153 号外! 号外!


 僕が旅の準備に追われている間、約一名、心身の置き場に困っているような表情の男がいる。
「やはり、ご迷惑だったでしょうか。嫌でしたら、はっきりそうおっしゃってくださいね」
「いえ……その、思ってもみなかったことで……。俺なんかで、いいのかと……」
 ネィジェーヌ姉上に求婚されたソルだ。弟の僕から見ても、姉上は才色兼備で性格も善い人なので、うらやまけしからんと思うのだけど。
(まあ、ソルも波瀾万丈な半生だったしな。天涯孤独の身から、いきなり領主の配偶者は戸惑うよな)
 とはいうものの、姉上とソルは暖かな談話室でぽつりぽつりと言葉を交わし、初めて会った時よりもだいぶ距離が縮まっているような……。
 イチャイチャというには初々しい、なんだか甘酸っぱい空気を感じて、僕はそっとその場を離れた。っかー、青春だねえ! 身内として、いたたまれねぇぜ!

 そういう事情で、なんとかソルを無傷で実家に連れ帰ってこなきゃいけないことになった。失敗したら、姉上には泣かれるだろうし、父上にも母上にもどやされることだろう。ナスリンとファラもそうだ。かすり傷ひとつでも、伯父上がどんな顔をすることか……。くわばら、くわばら。
 さいわいなことに、ラビリンス・クリエイト・ナビゲーションが解禁してくれたハイパー錬金術があるので、僕は部下たちの防具もバージョンアップすることにした。軽くて薄くて丈夫で着心地がいい物が作れるんで。
 各迷宮都市が総力を結集して僕たちの装備を整えてくれた頃には、正月気分も抜け、厳寒の季節も終わりに近づいていた。


「では、行ってまいります」
 僕は家族や使用人たちに見送られながら、ブルネルティ家の城館を出発した。
 迷宮製の新しい馬車を牽くための、若くて立派な馬を二頭も用意してくれた父上には、とても感謝している。
 迷宮のおかげで、領内がかなり潤ったと、両親からは聞いている。障り避けをなくして環境も良くなって、人口も増えて、税収も増えて……そうやって得たお金や感謝を、どうにか僕に還元するには、これでも足りないとか。
(いくら僕が迷宮で稼げたって、迷宮の外で良い馬を簡単に手に入れられるわけじゃないから。そこは父上や母上の力あってこそ、だよな)
 持ちつ持たれつ、って関係は、僕好きだよ。うん。
「親孝行、かぁ……」
 前世の僕は、ろくに親孝行できないままに死んでしまった。
 独り立ちして、自分で自分の食い扶持を稼げるだけで十分に親孝行という見方もできるけれど、両親の老後を妹たちに丸投げしてしまったことにはなる。まあ、僕の遺産は、全部両親にいっただろうけど。
「セーゼ・ラロォナに行ったら、ソルの家族の墓参りに行こうね」
「え……」
 リンベリュート国内にいる間は、御者台から箱車の中に移っているソルが、きょとんとした顔になった。
「姉上との婚約も報告しないとでしょ? なかなか里帰りもできないんだから、ちゃんと挨拶はしておかなきゃね」
「……」
「どうしたの?」
「旦那様、僭越ながら……」
 ファラを膝に乗せたナスリンが、セーゼ・ラロォナの事情を話してくれた。
「ネーヴィア家には、本家の墓はあっても、個別の墓は滅多にありません。それに、罪人とされた人の墓も、法律が許していないのです」
「え゛……」
 僕、思いっきりソルの傷口抉ってた。
 内戦後に拘束されて、そのまま奴隷落ちしたソルに、家族の墓を作る余裕なんてなかったはずだ。
「ご、ごめん。あの……本当に、ごめん」
「いえ。旦那様の、優しいお気持ちだけで、十分です。ありがとうございます」
 ソルはそう言ってくれるけれど、自分の無知さと無神経さが恥ずかしくて、僕は頭を抱えて蹲った。穴があったら入りたい。
「たしかに、墓が作られるのは本家の人間か、将軍職や指南職のような、名のある人だけです。ただ、ナスリンの言ったことにつけ足すと、ネーヴィアの戦士たちの碑はあります。回収された死体が、ひとまとめに埋葬されればいい方で、野ざらしや、行方不明になってしまうことも、少なくないので」
「文化の違いかもしれないけど、殺伐としてるな……」
 両親に関しては、そちらでいいのだろう。しかし、刑死した妹の方は、わからない。できれば探して弔ってあげたいが、国で禁止されているなら、下手なことはできない。
「お気遣いは嬉しいですが、俺やナスリンは、知り合いと顔を合わせても、なにを言っていいかわからないというか……」
「ええ。旦那様がご不快になるかもしれませんし、縁のある所は、避けようと思っています」
「そう……」
 セーゼ・ラロォナの案内は二人に任せているので、二人ともがそう言うなら、僕も無理を通そうとは思わない。
(いくら、いまは安定した生活を送れているって言っても、現地の人からしたら、国に逆らい、稀人の知識に不敬を働いた人間の係累として、奴隷落ちさせられた人間だもんな。差別的な目で見られるのかもしれない)
 僕としては、そんな理不尽は腹立たしいのだけれど、他人の感情や風俗文化に文句を言っても仕方がない。避けられるトラブルなら、避けた方が賢明というものだ。
 その時、僕の鞄の中から、常にないアラームが鳴り響いた。
「な、なに?」
 前世の緊急地震速報を知っている僕は、慌ててタブレットを引っ張り出した。こんなアラームが鳴る事態なんて聞いていないけれど、なにかヤバい事が起こるに違いない。
 瞬間、その場にいた全員の表情が引きつった。得も言われぬ、凄まじい魔力の気配が、大気を揺るがしていく。
 一瞬の静寂。
 しかし、外からは興奮した馬のいななきが聞こえてくる。馬車も止まってしまった。
「なにがあった!?」
 ソルが飛び出していき、僕もそれに続いた。
「いえ、なにか、空が……」
 懸命に馬を宥めるスハイルとハニシェも、どこか呆然とした表情のまま、どう説明していいのか言葉が出ない様子だ。
 僕はアラームが鳴りやんだタブレットに視線を落とし、声にならない溜息を溢した。
「……みんな、箱庭に行くよ。ちょっと、緊急の仕事ができた」
「「「はい」」」
 すでにブルネルティ家の城館から離れ、周囲に人の目がないことを確認して、僕たちは馬車ごと箱庭に入った。


