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147 一年ぶりの再会
「ひのもと町」から戻った僕は、里帰りする前に、追加情報を集めつつ、迷宮外の人間に何を話して何を黙っているのか考えつつ、家族へのお土産もそろえた。
「それにしても、バーハルったら、なんであんなに驚いたのかな? 僕、オバケじゃないのに」 久しぶりに港町ムタスの漁業ギルドに顔を出したら、支部長のバーハルに腰を抜かしたんじゃないかと思うほど驚かれた。海賊みたいに凶悪な面構えの巨漢に、そんなにビビられる覚えはないんだけどな? 「一応、現在のオルコラルトは戦時下ですので……外国人である我々が、易々と現れたことに驚かれたのでは?」 スハイルが、なんかすごく遠回しに、バーハルの反応は普通だって言っている気がする。……気のせいだよね? 「まあ、深海のテンタクルは、ちょうど手に入ったからいいか。登録しておいたレシピも好評みたいだし」 漁港の朝市は相変わらず盛況だったし、鮮魚だけじゃなく、干物や油漬けや塩漬けになった魚も、たくさん用意されていた。越冬用だけでなく、前線に運ぶために、日持ちする物が作られているんだって。 さすがに保存処理がされた物を買うのは遠慮して、今回はマグロみたいな大きさの……シャケ? っぽい顔が怖い魚と、棘の代わりにハニカム模様の殻に覆われた……ウニ? を買ってきた。深海のテンタクルと一緒に、『魔法都市アクルックス』で開発された冷凍庫にぶち込んだので、実家に帰ってからみんなで食べるとしよう。 フロダ国の装飾タイルが使われた小物入れや、ボタンやバックルなどの服飾品。これはどれも綺麗なので、きっと喜んでくれると思う。 南ルスサファで手に入れた美味しい焼き芋は、やはり原生物に稀人が手を加えた物らしく、サッツマと呼ばれていた。これは救荒作物としても優秀だから、ミモザで研究する分とは別に、ブルネルティ領でも栽培できるよう父上に分けてあげることにした。 そんなこんなで準備を万端にしたら、迷宮都市の外をうろついているグルメニア教の一団と鉢合わせしないように、反対側のコロン方面からしれっとダートリアに入った。 「姉上!」 「ショーディー、おかえりなさい!」 一年ぶりに会ったネィジェーヌ姉上は、相変わらずお綺麗だったけど、以前よりもずっと明るい雰囲気になったと思う。 仕事が忙しいのか、キリッとした佇まいに大人っぽさが増えているけれど、どこか思いつめたような固さは消えていた。それよりも、次期領主としての覚悟が、芯としてあるように感じられる。 「ただいまです。急にお邪魔して、ごめんなさい」 「なにを言っているの。よく来てくれたわ。代官邸じゃおもてなしもできないけれど、くつろいでいってちょうだい」 ぎゅっと抱きしめてくれていた姉上の腕が緩まり、僕の頭が撫でられる。 「たった一年見ないだけで、ずいぶん大きくなったのね。お父様もお母様も、きっと驚かれるわ」 「そうですか? えへへへ」 身長が伸びたらしいのは、素直に嬉しい。 僕の着る服は、ハセガワが常にぴったりサイズを用意してくれるので、あんまり体が大きくなった実感がなかった。いまだにちびっこボディだけれど、それなりに成長しているらしく、将来に希望を持てるというものだ。 僕は機嫌よく姉上についていき、いつかライノから昔の話を聞いた応接室に腰を落ち着けた。 「ダートリアも、ずいぶん発展しましたね。建物がいっぱい建っていました」 「そうね。ショーディーが出発した時は、大きな建物は、まだこの代官邸と冒険者ギルドくらいだったかしら?」 当時は職人ギルドも建設中だったはずで、数件の宿屋や物資倉庫の他は、ブルネルティ家が持ち出した人足の宿泊所くらいしか、建物らしい建物はなかった。商店ですら、ほぼ市場の露店だけだったのだ。 それが、いまは一端の町らしい姿になっていた。この世界の建築技術からすれば、びっくりするほどのスピードだと思う。 (僕が建築系のグリモワール書いたからなぁ) この世界では、いまだに度量衡が安定しない。基準となる物があいまいだし、ほぼ職人の感覚で作ってしまう。そうすると、同じ職人でなければ同じ規格の物が作れず、技術を持たない人を使ってたくさん作る、というのが困難になってしまう。 そこで登場したのが、通称「バカ棒」という基準器。 きちんと採寸裁断された物を現場で組み立てるとか、決まった量が運び込まれて造る鉄筋コンクリート製のビルみたいな、現代の建築現場では、「スケール」とか「水平器」や「レベルポインター」などに姿を変えたものだ。 「バカ棒」は、端材などに目盛りと何に使う長さなのか、などが書き込まれている、一種の定規だ。現場を仕切る棟梁がこれを作り、その通りに採寸、裁断、組み立てれば、効率よく仕事が進むというわけ。 