146 ダチだからな


「なるほど。そりゃ、ちょっとショックだったな」
 山西晴翔が死んだ話を聞いてくれた琢磨は、特に感慨も示さず、湯飲みをずずっと啜った。玄米茶のほのかに甘く香ばしい香りが、僕の目の前にある湯飲みからも立ち上っている。
 僕はいま、「ひのもと町」にある金木琢磨の家にお邪魔している。
 琢磨の家は一階が工房になっていて、単身者用のコンパクトな住居が二階部分に載っている。お世話係のアルカ族は、通いの家政婦さんみたいなスタイルにしているらしい。
「悲しいって言うより、なんか徒労感って言うかさ、がっかりしちゃって。俺、けっこう薄情だな。俺の迷宮で、若い奴が死んじまったのに」
「しょーがねーだろ。別に仲のいい友達でもなかったし。それに、ルールを破った奴が悪いんだ。お前のせいじゃねえ」
「うん」
 仕方がないと理屈ではわかっているのだが、心では微妙に追いつかなくて、僕は温かいこたつの中でむずかるように体を揺らしながら、両手で湯飲みを包んだ。
「……おい、迷宮のルールを変えんなよ? お前が死んじまうのが、一番やべーんだからな」
 目を据わらせた琢磨に、僕は軽く頷いた。
「わかってるよ。その辺の優先順位を間違えたりはしない。今回のことは、本当に仕様上の事故だった。ただ、せっかく保護できたのに、それを横から蹴られた気がしてさ」
「ははぁん。計画通りに町を造ったのに、ケチが付いたのが腹立つと。迷宮建築家のプライドに傷がついたか」
 言われてみれば僕が気に入らない所はまったくその通りで、琢磨の言葉は胸にグサッときた。
「……」
「へへっ、図星かよ。昔っから、カケルは隠れ完璧主義だったからよォ」
「くっそ、ニヤニヤしやがって」
「むくれても可愛い坊やにしか見えねぇぞー」
「ふぎぎぎぎぎ」
 くやしい。言い当てられたのも、言い返せないのも、すごく悔しい。
「死んじゃった人を、いまさら非難する気はないけどさぁ……!」
「日本だったら、対策不足だとか、安全基準が甘いとか、激詰めされる事件だろうからな。悪いのは、危険だ、絶対すんなっつってるのに、突っ込んでいった方なのによ」
「本当だよ」
 ここには国土交通省のお偉いさんも、勝手なことしか言わないマスコミも、お気持ち表明で場外乱闘を始めるSNS住人もいないので、まだストレスはないけれど。
「あーー! 腹立つ! 僕の努力を返せー! うおぉー!」
「……どうだ、ちょっとはすっきりしたか?」
「すごく悔しいけど、気持ちの整理はついた。ありがとう」
「いいってことよ。せんべいとか、みかん食べるか?」
「食べる」
 僕はかごに盛られたみかんに手を伸ばし、皮をむいた。
「今後は該当スキル持ちに、注意を促したり、スキルの付け替えを提案したりするつもり。ただ……」
「お前が生きている間は、って条件が付く」
「うん」
 召喚されてきた稀人に対して、細やかな対応ができるのは、迷宮主である僕だけだ。
 アルカ族にその権限はないし、僕も誰かに譲るつもりはない。そもそも、スキル【環境設計】が無ければ、ラビリンス・クリエイト・ナビゲーションのユーザーとは認識されないだろう。
「僕が生きている間に、全部片が付くとは思わないけれど、自動運転の運営にも不安でさぁ」
「だけど、誰かに引き継がせる気もねーんだろ?」
「まあね。迷宮はいずれ消える前提で創っている。後継者なんてものは、問題の種にしかならないよ」
 僕が成長して、いずれ伴侶や新しい家族を持ったとしても、迷宮の運営に関わらせるつもりはない。この世界の人間に、迷宮の管理は荷が重すぎる。
 いずれ争いの種になるのならば、最初から作らなければいいのだ。
「それで、死んだ後も迷宮ここに留まる気か?」
