152 仕事始め


 ショーディーです。八歳になりました。元気です。
 年末年始を家族と過ごして、新年から大人たちを馬車馬のごとく働かせるつもりが、僕の方こそ働くことになりそうです。
「諸君、明けましておめでとう。今年もよろしく頼むよ。さっそくだけど、大変なことになった」
 眼差しが遠い僕に、オペレーションルームに集まった側近級アルカ族たちから、生温かい笑みが向けられる。
「一年で片を付けてこい、ですか。……うーん、できなくはない、かな。リスクが大きいだけで」
「ボスのお母さん、強い。逆らえないね」
 ヒイラギとイトウの言う通りです。
「ソルと姉上の結婚は、僕も賛成だからね。ナスリンとファラにも、平和に暮らしてもらいたいし。そういうわけで、がんばって考えるよ! 情報ガンガン集めて、うまぁ〜いこと、教皇国の奥まで侵入する!」
 決意も新たに宣言すると、さっそくカガミが地図と『フェイネス新聞』を持ってきてくれた。
「リンベリュート王国内や周辺国に関しては、ボスの言う『大人たち』の領分ですので、この際除外します。まずは、教皇国で大きな人事がありそうなことに注目を」
「ほほう?」
 チート級アイテム『フェイネス新聞』は、僕が行けない遠い場所の出来事も教えてくれる。
 それによると、あらたな巫女たちの選出が始まったことと、枢機卿の一人が辞職することがわかった。
「ジョセフ・ベルマーゼ、六十歳。ああ、たしかに引退してもおかしくない年齢だね。いまの教皇すら四十代だったはずだし?」
「はい。教皇カルーシア三世は、今年四十八歳になります」
 僕の感覚だと、教皇にしては若い年齢だと思うのだけれど、この世界の常識ではおかしくないらしい。
「問題は、ベルマーゼが教皇国一の情報通……国内外の事情に一番詳しい、諜報局のトップだったということです」
「ほーん?」
「迷宮のことも、しっかり把握しているはずですよ。教皇国所属の工作員の、ほとんどの元締めだと思ってください」
「マジか」
 イマイチ危機感のなかった僕に、ヒイラギが教えてくれた。
 しかし、僕としては、ちょっと疑問というか、なんとなく違和感を覚えた。
「こう言ったら失礼だろうけど、そんな人が、よく生きたまま勇退できたね? 死ぬまで職場から離れられないと思った」
「お忘れですか、ボス。ジョセフ・ベルマーゼは、あのバニタスの肉親です。めちゃくちゃ強いんですよ」
「あ……」
 すごく頭いいの前に、フィジカルオバケなのか……こわぁ。
「で、バニタスパパは、ちゃんと退職できそうなの?」
「はい。正式な跡継ぎもいないので、領地も返上し、国外で余生を送ると言っているそうです」
 カガミの言う通りなら、教皇には問題なく受理されるのかもしれない。だが……。
「教皇国は……というか、教皇国の貴族? バニタスパパのライバルたちは、それを許すの?」
「表面上は、なにもできないでしょう。国外では教皇国の法律が通用しなかったり、自由に動かせる手駒に制限があったりしますから。ですが、監視は続けるでしょうし、ベルマーゼの隠居先はセーゼ・ラロォナとなっています」
「うーん、微妙だな」
 セーゼ・ラロォナ国は、ライシーカ教皇国の属国として扱われている。どこにでも教皇国の耳目があると思っていいだろう。
「一番わからないのは、『この時期』『このタイミング』で、わざわざ『退職』して、セーゼ・ラロォナに行くと明言していることです」
 カガミが神経質そうに視線をヒイラギに向けると、ヒイラギも観念したかのようにため息をついた。
「ボスを誘っていますね。見え透いた罠である可能性もありますが……。ご招待をお受けしますか、ボス?」
「うえぇ、マジかぁ」
 バニタス以上にフィジカルオバケで頭いい人に会いに行くのぉ? 怖いんですけどぉ!!


