144 情報波浪注意報


 実際にジェルス国とルスサファ南部を見聞し、熟考を重ねた結果、僕は迷宮都市『舞芸吟座ベガ』を出現させることをやめた。
 代わりに、高難度ダンジョン『沈没船サン・デルフィーネ号』を出現させることにした。レベル的には、四十あれば入場できるが、最終的には八十以上は必要になる。旧ニーザルディアに出現させた『老エルフの悪夢』や『ヴェサリウス機工邸』と同じような物だ。
 襲ってくるのは、武器を持った人魚と半魚人と、フジツボやイソギンチャクと同化した船員や乗客の生れの果てと、魚介類のバケモノやなんやかや。
 そして、目玉商品は金銀財宝と、『稀人の知識』と『この世界の知識』。サン・デルフィーネ号は、豪華客船という設定だからね。
(金と『稀人の知識』が目当てな奴は、こっちにくるだろう)
 迷宮都市『聖懲罪府スピカ』は、自分で出しておいてなんだが、癖が強すぎる。イデオロギー的な理由で攻略を望む連中は引き付けられるが、要求レベルが高すぎるせいもあり、残念ながら経済効果はさほど望めない。
 冒険者たちが稼ぐには、『沈没船サン・デルフィーネ号』の方がいいだろう。
(ギルドマスターの態度が悪かったからね。“障毒”治療には、スピカまで行ってもらうしかないよ)
 スピカのダンジョン『巨塔プルガトリウム』は超高難度だが、最初の浅層だけは、誰でも入って迷宮エンを稼ぐことができる。ここで、治療費を賄ってもらうのだ。
 ……おそらく将来的には、迷宮都市に捨てられる子供や、親が亡くなって迷宮へ稼ぎに来る孤児は、少なくない数になると予想している。彼らを教育し、迷宮都市の先兵とすることは、重要なプロジェクトのひとつであり、ダイモンやヒイラギによって準備が進められている。
(子供は将来の人材という資源だからな。国民の保護と教育をしないのはむこうの勝手だし、まるごと迷宮で頂くとしよう)
 魔力で作られた人形であるアルカ族は、迷宮の外に出ることができない。監視だけなら今でもできるが、迷宮の外で、迷宮に有利な工作をできる人間が、いつかきっと必要になる。
(僕が死んだ後のことも、今から考えておかなきゃね。教育ってのは、時間もお金もかかるものだし)
 同じようなことは教皇国でもやっているはずなので、福祉に金をかけずに済むと勘違いしている連中が、後々になって慌てても遅いのだ。
(別に洗脳じゃないしぃ? 事実を教えるだけだしぃ?)
 虚構や建前ではなく、事実を事実として教えるだけだ。教皇国よりも、よほど誠実と言えるだろう。


 さて、スハイルやハニシェに促されたように、僕は年末が差し迫る前に、一度実家に顔を出そうかと思っている。
「その前に、リンベリュート王国が今どうなっているのか。僕が戻っても大丈夫なのか、情報が欲しい」
 そう僕が希望を述べれば、ハセガワやカガミをはじめとした側近級アルカ族が、各地の情報を持ち寄ってくる。

「『学徒街ミモザ』はゆるやかに人口を増やしていますが、シンたちの警備は抜かりなく、治安は安定しており、良い状態です。旦那様のお屋敷も、いつ来ていただいても大丈夫です」

「『魔法都市アクルックス』『学徒街ミモザ』及び『葬骸寺院アンタレス』周辺に、グルメニア教の調査団が出没しております。迷宮範囲には入れない上に、都市を包囲できるほどの人数もいないので、鉢合わせないよう注意すれば、地上での入退場も可能です」

「現在、アクルックスにモンダート様、ダートリアにはネィジェーヌ様がいらっしゃいます。ただ、公方家のラムズス・ヨーガレイドが、ルジェーロ・マリュー殿と共に、ブルネルティ領に向かう予定が立っているようです。
 年末には、お二人ともがご実家に戻られるでしょう。それには、ロロナ・ヨーガレイド殿も同行される可能性が高いと予想されます」

