149 報告書をご覧ください


「そういえば、マナ王太子妃殿下が、お子を連れて、またご実家に戻られたとか。陛下も王太子殿下も、お止めしなかったのですか」
 父上の言葉に、ラムズス卿も深く頷いた。
「止めはした。だが、ロサリア王妃殿下が王太子妃派でな。そもそも、いまは派閥が違うとはいえ、王妃の生家であるボンドール家は、王太子妃の生家であるトートラス家と古い縁がある。しかも、現在はダンジョン景気で沸いているトートラス家から、色々融通されているらしい」
 僕も、なんであの不愛想な王妃様が、マナ王太子妃の味方をするのかと思っていた。なるほど、そういう事情があったのか。
「陛下も負い目があるから、妃殿下には何も言わんのだ」
「負い目?」
 思わず漏れた僕の呟きに、今度はロロナ様が答えてくれた。
「私とライノが巻き込まれた事件は知っているでしょう? 陛下の結婚相手選びにも、当然影響が出たの。その暗闘と妥協の中から、仕方なく婚約者になったのがロサリアだったのよ。ロサリアは本来、王妃になれる身分じゃなかったのだけれど、生家がキャネセル家の派閥に取り込まれてしまってね。本当は好いた相手がいたって噂だったけれど……」
「なるほど」
 王妃としての役目は全うしても、嫁入り前から心が凍っていたのか。王妃様も、不本意な人生を歩まれてきたのだな。
 キャネセル家は公方家のひとつで、少し前に『葬骸寺院アンタレス』を攻略しようとして失敗した家だ。スオウにスキル持ちの令嬢と秘蔵の魔法兵をボッコボコにされて、ずいぶん凹んだらしいけれど……。
「父上、あれからキャネセル家から嫌がらせはされていないですか?」
「あー……その、当主のイルヴァ殿が亡くなられてな。キャネセル家自体が相続争いに突入してしまって、うちにちょっかいを出すどころか、派閥をまとめることすら大変そうで」
「わぁお。それは知りませんでした」
 なんだ、あのヒステリー爺、死んじゃってたのか。僕がこっちに帰る前の報告にはなかったから、割と最近の出来事なんだな。
 キャネセル家はスキル持ちがよく生まれるために、子供もたくさん作っていたはずだ。相続争いが激化しても、おかしくないな。
「エレリカ・マリューの件から立ち直れていないレアラン家や、イクセミア家の派閥も、分裂具合では似たようなものだ。特に、王太子妃のトートラス家はダンジョンで潤っているのに、宰相の領地にはダンジョンがないのだからな。派閥の長が、一番乗り遅れている状態では、面白くないだろうよ」
 ラムズス卿が面倒くさそうに顔を歪めたのを見て、僕は心の中で大いにガッツポーズをした。
 トートラス家は現宰相イクセミア家の派閥に属しているが、宰相の後押しで娘が王太子妃になったものの、王太子から酷いモラハラを受けていたことで隔意があることがわかっていた。僕の狙いが上手く嵌ってくれたようだ。
 公方家イクセミアの当主は現宰相職にあり、自領にダンジョンがない代わりに、召喚した稀人を取り込もうとしていた。ところが、霞賀氏などを重用し始めたところで、なんと逃げられてしまったわけで……まあ、面目丸潰れだな。
「どちらも、教皇国や愚者の刃が大人しくなれば、多少持ち直すかもしれんが……」
 腕を組んだラムズス卿は、派閥に多くの家を抱えて調整に苦労する、同じ公方家の長として溜息をつく。
 しかし、ミシュルト大司教をはじめ、教皇国の戦力が王都のリーベ大聖堂に居座っている状態では、なかなか難しいだろう。
 国内が混乱しているのはわかりきっているので、僕はサクサクと話を次へ進めることにした。
「では、お手元の報告書、十八枚目をご覧ください」
 ガサガサと紙をめくる音に続いて、そこにつづられた文面に目を走らせた者から、目元を覆ったり、呻き声をあげたりしている。
「迷宮からもたらされた、最新情報でっす☆」
 きゃるんっと可愛く言ったのに、ライノからミイラみたいに虚ろな目を向けられた。
「聞いてないぞ……」
「だから、最新情報だって言ってるじゃん。新しい迷宮都市、すっごいよ?」
 報告書には、元ルスサファ国北部の魔の森に出現した『聖懲罪府スピカ』にて、フロダ国から見捨てられた暴力姫ことレイチェル王女が処され、同等の戦闘力を持つ修行僧バニタスが尻尾巻いて逃げたことが明記されている。
(ダンジョンボスよりヤバい、最凶防力持ちと最強暴力持ちがいるからな)
