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154 オヒサシブリデスネ
魔族の越境が、ベルマーゼを狙った聖ライシーカからの、意図的な攻撃だったのではないか、というヒイラギの懸念を、僕は一応退けた。
「恒常的な攻撃手段として保有している、とは思えない。裏に籠っているライシーカが、目的と手段を取り違えて目立つようなことをするか? せいぜい、偶然を利用した、ぐらいじゃないかな」 というのも、魔族の越境には、双方の世界の魔力バランスが関係している。それに、聖ライシーカがこの世界と魔族が住む世界との境界を完全に破壊し、魔力量の平準化を一気に進めたいのならば、小出しで魔族に来られて魔力が補充されることは望ましくないはずだ。 「……そうですね。ライシーカ自身には、魔族を呼び込むメリットがない。でも、魔族が出現しやすいように、逆に出現しにくくなるよう、境界に細工ができるのだとしたら、これは脅威です」 「地球とつなげる召喚魔法を持っているんだもんな。魔族世界と繋ぎやすくする方法を知っていても、不思議じゃないか」 現状、聖ライシーカが生きて教皇国にいる 「それに、今回のことで迷宮……ポイントエデンのことを、察知されたかもしれません。少なくとも、魔族が消滅までに移動する、ということは知られました」 「どこに飛んで行ったか、当然、調べるだろうな」 そうすると、現在リンベリュート王国に駐在している、ミシュルトたちに指令が出るかもしれない。それまでに、リンベリュート王国から追い出すことができれば、僕としては嬉しいが……。 「それと、もうひとつ。これも、俺の杞憂だといいのですが」 やや躊躇いがちなヒイラギに、僕は先を促した。 「もしも……もしも、今回のことが、周囲の被害を気にしないでベルマーゼを狙ったものだったとしたら。ライシーカにとって、ベルマーゼとは、それほどまでに外に出したくない人物だった可能性があります」 教皇国の貴族の誰よりも、聖ライシーカこそが、ベルマーゼを逃がしたくなかったのだとしたら……? 「……ベルマーゼは、枢機卿職の中でも長老で、教皇庁諜報局のトップだったな?」 「教皇国内の事、聖地や聖ライシーカの史実についても、秘されていることを知っているのかもしれません。早急に、ベルマーゼと接触するべきでしょう」 「ライシーカに魂ごと奪われる可能性もあるか。クソッタレが」 僕は舌打ちしながら天を仰いだが、時間がないことは充分に理解できた。 「カガミ、ヒイラギ、引き続き情報収集と分析にあたってくれ。僕は急いで、セーゼ・ラロォナを目指す」 「「了解しました」」 オペレーションルームを飛び出した僕は、箱庭で待機していた従者たちを引き連れて、教皇国の北東部国境へと向かうのだった。 セーゼ・ラロォナへの道をとにかく急ぐとなると、呑気に馬車で進むわけにはいかない。 「風情も何もあったもんじゃない」 「俺は女装期間が短く済みそうで嬉しいです」 スハイルの【隠密】スキル支援を受けつつ、僕は迷宮ワープで最短距離を跳ぶ。 おかげで、翌日には教皇国とセーゼ・ラロォナ国との国境についた。 ここからは、リンベリュートの貴族夫人の一行として、迷宮製馬車で優雅な道行となる。 「それじゃあ、行ってくるね」 「お気をつけて」 御者台にハニシェを残し、僕はソルと一緒に、長い行列ができている国境検問所へと走った。 「はぁっ、はぁっ」 「大丈夫ですか、だん……ショーディー?」 「ぜぇっ、はぁっ、う、運動不足、だ……」 「そもそも子供なんですから、無理しないで」 【身体強化】スキル持ち剣士であるソルに比べたら、ただの八歳児である僕が敵うはずがない。でも、一応フットマンという肩書を装っているのだから、爽やかに走れないと格好がつかん。 「少しは、兄上みたいに、はぁっ、鍛えれば、よかった……」 「モンダート様、王都のお屋敷にいた時よりも、強くなっていましたね」 「そう? えへへへっ」 兄弟を褒められると、嬉しくなってしまうな。 