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148 要人集う
久しぶりに帰ってきたブルネルティ家城館は、前から少しも変ったところがないように見える。見知った顔ぶれの使用人たちに歓待され、僕は懐かしさと照れくささに、くすぐったい気持ちになった。
(家出して以来だから……二年ちょっとぶり?) 使用人たちからすれば、小さい坊ちゃんが大きくなって帰ってきた、ということだろうか。大きくなったと言っても、幼稚園児サイズから小学生サイズになっただけだけど。 父上と母上にも帰還の挨拶をして、お土産を渡した。 交易が途絶えて久しい、大陸東側の産物には、父上も母上も興味津々の様子だった。 伯父上たちもそろそろ到着するはずなので、僕はナスリンと一緒に厨房へ行き、城館の料理人たちと、この辺りでは馴染みのない海鮮料理を作ることにした。 「一応、ハニシェが付いているけれど……ファラ大丈夫かな」 「すっかり旦那様のご兄弟に構われてしまって……粗相をしないといいのですけれど」 ナスリンの娘であるファラは、僕の言葉を真似して、兄上と姉上を「あにちゃま」「あねちゃま」と呼んだことで、二人に大変かわいがられている。一番下の妹扱いだ。 いまは夕食前に腹を空かすためだとかで、ソルたちを巻き込んで、剣の手合わせをしているらしい。もちろんファラは見学だけど、姉上まで「運動不足の解消に」とか言って張り切っていた。まぁ、ブルネルティ家らしいと言えば、らしいんだろうけど……。 (剣を握らされる前に逃げてきたわけじゃないぞ。僕は、みんなのごはんを作るんだ) 刃物握るなら、剣より包丁の方がいいんだ。逃げてない。逃げてない。 巨大化したらM78星雲にお住まいの方に退治されそうなフォルムのウニは、パスタソースや玉子焼きに混ぜるために、殻を割って丁寧に中身を取り出す。 クリスマスにはシャケだろ、思って買ったけれど、身はパンパンに引き締まった赤身だった。見た目は巨大なシャケなのに、白身じゃないんかい。分厚く切ってオルコラルトのハーブバターでソテー。カルパッチョや藁焼きもいいけど、酸味のある柑橘類やワインビネガーで、洋風の煮付けにしても美味しそうだ。 デザートはスイートポテトパイだ。 「オルコラルトの調味料ですか。いい香りですね」 「ふむ。この甘い芋、スープにしてもよさそうだな」 実家の料理人たちも、僕が持ち込んだ珍しい食材や調味料に目を輝かせている。 「こちらまで輸入できますでしょうか」 「商業ギルドがなぁ……あ、母上の伝手で、王都の商会に頼めないかな。聞いてみるね」 「ありがとうございます」 リンベリュート王国の商業ギルドは、相変わらずピーピー言っているらしいが、目端の利く商会などは、『葬骸寺院アンタレス』周辺にできた町に食い込んだり、ダンジョンを擁する各地の領主とねんごろになったりしているらしい。 王都で母上の手足になった商会も、 「旦那様、ありました」 「おっ。ナスリン、お手柄だ」 シャケの皮を被ったマグロの内臓から、ナスリンは小さな石を取り出していた。 胆石じゃないよ。僕の小指の爪くらいの大きさしかないけれど、立派な天然魔石だ。 「このデカさから、こんなに小さな石しか取れないのか」 それでも、この巨大なシャケモドキが、普通の魚ではなく、魔獣だという事が確定した。……この魚、顔怖いしな。 「魔石のある内臓がわかれば、取り出す作業もやってくれるだろう。この魔石はアクセかなんかに加工して、バーハルの漁業ギルドにあげようかな」 オルコラルトの漁港には、これからもお世話になりそうだしね! 晩餐の用意が整った頃には、王都からの一行も到着していた。そして、意外な人物も同行していた。 「お久しぶりです、ショーディー様」 「ライノ! 元気だった?」 冒険者ギルド・フェジェイ支部副支部長の、ライノ。僕が初めて会った冒険者であり、元貴族の苦労人。 僕が『魔法都市アクルックス』を立ち上げた時から、彼は付きっきりで迷宮都市の情報を収集し、冒険者ギルドとの橋渡しをしていたはずだ。 「おかげさまで。この度、ポルトルルギルド長と胃痛を分かち合うことになりました」 「へ?」 なんでも、この国での迷宮都市関連の総責任者になったらしい。ナニソレ? 「出世です。