「どうだ?」
「ダメです。データは取れましたが、確保はできませんでした」
 すみません、と謝るカガミに、僕は手を振った。
「いい。気にしないで。確認できたデータだけ見せて」
「はい」
 オペレーションルームのモニターに映し出されたのは、風景を歪ませた不可視のものが、宙を飛んでいる様子だった。オーロラのような光は見えるが、中心はよくわからない。
「カペラのような大型迷宮都市が産出する、瞬間最大魔力量を一とした場合、そのおよそ七十倍の魔力を放出しています」
「うぇ!? えげつない魔力量だな」
「それが、魔族という存在のようです」
 僕のタブレットが発したアラームは、魔族が境界を破ってこの世界に現れる前兆だったのだ。
 たしかに、こんなものが出現したら、周囲は魔力焼けを起こして崩壊しかねないだろう。魔力が少ないこの世界では、魔族が姿を保てないというのも頷ける。
「現れた魔族は急速に魔力を消費しつつ、ポイントエデンに向かいましたが、残念ながら迷宮でも存在を保つまでにはいかず……」
「消滅したか」
「はい」
 想定以上の魔力量を持つ存在だったのだ。ポイントエデンでも支えきれないほどの。
「ポイントエデンの魔力量は?」
「放置されている魔石によって、常に迷宮都市の三倍ほどの魔力量を保っています。ですが、魔族に突入されてからは、二十倍以上の飽和状態です。ミヤモトによると、一時的にも迷宮化を解除しないと、原住生物が突然変異的に魔獣化しかねないとのことです」
「わかった。緊急解除する」
 僕はタブレットを操作して、ポイントエデンの迷宮化を一時解除した。これで、過剰な魔力は周囲に拡散するはずだ。
「ボス、これを見てください」
 オペレーションルームに駆け込んできたヒイラギが、持っていた『フェイネス新聞』を広げる。そこには、大きく「号外」の文字と、今回の魔族が出現した話題が載っていた。
「セーゼ・ラロォナに出現……!?」
 なんとあの魔族は、セーゼ・ラロォナ上空に出現し、そこからポイントエデンへ飛び去ったというのだ。
「……ボス、偶然と考えますか?」
 苦々しい表情のヒイラギに、僕も両手で顔を覆った。
「かんべんしてくれよ」
 教皇国を出たジョセフ・ベルマーゼを抹殺するためだったなんて……聖ライシーカが世界の綻びすら操る力を持っているなんて、考えたくはない。