それも、異世界人召喚の儀式を、兄上が無事に乗り切ったからこそだと思うと、感慨深いものがある。 「姉上は?」 「はっ!?」 わかりやすく赤くなって動揺するんじゃないよ。若造め。 「姉上も、剣を嗜むし」 「は、はい。ネィジェーヌ様は、その……とても健康的で、良いと思います!」 そうかそうか。体を動かす趣味というか、同じ嗜好があって、気が合うと。 はー、あまずっぺーな! 「あ、我々はこっちです。長い列は一般ですね」 大きな荷馬車や大山羊車が並ぶ列を避けるように、ソルは別の門へ俺を誘導してくれた。 「結構行き来があるんだな」 「セーゼ・ラロォナには、大陸間貿易をする港が多いですから」 外海と内海の両方に接するセーゼ・ラロォナには、大きな港がたくさんある。特に、内海の向こう側にある大陸との交易が活発で、こちらの大陸の玄関口という面も持っていた。 (聖ライシーカがこの大陸に渡ったのも、セーゼ・ラロォナ経由だもんな) 地政学的な重要拠点であるのに、教皇国がセーゼ・ラロォナを属国として、併呑まではしないのは、主にグルメニア教の教典にある約束事が元らしい。律儀というよりも、信者からの反発を恐れてのことだろうけれどね。 息を切らしながら、なんとか国境検問所までたどり着いた僕は、伯父上から貰った最上級パスを見せて、貴族が通ると衛兵に通達した。これで、僕たちの馬車はフリーで国境を通過できるはずだ。 「教皇国語、上手になりましたね」 「久しぶりで、間違ってないか緊張したよ」 護衛と、言葉が通じなかったときのためにソルに一緒に来てもらったけれど、僕の教皇国語でも聞き取ってもらえたようだ。 そして馬車に戻るために、また駆け足で、えっほえっほと元来た道を引き返した。フットマンって、大変だなぁ。 ゆったりと進んでくる馬車に戻れた時には、僕の喉はカラカラになっていた。 「はひぃー」 「お疲れ様でした。お水をどうぞ」 「ありがとー」 ハニシェの隣に座らせてもらい、火照った身体を休ませられた。 「国境の様子はどうでした?」 「問題なく通れそうだよ。だいたい、入国には厳しいけれど、出国にはあまり気を使わないものだからね」 現代の地球なら、犯罪者の出国ができないよう目を光らせているだろうけれど、こちらの世界では、まだ他国に行くならご自由に、というスタンスが一般的だ。 僕たちが教皇国人でないとしても、教皇国から出てセーゼ・ラロォナに入国するならば、なにも問題はない。さらに、入国側に詳しいソルたちがいるので、警戒はもっと低くなるだろう。 喉の渇きをいやし、落ち着いてあたりを見渡せば、整備された街道を歩いている人たちの表情はどこか暗くてよそよそしく、街道の外の畑や放牧地にいる人の表情はもっと暗い。 「……何かあったのかな?」 『ダンジョンの出現に続き、先日の空鳴りで、民に不安が広がっているようですよ』 馬車の中から、スハイルの声が教えてくれた。僕が離れている間に、周囲の会話を聞いていたらしい。 「空鳴りって……アレか」 魔族の越境による、魔力震だ。この辺りは魔族の出現地点に近かっただろうから、余計に怖がられているのかもしれない。 (セーゼ・ラロォナに入ったら、早々にダンジョンを出すか?) 民衆がパニックになりそうだけれど、ベルマーゼの安全を確保するためにも、多少の混乱を撒いたほうがいいかもしれない。 そんなことを考えつつ馬車に揺られていると、すぐに国境検問所に到着した。 先触れの効果があり、僕たちの豪華な馬車は衛兵の注目を浴びつつも、すんなりと門を越え、セーゼ・ラロォナに入国を果たした。 「それじゃあ、ここからはソルに案内を頼むよ」 「……」 「どした?」 一点を見詰めたまま固まっているソルの視線を辿り、僕も相手とばっちり視線があってしまった。 「やはり、貴殿であったか」 「……うそん。なんでここにいるの」 そこには、フロダ国で撒いたはずのバニタスが、どこかホッとしたような顔で立っていた。 |