 とりあえずの方針が決まったので、側近たちにジョセフ・ベルマーゼに関する情報を集めるよう指示をして、僕自身は旅に戻る準備に入った。
「ラムズス卿が、口の堅い学者さんと官僚を連れてくるって言ってたし。ロロナ様も伯父上もライノも、一緒に王都に行っちゃったしなぁ」
 ニーザルディアの王都だったディアフラの、迷宮に保管してある北半分の調査のために、人員を集めてきてくれることになっている。
 伯父上はファラと離れるのを嫌がっていたけれど、愛らしい「おちごと、がんばてね!」で撃沈していた。ファラにいい所見せないとね、伯父上。
「ファラが応援すれば、ルジェーロはいくらでも働くでしょう。こき使っていいと思います」
「容赦ねーこと言う元養い子だな」
 スハイルはスハイルで、ファラをたくさん褒めている。優秀な伯父上を、効率的に働かせたいんだな。
 ちなみに、情報提供の見返りをラムズス卿たちに尋ねられたので、あったら欲しい装飾品の色やモチーフを聞いておいた。これで琢磨からのミッションも完了だ。
「セーゼ・ラロォナに、海からも行けそうだけど、どうかなぁ」
 セーゼ・ラロォナ入国にあたって、僕は陸から行くしかないと思っていた。
 しかし、ソルやナスリンたちは、セーゼ・ラロォナからオルコラルトまで船で来たらしい。そこから陸路で、リンベリュート王国まで運ばれたんだって。
 だから、こっちからも船で行けるかと思ったんだけど……。
「セーゼ・ラロォナまでの船が出入りする港に入れても、客船に乗れるかはわかりませんよ」
「それに、海上でエル・ニーザルディアの軍艦に攻撃されたら、ひとたまりもありません。陸路の方が安全です」
「あー、その可能性があったか」
 ナスリンとソルの尤もな意見に、僕もうなずいた。
「仕方がない。当初の予定通り、陸路で行くよ」
 ということは、前回の旅程の最後からのスタートになるな。
 ジェルス国の南端から教皇国の辺境に入って、そのままセーゼ・ラロォナを目指すことになるだろう。
「そうすると、やっぱり人の目がなぁ。エースの大山羊車は隠すとして、教皇国内で、どこまで僕が有名になっちゃっているのかわかんないのがなぁ」
「坊ちゃま、ひとつ提案があるのですが」
「なぁに、ハニシェ?」
「坊ちゃまのご身分やお姿を誤魔化すために、スハイルさんを女装させてはいかがでしょう?」
「ふぁーーー!?」
 スハイルを高貴な女性として、迷宮産の高性能な馬車に乗せる。ファラを彼女スハイルの娘として同乗させ、ナスリンを侍女とする。
 ソルを護衛、ハニシェは御者、そして僕はフットマンとして馬車の内外をうろちょろして、自然な感じで周囲の情報を得ることができる。
「その手があったか!!」
「良くないですよ。目立ってどうするんです」
 スハイルは若干嫌そうな顔をしたけれど、女装したスハイルが滅茶苦茶綺麗だというのは僕がよく知っている。
「セーゼ・ラロォナには、いろんな人が来ます。身分がよくわからない外国人よりも、明らかに貴族階級だとわかった方が、無碍な扱いや不躾な態度を取られることがありません」
「教皇国人と言っても、聖都の人間と併合された周辺国の人間とでは、見た目がだいぶ違います。平民の旅人だと思われると、掏りや暴利の被害に遭いやすいです。一目で身分が高いとわかるのは、それだけで絶対に有利です。護衛に殺されるので、近寄ってきません」
 ナスリンとソルからの真面目な後押しもあって、スハイルも渋々了承してくれた。
「よし。そうと決まったら、準備をしなくちゃ!! スハイル、それにファラも、ドレスを作るから、カペラに行くよ!! 馬と馬車も、いいのを用意しないと!!」
 やることが決まったならば、すぐに行動開始だ!


 僕は『栄耀都市カペラ』にある水渓さんのブティック経由で、スハイルとファラのドレス製作を依頼した。水渓さんも、女装用のドレスは補正ファンデーションから作ると、気合が入っていた。女児用のドレスに関しても、ファラを連れていったら「んまぁあああああ! かぁわいぃぃぃぃぃ!!」と、おばちゃんみたいな声を出して悶絶していた。イエス、ロリータ。ノー、タッチ。
 それから、僕が従者たちに支給した、スキル【不動の心】がインストールされたブローチも、少し加工が必要になる。
 高貴な女性という設定のスハイルが、他の従者と同じデザインのアクセサリーをつけているのは問題があるからだ。
「ペンダントトップにして、嘘胸の中にでも隠しておくのがいいんじゃねぇか? あとは、ショーディーも同じデザインのダミーブローチが必要だな」
 僕からミッションクリアのメモを受け取った琢磨も、すっかり忘れていた僕用のダミーアクセの製作まで請け負ってくれた。
 それから、壊れてしまって予備を持っていた僕の武器に関しても、新しい物が用意された。
 なんでも、ルナティエが『魔法都市アクルックス』の威信をかけて製作させたとかで……。使うのがちょっと怖いんですけど……ね?