 スピカを任せているルシフェルなんか、起動させた時に「『巨塔プルガトリウム』のまわりを鳥かごでいっぱいにするのが夢です」とか、ガンギマリなことを言っていたのはナイショだ。
「スピカのダンジョンからは、稀人の知識は出てこないけれど、この世界の知識は最高ランクのが出てくるんですよ」
「ショーディー、それは……以前言っていた、禁書の類かな?」
「はい、伯父上。この世界の知識っていうか、隠された歴史とか、聖ライシーカの悪行とか、迷宮に関する秘密も入ってますね」
 ガタガタっとにわかに耳障りな音がしたのは、各人が身動ぎしたせいだ。
「ダンジョンに入るには高レベルが必要ですけど、教皇国は頑張って攻略に行くんじゃないですか?」
「……そうだろうな」
 冷や汗を拭うラムズス卿の顔色が悪いようだ。
「んで、報告書戻って五枚目なんですけど……旧ニーザルディアの、王城とか王宮とかが、迷宮に保存されているんで、その調査をお願いしたいんですよね。王都ディアフラには、大賢老シュナミスがもたらした、聖都ソロイルと同じ、“障り”を排除する仕掛けがあったようなんです。そのせいで、教皇国に滅ぼされた疑惑があるんで。ただ、その方法も今のところ謎なんですよねぇ。
 でもまあ、一切合切がわかる前でも、証拠の欠片でもあれば、いまリンベリュート王国にいる教皇国兵を追い出す口実にはなるんじゃないですか? それを王家主導でできれば、多少威厳は戻るんじゃないですかねぇ……って、あれ?」
 ライノと父上は聞きたくないって感じで耳を覆っているし、ラムズス卿と伯父上も顔色がだいぶ土気色ですよ。大丈夫ですか?
「ショーディー」
「はい、ロロナ様」
「少し、休憩にしましょう。今夜はもう遅いし、あなたは休みなさい。せっかく作ってくれた報告書がありますから、あとは大人たちで話合います」
「はあ、わかりました」
 たしかに、僕が一年で集めた情報を一気に披露するには、処理が大変だろう。
「では、お先に失礼します。おやすみなさいませ」
 ぺこりとお辞儀をして、僕は談話室を後にした。
「坊ちゃま、お休みの前に、奥様とネィジェーヌ様がお呼びです」
「ん、なんだろう」
 ハニシェに連れられて、母上の居室に向かう。
「母上、ショーディーです」
「入りなさい」
 お邪魔します、と母上の部屋に入ると、僕が描いた母上の肖像画が目に入った。ちょっと照れ臭いな。
「おかけなさい」
「はい」
 ソファには母上と姉上が並んで座っていて、僕はその向かいに座らされた。
「なんでしょうか?」
「あなたが所有している奴隷たちについてです。所有者であるあなたの許可が要ります」
「?」
 僕の奴隷というと、ソルとナスリンとファラのことか。
「なにか悪い事をしましたか?」
「そうではありません。あの子たちに聞きましたが、すでに自分を買い戻せるだけの資産はあると言っていました」
「はい」
 僕はソルたちを、一人銀貨五枚で買っていた。
 だけど、僕は奴隷である彼らにも給料を支払っていたし、彼ら自身がダンジョンで迷宮エンを稼いでいた。自分を買い戻し、新しい生活を始めるには、十分な資産を持っている。
 ただ、いましばらくは僕の旅に付き合ってもらうことになっているし、その都合上で奴隷身分のままになっている。
 母上の目が、若干虚ろになった。
「お兄様が、ファラを養女にしたいと……」
「ああ……」
 なんか波長が合うんでしょうかね、あの二人。めっちゃ仲いいですし。
「ナスリンと一緒に、マリュー家に引き取りたいと言っています」
「ナスリンとファラさえよければ、伯父上のお世話になっていいと思います。ただ、僕は来年セーゼ・ラロォナ国に行くつもりなので、その案内をしてもらうつもりです。だから、解放するのはその後になりますけど」
「わかりました。では、ソルも同じですね?」
「ソルは……えーっと、僕の護衛なんで、もうちょっと付き合ってもらうつもりですけど……」
 なんか、姉上と母上が視線で会話してる……。え、なにがあるの?
「……ショーディー、ソルをネィジェーヌの伴侶に迎えたいと考えています。これは、ソルの実力や人柄、生い立ちと現在の状況を考慮した結果で、わたくしと、あなたのお父様も同意見です」
 母上の隣で、姉上が恥ずかしそうに真っ赤になってる。……え、なんて? 伴侶?
「は……ええっ!?」
 もう夜なのに、ひっくり返った大きな声を出してしまったのは許してほしい。
 姉上、ソルのことが好きになっちゃったんだって……。オゥ……。