祝ってください」 「そんな光のない目で言われても……」 出世はめでたいけれど、体は労わった方がいいと思うよ。うん。 「あー!」 「おおっ、久しぶりだな。たしか、ファラだったか。よしよし、大きくなったな」 とたたたっと走ってきたファラが、ルジェーロ伯父上の脚に抱きつき、そのまま抱えあげられた。前から思ってたけど、ファラって本当に伯父上が好きだな。 「ふぁらねぇ、にしゃい、なったの! おじーぇ、ちゃま、は?」 その瞬間、伯父上の体がビビッと震えた。どうしましたか。 「ショーディー、いまこの子は、私を 「呼んでません」 そんなキリッとした顔で言わないでください。 「よーし、私は今日から、ファラのじぃじだぞぉ!」 「勝手に孫にしないでください、伯父上! 落ち着いて!」 また大暴走を始めた伯父上を、僕が止められるはずもない。あぁ、スハイルに怒られてる。うん、そっちは任せたよ。 そして、僕は初めての面会となる公方家当主。 「そなたがブルネルティの末子か。噂は聞いている」 「はじめまして、ラムズス卿。ショーディーと言います」 両親たちからこちらへ向き直ったのは、ラムズス・ヨーガレイド。迷宮の監視モニター越しに見たよりも、けっこうな男前だ。年齢の割に苦労が多いのかもしれない。 「なにやら、私に頼みたいことがあるそうだが?」 「はい。報告書にもまとめておきましたから、がんばってください」 「?」 きょとんとするラムズス卿を見て、ルジェーロ伯父上はクスクス笑っているし、ライノは手で顔を覆っている。 どうにかするのは僕の役目じゃないからね。この国の大人たちが頑張ってよ! 晩餐会は、おおむね和やかに進んだ。 僕が持ち込んだ食材と料理に添えて、旅の間にあったエピソードを披露するたびに、なんか心配されたり、微妙な空気になったり、天を仰がれたりしたけれど。 兄上は喜んで聞いてくれたよ。すげー、すげーって。 その後で、いよいよ大事な会議だ。 迷宮都市を擁する領主代表の父上、王家代表のロロナ様、公方家代表のラムズス卿、外務省代表の伯父上、冒険者ギルド代表のライノ。そして人数分の報告書の束を配る僕の、計六人が、暖炉で温まった談話室で、膝を突き合わしている。 「ふむ。アレイルーダ商会の騒ぎは聞いていたが、エル・ニーザルディアがそこまで荒んでいたとはな。こちらの話を聞きいれる者がいるといいのだが」 「旅行先で横暴を働いていたのなら、市井での評判はよくないでしょう。たとえいま停戦しても、カルモンディ渓谷の迷宮都市を巡っては、長く角を突き合わせそうね」 ラムズス卿とロロナ様の感想に、僕も同意する。 特に、エル・ニーザルディアは古い貴族のプライドが高いのだ。自国の王族すら軽い御輿に思っている彼らにしたら、リンベリュート王家も辺境の弱小貴族扱いだ。 「でも、かつての自領が、ダンジョンという付加価値までついて手付かずだったら……どうでしょう」 「塞がっているカルモンディ渓谷を開通させようとするだろうな。そこでオーファリエが問題になる、か」 現在のところダンジョンが出現していない上に、木材をはじめとする資源が枯渇してきているエル・ニーザルディア領に固執するよりも、旧ニーザルディアを再征服することを選ぶかもしれない。 「いっそのこと、オルコラルトと組んで、エル・ニーザルディアを支援したらどうでしょう。エル・ニーザルディアにオーファリエと教皇国の相手を押し付けておけば、その間にオルコラルトは大森林から旧ニーザルディアへの道を再開発できますし、我が国もかつて辿ってきた山岳地帯の道を整備できます」 「相変わらず、考えることが悪辣ですね、伯父上」 「褒めすぎだぞ、ショーディー」 バチっと可愛くウインクされたけど、おっさんからされても嬉しくないなぁ。 「まあ、外交に関しては、いくらでもやりようがあります。問題は、国内ですな。我が国も、他国のことを言えないくらいには、混乱しておりますので」 「マリューの言う通りだ」 ラムズス卿も頭が痛いと言わんばかりに眉間にしわが寄っている。 「召喚儀式をしながら稀人を失った王家の求心力は、かつてないほど低下している。ダンジョンの有無によって、公方家の派閥ですら割れそうな状態だ」 うーん、大変だねえ。 ……なんだかライノからの視線を感じるけど、僕は関係ないとすっとぼけておくよ! |