誰でも同じ長さに切れて、誰でも間違いない場所に組み立てられる。それが「バカ棒」の役目であり、その場でノコやカンナをかけているこの世界では大活躍だった。 (昔はいい大工ほどバカ棒を作った、って聞いたな。識字率が低くて、図面の引き方も工房ごとに違うような世界だからなー。姉上の町造りに役立ってよかった!) やはり自分の得意分野が役に立ったと実感すると、満足度もひとしおだ。 迷宮産のコーヒーを使ったカフェオレに口をつけてほこほこしていると、姉上が話題を変えてきた。 「そういえば、モンダートから聞いていたけれど、使用人が増えたのね」 「あ、はい。あとで、ちゃんと紹介しますね」 いまは厩舎へ行ったり、僕の客室を整えたりしているので、ここに彼らはいない。 「彼らのおかげで、遠い国に行っても、無事に帰ってくることができました」 「それならよかったわ。きちんと労ってあげるのね」 「はい!」 姉上は優しい領主になってくれそうで、僕も嬉しい限りだ。 翌日には、モンダート兄上とロロナ様もやってきて、みんな揃って馬車でブルネルティ家の城館へと向かった。 ちなみに、僕専用の大山羊車はメンテナンス中だ。エースも長旅が続いたから、しっかり休ませてあげないとね。 教会の連中も、さすがにロロナ様に手を出すのはヤバいと理解しているのか、僕らは特に邪魔をされずに、短い旅行を楽しんだ。 迷宮ワープ使えば一瞬? 領内にお金を落とすのも、ブルジョアの務めだよ。 「教会の奴らも馬鹿だよな。俺たちがいない方が、迷宮が全力で来るのに」 「学園や市長には、普段から気を使っていただいているの。なにかお礼をしたいのよね」 モンダート兄上とロロナ様が留守になった『魔法都市アクルックス』へは、グルメニア教の関係者が何とか突入しようとしているようだ。そもそも、城門へたどり着く前に、迷宮範囲にすら、見えない壁に弾かれて入れないのだけれど。 「それについてなんですが、ロロナ様とラムズス卿に、お願いしたいことがあるんです。迷宮が手に入れた情報なんですが、ちょっと問題が大きすぎて、王家の方にもお知らせした方がいいと思って」 「あら、なぁに?」 「ニーザルディア国滅亡が、ライシーカ教皇国の手によるものである可能性についてです」 空気だけがビリッと引き締まった中で、年相応だが健康的な肉付きになったロロナ様の表情は、穏やかさを崩さない。 「それは大変。ラムズスに務まるかしら?」 「ラムズス卿と一緒に、マリュー外務官……僕たち姉弟の伯父が来ますから、詳しい話はその時に。それから、ヘレナリオ家が、迷宮都市『葬骸寺院アンタレス』との関係を良好に結んでいるようです。きっと協力してくれるでしょう」 セーシュリー様の体調回復のために、息子のカリードがアンタレスで冒険をしたことを付け加えた。 「また、オルコラルト、エル・ニーザルディア両国へも、早急に情報を渡すべきだと思いますが、話を聞いてもらうためには、コネクションが必要です。特に、エル・ニーザルディアには、ロロナ様とセーシュリー様から、メロリア様へお話を持っていっていただけないかと思います」 エル・ニーザルディアのベルナンド大公夫人メロリア・マーガンダンは、ロロナ様の姪であり、セーシュリー様の妹だ。 「でも、いまはあの国たちは戦争中よ?」 「停戦もやむを得ない懸念事項を、僕たちは見つけています。過去に召還された稀人の知識を使って、オーファリエで過剰な鉱山開発が続き、鉱毒被害が出ている可能性があります。数年前の土砂災害でカルモンディ渓谷が塞がりましたが、その大元がオーファリエであるかどうか、早急に調査をする必要があります」 「放っておけば、両国に鉱毒がしみ込んだ土砂が流れ込むかもしれない。そういうことね?」 「はい」 万が一、カルモンディ渓谷が汚染されたら、オルコラルトとエル・ニーザルディアは、大変な被害を受けることになる。 両国間の行き来は元より、オルコラルトの広大な穀倉地帯と沿岸地域に汚染が広がれば、周辺国の食糧事情に大打撃だし、エル・ニーザルディアは自国の鉱山の開発を中止し、慢性的な土砂災害に注意を払わなければならなくなる。 「そこにきて、ニーザルディアの滅亡が教皇国の手によるものだという証拠が出てきたら……」 「間違いなく、グルメニア教の排斥が起こるでしょう。教皇国との国交断絶もありえるわ。なにしろ、こっちには迷宮があるんだもの」 ロロナ様の目が、すっと細くなった。 それを、ネィジェーヌ姉上とモンダート兄上が、かたずをのんで見守っている。これから起こる国際的な問題の中に、自分たちの家が治める領地が含まれている。緊張もするだろう。 教皇国に頼らなくても『稀人の知識』が手に入る。 その強みがあるからこそ、旧ニーザルディア三国は教皇国に対して敵対できるし、同時に迷宮を護らなくてはならないのだ。 |