140 罪と罪と罪


 案内をしてくれた古老たちの村に、お礼として冬を越すための日用品や燃料などを渡し、寂れてしまったかつての祈りの地を後にした。
「諸行無常とはいえ、人の生活を支えた信仰が絶えてしまうのは寂しいものだね」
「しょ、ぎょう……? どういう意味ですか?」
 聞き慣れない単語だったらしく聞いてきたスハイルに、稀人の世界にある宗教の考え方だと教えた。
「万物は常に流動的で、変化しない物はないってこと。どんなに強固なものでも、並ぶもののない強大なものでも、いずれは壊れ、滅びるものだ」
「それは……なにをしても無駄、という事でしょうか?」
「そうじゃないよ、スハイル。儚いからこそ、懸命に生きる。その輝きを尊いと感じ、努力し、後世に遺し、そのうえで、滅びさえも自然の摂理として受け入れる生き方をすること。形ある物は壊れるし、生まれた者は必ず死ぬのだから、無駄な執着をしないで……あー、僕よりも、アンタレスのスオウに聞いた方が、わかりやすく解説してくれそうだ」
 生臭仏教徒としては、どうもとりとめのない話になってしまうな。法事の時に、もっとちゃんと和尚さんの話を聞いておくんだった。
「まあ、ワビサビ・・・・ってやつだな。うーん、今度はそういう迷宮都市も出すか」
 日本庭園とか、茶室とか、そういうの考えるの好きなんだよねー。石垣と堀のあるお城とか、武家屋敷とか、モリモリ造りたい。植えるのは、桜と橘と松と梅と……。
 僕が脳内ジオラマを弄ってにやにやとしている間も、スハイルは宗教に興味がわいたらしい。
「稀人が信じる宗教、ですか」
「彼らが住んでいた国では、法律で信仰の自由が認められていたんだよ。だから、外国の宗教を信仰しても咎められなかった。そもそも、稀人の国では八百万の神々といって、たくさんの神様がいて信じられていたんだ」
「たくさんの神様……?」
 戸惑った声を出すスハイルに、僕も一瞬首を傾げてしまった。そういえば、こっちの世界では、神様って概念が薄いんだった。
「人知を超えた存在、と思っておいて。こっちでも、麦の豊穣を司る存在とか、漁師を守護する精霊とか、そういうのを信じる人が居るでしょう?」
「はい」
 スハイルが幼少期を過ごした愚者の刃でも、似たような思想はあったはずで、そういうものだと説明した。
「寛容な国だったよ。あらゆるものに命が宿ると親しんで、ありとあらゆる場所に神様がいて、自分たちを見守ってくれているのだと敬われた。他宗教の神とその信徒だって尊重した。
 だから俺は、この世界のグルメニア教に嫌悪感を覚えるんだ。教皇国の道具でしかなく、命に対する尊敬や、社会的な営みへの配慮と献身、世界を構成する自然に対する畏敬の念が感じられないからね。
 宗教に関しては、不寛容に対して不寛容なのが、稀人の国民性みたいなものかな」
 グルメニア教の、他者の尊厳を軽んじるあたりなんか、ナスリンとファラが救護院を追い出されたことといい、ソルの妹を無理やり刑死させたことといい、いくらでも類似の出来事が出てくるだろう。稀人すら対等な人間と思っていないから、何度も召喚儀式をやって死なせている。
 グルメニア教に支配されたままでは、自分たちの世界を探求するなんて、思いもしないのだろう。必要なことは全部、稀人が教えてくれると思っているのだから。
「稀人の多くは、自分で考えて行動しないとか、他人に迷惑をかけたりするのを、極端に嫌うと思うよ。天災が多い国土だったからね。一人一人が謙虚に譲り合って、みんなで協力しないと、生き残れなかったんだ。……そうやって努力してきた国の人間を召喚しているっていうこと、この世界の人間の、いったいどれだけが知っているのかな」
「……」
 窓の外を眺めながら冷笑する僕を見ていたスハイルが口を開きかけた時、急に大山羊車のスピードが落ちて止まった。
「旦那様」
「ん?」
 また検問かと思ったのだけれど、御者台からのソルの声に緊張感があり、スハイルが箱車から出ていった。だが、すぐに戻ってきた。
「旦那様。教皇国の巫女一行です」
「マジか!」
 この先の町から出てくるらしく、兵士の誘導に従って、急いで大山羊車を脇道に入れて停めた。
「んー、なんか人多いね」
「巫女様を一目見ようとしているのかと」
 道から畑に落ちないようハニシェに手を繋がれたまま、僕は町の城壁を囲む人だかりを眺めた。兵士が追い払うように動かしているので、そう待たずに一行が現れると思うのだが……。