「……」
「山西の魂も、捕まえられたんだろ?」
「うん……」
 琢磨の問いかけに、僕もみかんを口にしながら、曖昧に頷くしかない。
「出来るかどうか、わからないもの。なんとなく、その可能性もあるかな、って思ってるだけで」
「そうか。じゃあ、俺がその実験台になってやるから、試せ」
「んぐっ!?」
 みかんの果汁が鼻に入りかけて、僕は慌てて口の中の物を飲み込んだ。
「どういうこと?」
「順当に行けば、ショーディーよりも俺の方が先に死ぬ。そうしたら、アルカ族みたいな器に俺の魂を入れられるか、試せ」
 琢磨は真面目な顔でそう言うけれど、僕にとっては、ちょっと倫理的な抵抗が大きすぎる。
「そんなことして、器から抜けられなくなったらどうするのさ。知り合いがいないのに、不老不死になって生き続けることになるかもしれないんだぞ?」
「知り合いならいるだろ、目の前に」
「……」
 琢磨が言いたいことはわかる。
 だけど、それを実行に移していいのか、僕にはわからない。
「元々、一人で残っちゃうだろう彩香ちゃんのことを、みんななんとなく心配してたんだ。んで、俺が実験体第一号になって、上手くいけば、彩香ちゃんが年取って死ぬまで、一緒にこの世界に来た大人がいる状態になる。
 たぶん、話を持っていけば、枡出さんが第一号に立候補するだろうけどな。アルカ族になれば、いくらでも酒飲めるし」
 最後は茶化したが、体も魂も提供すると最初に宣言した枡出さんなら、たしかに立候補するだろう。
 最初に死亡するのが枡出さんから山西君になったので、その順番がずれただけだ。
「俺も一緒に、ここにいてやる。ダチだからな。翔だって、愚痴吐き相手がいた方がいいだろ?」
「琢磨……」
 喉が詰まって、言葉が出てこない。
 その代わりに、ただただ目が熱くなって、口をひん曲げて堪えても、らしくない汁がドバドバ出てきた。
「うっ、ひっく……」
「なんだよ、泣くなよー」
「ら、らって……」
 ほらよ、と出された箱ティッシュは、僕が転生前に愛用していたメーカーを真似した柔らかいやつで……。
「ずびーっ、ぶびーっ」
「あんまりこすると赤くなるぞ。ほい、ゴミ箱」
「ありがとう」
 僕の涙と鼻水を吸い込んだティッシュが、座敷用ゴミ箱にぽいぽいと積み上がった。
「まあ、いずれの話だ。素体作りの研究だって必要だろ? 俺たちにはその用意があるってことだけ、わかっていてくれればいい」
「ん、わかった。ありがとう、琢磨」
「おうよ」
 ぐしゃぐしゃになった顔を拭った僕に、年相応に老けた幼馴染が、にかっと笑ってくれた。

 「ひのもと町」のクリスマスパーティー兼忘年会の日時と、新年会の日時を確認してから、僕は琢磨の家をお暇することにした。
「そうか。年末年始は、そっちの家族と過ごすんだな」
「うん。ひのもと町が新年になっても、こっちはまだ年末なんだよね。僕も参加できたらいいんだけど……」
「まあ、無理すんな。親を心配させてるんだから、少しは孝行してこい」
「ありがとう。そうするよ」
 城館実家にいる間は、いつ家族からの呼び出しがあるかわからないので、なかなか「ひのもと町」に入るタイミングがつかめない。
 新年会への参加が確約できない事を詫びると、逆に親孝行に励めと言われてしまった。
「来年のトレンドも考えないといけないからなぁ。親父さんやお袋さんに、どういうのがいいか聞いてきてくれ」
「母上ならわかるけど、父上は参考にならないんじゃないかなぁ」
「じゃあ、他の誰か、洒落た奴を捕まえてリサーチしてこい」
 どうやら僕は、新年会に参加できない代わりに、親友からのミッションをこなさなければならいようだ。