっぽど信頼されているんだな)
 いくら息子だとしても、ベルマーゼの評価に甘さが入ることはないだろう。事実だけを見て、願望や希望が入ることがない。
(この世界の人間にしては、珍しいタイプ、だな)
 感情的になったり、自分の都合のいいように考えたりしないのは、年の功というのもあるが、さっき言っていた『失敗作未満』という過去によるところが大きいのかもしれない。
「それだけ情報を持ち、考えもしっかりしている貴方を、教皇国が簡単に手放すとは思えない。じゃあ、先日の魔族の出現については? その頃には、貴方はもうセーゼ・ラロォナにいたはずだ。貴方を狙ったものだったんじゃないのか?」
 その瞬間、ベルマーゼは思いもよらない考えを聞いたかのように目を丸め、やがてゆっくりと、ほろ苦い笑みを浮かべた。
「それはない。教皇庁や教皇に、魔族を召喚する術はない。完全な偶然だ。そして……仮に聖地にその術があったとしても、私を狙ったというのは考えられない」
「どうして、そう言い切れる?」
「……」
 どこか懐かしそうな表情を浮かべたその沈黙は、ベルマーゼが歩んできた長い時間を感じさせた。
「まだ覚えてくれていたなら……執着が残っていたのならば、嬉しいのだがね」
 恋しいというには、悲しみの成分が多すぎるような声だった。
 ベルマーゼはひとつ大きく呼吸をして、話題を変えた。
「このように、教皇庁と聖都ソロイルについては、特段の重要性はない。……聖地シャヤカー大霊廟について、なにかご存じかな?」
「残念ながら、なにも。かつて邪神がいた場所に建てられた聖女シャヤカーの墓で、聖都ソロイルから出た良くない感情の排出先。選ばれた巫女たちが所属し、壊れたら回収されているのではないか、という予想くらいだ」
「まあ、だいたい合っているよ」
 合っているんかい。
 思わずツッコミたくなった。それは、“安寧の魔法陣”についても、巫女たちの利用方法・・・・についても、承知しているという事だ。
「聖地については、巫女頭が統率している。所属している巫女は総勢で二十名前後。そのうち、聖地で生活しているとされる人間は十名足らずだ」
 聖地にいない巫女は、各地の“障り”を浄化しているという事だろう。
「でも、毎年巫女候補が選ばれるんでしょ?」
「そのとおり。それだけ消耗・・も激しいというわけだ」
 顔をゆがめる僕とは反対に、ベルマーゼは平静に言葉をつづけた。
「聖地の内部を知る人間は少ない。聖地の地下には、実験施設と工場があり、そこで動いているのは、培養人間だ」
「ば……ソレに、意思はあるのか?」
「私が見た限りでは、ないな。主の命令にのみ従い、寒冷地でも問題なく動けるだけの肉人形だ」
 動力は巫女たちが生んだ“障石”の欠片らしく、使い捨てにされているのを、ベルマーゼは見ていた。生命体という範囲には、入らないようだ。
「培養人間は、ただの単純労働力だ。応用力も判断力もなく、成長もしない。それゆえ、戦力という点では数に入らない」
「貴方は、その戦力として……?」
「どうだろうな。少なくとも、成長すれば人間の世界で十分戦力になりえたはずの幼児が材料になったことは、たしかだ」
 もうそれだけで、僕は目眩と吐き気を覚えてソファに背を預けた。
「……なにをされたんです?」
害獣の・・・“障石”を埋め込んだ。教皇国の一部の上級正規兵は、巫女が・・・生んだ“障石”を体に埋め込んで造る。精神汚染を薬物と魔法陣で抑え込めば、最低でもレベル六十くらいには上がる。それを、害獣から取り出した天然の“障石”にして、成人ではなく乳幼児の段階で埋め込もうとしたのだ」
 開いた口が塞がらない。
 教皇国人は、それでいいと思っているのだろうか。いや、大多数の人間は知らない・・・・のだろう。
「貴方は、なぜ生き残れたんだ?」
「おそらく、処置前に生みの親が飲ませてくれた魔石が原因ではないか、と考えている。確証はないがね」
「魔石!?」
 ベルマーゼが生まれた頃には、すでに小粒でも貴重になっていたはずだ。しかし、彼の両親は何か思う所があったのか、我が子を引き渡す前に、細かく砕いた魔石を水飴に包んで飲ませたそうだ。
「当時の私は、二つか三つだったと思う。廃棄物搬出からこぼれ、後の私の保護者に匿われた時には、すでに肉親は処理され、家も無くなっていた。両親の顔と名前も、自分の本当の名前すら忘れてしまったが、覚えていたら余計に苦しんだかもしれんな」
「なんてことを……」
 聖地のとんでもない所業に、僕は言葉が見つからなかった。
(なるほど。聖地の情報が極端に少なかったのは、関係者が情報を得る前に皆殺しにするか、非道な実験の果てに魂まですりつぶされてしまっていたからか。聖地の内部では、培養人間が労働を担っていることだし)
 ベルマーゼが生きて聖地を脱出できたのは、いくつかの偶然と幸運が重なった結果だったが、それも事前に肉親から魔石を飲まされ、心身が強化されていたからこそだと、彼は考えているようだ。