「コロンをはじめ、ブルネルティ領にある、燿石の鉱脈の変換が進んでいます。現在設定されている迷宮範囲の外まで続いている分は、あらためてボスにお願いします」

「王都では、ミシュルト大司教一行が王城を辞去し、滞在先がリーベ大聖堂へと移っています。教皇国本国から応援に来た一団も、リーベ大聖堂を中心に滞在しています」

「王城に滞在していた稀人様方がいなくなられましたので、王太子妃とその子は、また実家であるトートラス領へ向かいました。国王と王太子は反対したのですが、なぜか王妃が許可を出しました。
 例のボヤと愚者の刃の襲撃を未然に防げなかったことと、王太子が一度も王太子妃宮に顔を出さなかったことを理由に、トートラス家は離縁も辞さない姿勢だそうです」

「王都の雰囲気は、だいぶ悪くなっています。稀人様方が全員お姿を消し、教皇国の兵士がうろついているのが原因です。王城からの発表も要領を得ないので、民の不安と不満と反感は、まだまだ上がりそうです」

「王家と貴族間の関係も悪くなっています。稀人様がお姿を消されたのもそうですが、迷宮都市やダンジョンの有無で、じわじわと格差が出ているのが主な原因です。
 王家が音頭を取らないので、冒険者ギルドも各領主としか交渉ができませんし、逆にダンジョンを擁している領主たちも、今のままの方が都合がよいのでしょう」

「カルモンディ渓谷にて、ついにオルコラルトとエル・ニーザルディアが小競り合いを始めました。
 その影響で、リンベリュート国内でも物流の滞りが出ているところがあります。食料や衣類、燃料といった、冬を越すために必要なものは国内でまかなえていますが、輸出にダメージが出ています。長引けば、損失をこうむる領主とダンジョンからの利益を得られている領主との間の緊張に、拍車がかかるでしょう」

「アレイルーダ商会からジルベルトが独立しました。引責退職という形ですね。
 無事に帰国できましたが、下手すれば商会員ごと命を落としたかもしれない事件でした。商会の大きな資産である改良大型大山羊車三台も、そのうち戻ってくるはずなのですが、先ほどもありましたように、エル・ニーザルディアとオルコラルトの間が通行止めになっていて、先行きは不透明です。
 ただ、ジルベルト本人とアレイルーダ商会が不仲というわけではなく、今後も協力し合って商売を続けるそうです。ボスにもたいそう感謝していましたよ」

「母親の体調回復のためにアンタレスを訪れていたカリード・ヘレナリオですが、無事に領都の屋敷に到着しました。
 当主セーシュリーの不調は、やはり産後に無理をしたのが原因と、その後も適切な処置や養生がされていなかったことが原因のようです。そもそも稀人の知識とは言え、教皇国由来の中途半端な医療に頼っている上に、セーシュリーが酷い偏食だったようです。
 また、外部からの害意は観測されておらず、カリードが持ち帰った衛生・栄養、及び医療知識を用いて、現在は快方に向かっています」

「ヘレナリオ家の件に付随しますが、カリードをはじめ、セーシュリーもボスに会いたいと希望しているそうです。いまのところ、ボスは国外にいると知られているので、いつか、としていますが」

 怒涛の如く押し寄せる、情報、情報、また情報。溺れそうだよ! あっぷあっぷ。
 えーっと、僕に関係あるのは……いや、こうなった原因は、だいたい僕がやったせいではあるんだけどね?
「いま僕が実家に帰ったら、家族は喜んでくれるかな?」
「「「「「「はい」」」」」」
「家族以外で僕に会いたそうなのは、ラムズス卿と、セーシュリー様たちだね?」
「「「「「「はい」」」」」」
「ミシュルトをはじめとするグルメニア教は、迷宮の調査に手間取っていて、まだ僕を重要とは考えていない?」
「「「「「「おそらく」」」」」」
 ふむふむ。これなら、年末年始を家族と過ごしても、問題なさそうだな。
「よし、帰るよ! ハセガワ、ハニシェをつけるから、先触れを出しておいて」
「かしこまりました」
 あ、家族にお土産用意しないと!
 ムタスの漁港に、深海のテンタクルの足が水揚げされてないかなぁ?