|
143 巫女の役目
フロダ国の南に位置するジェルス国だが、その南側はすでにライシーカ教皇国となっている。教皇国の版図が滅茶苦茶広いのだけれど、それだけ多くの国や地域が飲み込まれてきたという、血なまぐさい歴史がある。
なかには、セーゼ・ラロォナ国のように、属国となることで永らえた国もあるが、多くはすでに地名に名残がある程度で、その歴史も文化も消えようとしているところがほとんどだ。 「なんか、あんまり反応がよくなかったね」 「さっさと抜け出しましょう」 ルスサファ領南部だった所からジェルス国の首都マイヤルまで来たけれど、冒険者ギルド本部をたずねても、あまり歓迎はされなかった。 教皇国の影響が大きいのか、それとも応対してくれたギルド長と個人的に合わなかったのかはわからないけれど、障毒の影響を治す温泉や、『稀人の知識』の話をしても、どこか上の空でそわそわしていた。 念のため、バニタスの名前を出して変な気を起こさせないよう釘を刺しはしたけれど、どうもきな臭い。 (スハイルの言う通り、さっさと抜け出そう) 僕は大山羊車に乗り込み、教皇国との国境を目指してマイヤルを後にした。 「あっ、そうだ。船に乗って、セーゼ・ラロォナに行けばいいんじゃない?」 「操船ができる者がいませんが?」 「そうだった……」 いい案だと思ったけれど、スハイルのツッコミで撃沈した。 「だいたい、泳げないのに、海の上は危険です」 「え、泳げ……」 スハイルに見詰められて、僕はすいぃっと視線をそらせた。僕はたぶん泳げるけど、この姿になってから川や海に入ったことはない。お坊ちゃん育ちが水泳できるなんて、不自然過ぎるだろう。 (日本では義務教育中に、少なくとも、水に浮けるよう指導されるからなぁ) いまはなんかプール授業が減っているみたいだが、島国で内陸でも河川が多いのだから、水難事故防止のためにも、水泳の嗜みはあった方がいいだろう。僕も転生前の学生時代は、プールで四百mくらいは泳げた。波のある海では、仰向けになって浮いているだけで精いっぱいだろうけどね。 「いつか南の大陸にも行きたいから、船のことは少し考えておこう」 「……旦那様の夢は大きいですね」 「世界旅行だね。いろんなところを見て回るのは、楽しみだよ」 「では、お供しましょう」 「うん、よろしくね!」 使用人が仕事として強制されるのではなく、自分から付いてきてくれるというのは心強い限りだ。 「それで、ジェルス国をまわったら、国境を越えて教皇国へ?」 「それなんだけど、教皇国の中では、もう少し姿を隠したいんだよね。エースの大山羊車は、お留守番かな。けっこう目立つし」 これまで僕は、大きな大山羊車に乗って移動している、という目撃情報が多いはずで、その裏をかくには大山羊車を下りた方がいい。変装には、なにかを被るよりも、それまで被っていた物を外す方が、印象が変わってわからないというしね。 「では、徒歩で?」 驚くスハイルに、僕も苦笑いを浮かべた。さすがにずっと歩くわけじゃない。 「教皇国内の公共交通を使うよ。それで、一度セーゼ・ラロォナに行ってみたい」 「わかりました。ソルとナスリンに、現地での動き方を検討させます」 「お願いね」 僕は大山羊車の揺れに身を任せながら、この地方での仕事がほぼ終わったことに、首をまわして肩の力を抜いた。 ところが、教皇国との国境が近づいた三日後、僕は思ってもみなかった事態に遭遇した。 「どうしたの?」 「わかりません。ただ……」 ソルもそう言って、大山羊車を停車させた。外が騒がしい。 僕が窓から様子を窺うと、見慣れない鎧の兵士たちと、教皇国の旗が見えた。 「え?」 ぁああああああああぁぅおおおおおおおおおおおぉぉぉ この世のものとは思えない女の人の叫び声に、僕の頬の産毛が逆立った。 「箱庭に避難しましょう!」 「待って!」 スハイルの判断は正しいが、街道を通っているいまは人目も多い。 (それに……) スキルを使って迷宮範囲を広げてみれば、タブレットにはまたエラーが出た。 「観察できるといいな」 「坊ちゃま、危ないです!」 「大丈夫だよ、ハニシェ」 双眼鏡を首にかけて飛び出した僕は、箱車をよじ登って、騒ぎの中心に視線を向けた。 「ふーむ」 「まったく、貴方という人は」 「おっ、スハイル。そのまま支えてて」 「はいはい」 スハイルが密着してくれているだけで、僕は彼の【隠密】スキルの恩恵に浴し、周囲の目から気配を消すことができる。僕を追いかけて登ってきたスハイルに背後を任せて、僕は双眼鏡のピントを合わせた。 がぁああああああおおおおおぉううおおおおおぉおおお (あぁ、あれが巫女様かぁ。“障り”を取り込みすぎだぜ) 兵士に囲まれた馬車の外でのたうち回っている人影は、ずいぶん綺麗な衣装を着させてもらっているようだ。年齢的には少女のはずだが、彼女ののどから出ていると思われる叫び声は、デスボイスよりも低く、獣の咆哮よりも心胆を冷やす効果があった。 『葬骸寺院アンタレス』のスオウも、自らに“障り”を取り込んでいるけれど、あれは素体が人形のアルカ族だから正気を保っているのであって、生身の人間の精神が耐えられるものではないはずだ。 (人間にまで“安寧の魔法陣”みたいなのを刻んでるんだろうなぁ。廃人になっちまうぞ) “障り”を浄化するという教皇国の巫女が、人知れず短命と思われるのは、おそらくそれが原因だ。使い物にならなくなったら、聖域であるシャヤカー大霊廟に連れていくのだろう。 (“障り”に侵された野獣は、害獣へと変化する。じゃあ、人間は?) 興味深く成り行きを見守っていた僕の視線の先で、巫女は兵士に取り押さえられ、付き添いらしい聖職者の男がなにかやると、それまでの暴れっぷりが嘘のように、すんっと大人しくなった。 (おやぁ?) そしてなんと、巫女は支えられながらではあるが自分の足で立ち、馬車に乗り込んでいった。 同時に、聖職者の男が、手元でなにかを仕舞うような動きをしていたのを、僕は見逃していない。 「オーケー。中に戻ろう」 「了解しました」 スハイルに続いて屋根から降りた僕は、ハニシェにお小言をもらいながら箱車の中へ入り直した。 「危ないことはおやめください。落ちてしまったらどうするのです」 「うーん、ごめんね」 たしかに僕の運動神経は、兄上やソルたちに比べて、いいとは言えない。足を滑らせて落っこちるなんて、十分あり得る。 「それで、収穫はありましたか?」 ギシギシと動き出した大山羊車の中で、僕はにやりと笑って見せた。 「もちろん。ハニシェのお小言分は、十分に回収できたよ」 「それはようございました」 話の分かる僕のお世話係はすまし顔でそう言い、教皇国の巫女一行とは距離置いて、別の町へ行く道へ入るべきではと提案してきた。 必要な情報を得た僕はそれを了承し、ジェルス国での短い活動の締めくくりとすることにした。 「で、どうよ?」 オフィスエリアにて、僕は巫女の情報を精査したカガミとヒイラギから報告を受けた。ただ、二人の表情は、どこか沈鬱だ。 「巫女が“安寧の魔法陣”に類するものを持っている、というボスの仮説は正しいと思います」 「さらに、ボスが見た聖職者がやっていたのは、巫女を治療したのではないようです」 「ん? どういうこと?」 僕が迷宮範囲を広げた時に、カガミは別角度から監視蜘蛛を通して、彼らが何をやっていたか見ていたそうだ。 「あの時、巫女は出産していました。生まれていたのは、“握りこぶし大の鉱石”に見えましたが」 「おそらく巫女は、製造機か、あるいは充電器のようなものである可能性が高いと、俺たちは判断します」 僕は力なく顎が落ちたまま、しばらく言葉が出てこなかった。 「……それは、あの……つまりアイツらは、巫女を……年端もいかない少女を使って、人工“障石”を作っている、ってことか?」 本当に、吐き気がするほど、胸糞悪い話だ。 |