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145 賢者の最期
一年近い長旅を中断して、一度実家に帰ると決めた僕の所に、思いもかけない訃報が飛び込んできた。
「えっ!? なんで?」 それは、第二稀人用迷宮都市「ホーライシティ」に収容した、山西晴翔に関するものだった。 「事故?」 「……と言って、いいものか」 さすがのヒイラギも困った顔をしているし、カガミに至ってはあからさまに怒りを抑えて不機嫌そうだ。 山西君は、「ホーライシティ」にてダンジョン探索者になった。 元々賢者クラスであり、スキル構成も魔法使いそのものだったので、僕が用意したアクティビティ用ダンジョンなら、パーティーを組んで容易に金稼ぎができるはずだった。 そしてその通り、彼はアルカ族の女性探索者たちとパーティーを組んで、ダンジョン攻略に励んでいたそうだ。 「あちゃぁ……まさか、スキル【無効/詠唱妨害】が、こんな所でマイナスに働くとは」 「それにしても、無礼すぎます! 迷宮の規約を知っていたはずなのに!」 カガミが我慢できない様子で強く言い放つのを、僕も苦笑いで宥めることにした。 「いやいや。稀人たちが住んでいた国では、たとえ国家元首に対して悪口を言っても、それだけで直ちに罰せられることはなかったんだよ。テロ行為をほのめかしたら逮捕されるけど、それだけで死刑に処されるなんてこともなかったからね」 山西晴翔は、よりにもよって、迷宮主に対して悪態をつき、ついには…… 『不便すぎるだろ、クソ運営』 『報酬がしょぼすぎる。確率どうなってんだよ。探索してほしければもっと考えろ』 『ボスを倒せば俺が迷宮主だろ』 『もっとさぁ、考えようぜ。ダンジョンの価値を上げれば、報酬も上がるんだよ。当たり前じゃね?』 『シティは霞賀さんにあげるけど、ダンジョンは全部俺のものだな』 『俺が迷宮主になったら、もっと稼げる、いいダンジョンにしてやるよ』 『この程度のダンジョンしか造れないなんて、いまの迷宮主なんてたいしたことないだろ。俺の魔法で倒してやるって』 ……などと暴言を吐いたそうだ。 当然、山西君のパーティーメンバーだったアルカ族たちは諫め、止めようとしたのだが、スキル【無効/詠唱妨害】が発動しており、最後まで言わせてしまったそうだ。 その結果、山西晴翔君は「迷宮主に対して害意ある存在」として、迷宮に処されてしまった。即死だったので、苦しまずに済んだのは幸いだ。 「申し訳ありません、ボス。せっかくボスが保護された稀人様を、みすみす死なせてしまいました。運営管理を任された、俺の責任です」 「私も見ていたのに、注意が足りませんでした。本当に、申し訳ありません」 深々と頭を下げるヒイラギと、それに続いてカガミも頭を下げた。 「これは仕方がないよ。僕も残念だと思うけれど、仕様上の事故だ。ヒイラギにも、カガミにも、責任はないよ。気にしないで」 かつて、不忍彩香さんにも【無効/心身拘束】があったけれど、必要な支えさえ無効にしてしまって危ないので、別のスキルに付け替えた。 その経験があったにも関わらず、今回の事故を予見できなかったのだから、僕の責任だ。 「山西君の訃報と一緒に、いま一度、迷宮案内所から注意喚起をしておこう。まさか、こんなことが起こるとはなぁ」 思っていても口に出すな、とは人生の内で学ぶものだが、姿が見えない存在が相手では、意識高い系大学生だった山西君には、なかなか難しかったようだ。 「それにしても、彼はどうやって僕を倒すつもりだったのかな? ダンジョンボスと混同してた?」 「そうですね。シティ部分を含めたすべてを創った人だとは、思っていなかったのではないでしょうか」 カガミの呆れたような声に、僕も苦笑いを返すしかない。なかなか低く見られていたようだ。 「まあ、起きてしまった事は仕方がない。事故事例として記録して、今後の役に立てよう」 簡単に葬儀を済ませて、「ホーライシティ」の公共墓地と『葬骸寺院アンタレス』の瑞穂廟に、墓碑を置いておくとしよう。 それはそれとして、初めてのことでもある。 「山西晴翔の魂は、無事に回収できたか」 これだけは、本当に懸念材料だった。 肉体は迷宮に吸収できるとして、魂だけ教皇国の聖地に吸い寄せられる可能性があったのだ。 (かつて邪神のコアがあり、現在は星を巡る流れに“障り”を流入させる装置であると予想されている。その装置の一部、材料として吸収されることは阻止できた) 迷宮内であれば、死んだ後も聖ライシーカに利用されることはない、という事が証明された。これだけは、山西君という犠牲によって得られた、数少ない良い報せだ。 (第一号は枡出さんだと思ってたんだけどな。わからないもんだ) アルコール依存症の老人である枡出和久氏だが、「ひのもと町」で暮らし始めたら、なんか健康的になってきた。 お酒はまだ飲むけれど、溺れるような飲み方ではないし、適度に歩くことが運動になっているみたいだ。教導者としての仕事が生活に張り合いを持たせているようだし、琢磨たちとの交友も、良い刺激になっているのだとか。 まあ、元気に平和に暮らしてもらえれば、僕としても嬉しい限りだ。今回のような事故は、なるべく起きて欲しくない。 「やっぱりホーライシティにも僕が行って、ちゃんと説明するべきだったかな?」 「ダメです。危険です」 「俺も反対ですね。お子様サイズのボスが行っても、解決にならないどころか、余計に舐められます」 カガミとヒイラギに即答された。 「ホーライシティ」に収容された直後からの、彼らのアリエナイ言動を見知っているせいだと思うけれど、僕じゃ無理って、そんなにキッパリハッキリ言わなくてもぉ! ぐすん。 山西君の魂を迷宮が回収したことで、わかったことが色々ある。 「迷宮で保存し続けるのもなんか違うし、とはいえ、地球には戻れないからなぁ」 稀人の魂も、この星を巡る流れに合流できそうな気配がするのだ。 「これいる?」 『畏れ多い気もしますが、我々と共にいることを許されるのなら』 シロはそう言ってくれるし、とりあえず星を巡る流れの中にある“障り”が除去され、安全が確認出来たら放流しようかなと思う。 (それまでは、情報供給源になっておくれよ、ストーカー君) 山西晴翔の魂から得られた彼の記憶には、僕も予想外なほど多くの情報に満ちていた。 こちらへ転移する前は、やはり七種さんの同僚に付きまとい行為をしていたらしく、冷笑癖のある表面からはわからないほど、ねちっこい観察眼と行動力を持っていた。 その結果、彼が王城で得た、主に令嬢やその父親という人脈から、僕の実家がどう見られているのかが明らかになってきた。 「まさか姉上が狙われるとは」 召喚儀式のために、モンダート兄上の顔は多少知られていた。ただ、当時はまだ十二歳程で、海のものとも山のものともなるかわからなかった。容姿も父上に似ていたので、田舎の武辺者という先入観もあったかもしれない。 そんな兄上に大事な娘を嫁がせようという貴族はいなかったけれど、領内に迷宮を擁するブルネルティ家と縁を繋ぐ必要が出てからは、次女や三女をと考え、あるいは兄上と年の近い女の子を養女に迎える家も出てきたらしい。 そんな兄上を狙う人たち以上に鼻息が荒いのが、年頃のネィジェーヌ姉上と釣り合いが取れそうな子息がいる家々だ。 ただ、ブルネルティ家を継ぐのはネィジェーヌ姉上だと公表されていて、その結婚相手はもちろん婿入りという形になる。ということは、こちらも次男や三男あたりが候補になるのだけれど、姉上は剣も達者だし、さらに父上というラスボスがいる。 ブルネルティ家が武辺者という印象は、昔からあるのだけれど、最近になって兄上が魔法使いとして優秀だとか、僕がレナウス・ヴァーガン一味を素手で伸したことなどが、少し大げさに伝わった。そんな家へ婿入りしろと言われて、二の足を踏まない少年は、なかなかいないだろう。 それに、仮に剣の腕に自信があったとしても、田舎のブルネルティ領に婿入りするのを嫌がる子息はいそうだ。 となると、姉上を亡き者にして兄上に後を継がせ、そこに娘を……と考える輩も出てくるのだ。 なんとも浅ましいというか、身勝手というか……。 「腹立つぅ! 僕の姉上と兄上だぞ! 勝手な事ばかり考えやがって!」 自分たちに都合がよいように考える貴族や領主たちに、僕はぷんぷこと腹を立てる。 山西君も、そんな彼らに内心呆れていたらしく、日本では未成年に当たる姉上にも興味を示さなかった。 そして、僕がちょっとだけ彼に同情したのは、ストーカー気質な彼が、逆に令嬢たちに付きまとわれたことだ。一時的なものだったようだが、それでも辟易したという。やり返されて反省すればいいものの、そういう考えに至らなかったのはダメだろうけれど。 (高貴なご令嬢方には、なかなかお風呂ブームが広がらないんだなぁ) 母上が王都でご婦人方に入浴剤のプレゼンをしていて、体のあちこちに不調が出てきやすい、ある程度の年齢のご婦人方には好評だったのだけれど、年若いご令嬢方には、いまひとつだったようだ。 山西君は、ご令嬢方のきつい香水と体臭が混ざった臭いが嫌だったけれど、「ホーライシティ」の女の子たちはそうではなくて嬉しかったらしい。なにより、「ホーライシティ」に来てから童貞を卒業できたらしいので、たぶん幸せな晩年だったと思われる。 合掌。 |