 ドガーン!!

「ぴっ!?」
 びっくりして飛び上がった僕の両肩をハニシェが支えてくれたけれど、彼女もあんぐりと口を開いたままになっていた。
 町の城門が内側から吹き飛ばされ、野次馬も兵士もまとめて逃げ出している。地面に倒れて動かない人影も見える。
「旦那様」
「うん……」
 明らかな非常事態に、スハイルに促されて大山羊車に戻ろうとした僕の耳に、聞き覚えのある咆哮が聞こえてきた。
『見つけたわ、下民どもォ!! そこになおれぇえええええええええええええ!!!』
「っきゃー!?」
 でっかいハンマーを担いだ、ビキニアーマーが走ってくる!!
「またアイツですか!」
「だめだ! 道が塞がって、大山羊車を動かせない!」
 スハイルとソルも慌てるが、こんなに人が多い所で箱庭に入るわけにはいかないので、迎撃一択なのだけど……本当に、このお姫様は何を考えているのかわからない。
「みんな、地面に伏せて!」
「坊ちゃま!」
『ぅるぉおおおおおおおぁぁあああああ!!』
 収穫の終わった畑の上を、ハンマーを掲げて跳ぶ影に向けて、僕は雷属性布団叩きライトニングラケットを力いっぱい振り抜いた。
「マキシマム・サンダーストーム!!!」
 稀人が作った呪いのビキニアーマーは、高い魔防性能を持っている。だが、レイチェル王女が持っているハンマーは、稀人が作った物ではない、ただのハンマーだ。

 ピシビシャッバリバリバリドゴォォォン……!!

「……多少は、感電してくれたかな?」
 属性石が砕けて武器が使えなくなるのも構わず、フルパワーで放った放電は、すべて金属製のハンマーに吸い込まれていった。
 レイチェル王女が墜落した畑が少し焦げちゃったけど、見物人に被害は出ていないようだ。
「「よし、逃げよう」」
 なぜかソルとスハイルがハモった。
 レイチェルがまだ生きているか確かめようとした僕の体は、ハニシェにぐいと引き戻されて、そのまま箱車の中へ押し込められた。
 レイチェルの暴走と雷に驚いて、道からは程よく人が逃げていなくなっていた。これなら、少し道を戻ったところで、箱庭に入れるだろう。
「三度目はないって、パパに言っておけ!」
 動き出した大山羊車の窓から、ぎっと喉を掻き切る仕草をして親指を下に向けたけれど、ニーザルディア語では通じなかったかもしれない。
(あっ、いけね。情報取得、情報取得……)
 せっかく巫女様を近くで見られる機会だったのに、迷宮越しにタッチするのみになりそうだ。
 まだ城門前は混乱しているようだったが、町の中まで迷宮範囲を伸ばしてみる。
「あ……」
「どうしました?」
 僕はタブレットに視線を落としたまま、ハニシェに首を横に振って見せた。
「なんでもないよ。とりあえず、今日は箱庭に戻って、ジェルス国側に抜ける道の検討をしよう」
「はい」
 ディアフラの半分を吸収した時と同じエラー表示が消えたことを確認してから、僕はタブレットをかばんにしまった。