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138 稀人が遺していくもの
五十九年前、当時のルスサファ国であった召喚儀式で呼ばれた稀人には、専門知識を有した職人クラスが多かったらしい。しかし、こちらの世界では前段階で必要な基礎技術がないので、それらは活かしきることができず、ほとんどが扱いきれない知識として教皇国に持っていかれてしまったようだ。
知識だけは持っていかれたものの、稀人を教皇国に連れていくことはできず、彼らは貧しく辺鄙なルスサファ国での技術指導や、魔獣退治に従事させられることになった。 そんな中、稀人たちは、魔力を阻害する燿石の性質や、頻繁に召喚儀式が行われているにもかかわらず、自分たち以外に生き残っている稀人がいない事を知ったのかもしれない。 ―― この世界は、地球人にとって危険だ。 そう気が付いても、どうにもならない。 仲間が次々と病に倒れる恐怖の中、 彼らは出来るだけこの世界に仕返しをしようと思ったのか、呪いと称した高性能だが扱いづらいアイテムを量産、あるいはごく少数のみ生産し、欲に目がくらんだ者たちを破滅へと導いていった。 召喚された稀人たちが全員この世を去った現在、ルスサファ国はその名を歴史にとどめるだけとなり、稀人の遺産を目当てに他国に食い荒らされている。 「なるほど。ルスサファ国が滅亡したのは稀人を召喚したせいだ、と言われるわけだ。侵略しているお前らが言う事か、って思うけど」 カガミに集めてもらった資料を読みながら、僕は時に胸を痛め、時に薄笑いを浮かべた。 フロダ国とジェルス国が領土浸食を開始した時には、すでにルスサファ国はボロボロだったのだろう。現在も、各地に散らばった稀人の遺産を手に入れるべく、精力的に侵攻されていると。抵抗している勢力も、だいぶ減っているらしい。 (ふむ……人を惑わす呪いのアイテム、か。バニタスみたいなのに追いかけまわされるのも嫌だし、少し趣向を変えた迷宮都市を出してみるか) 最後まで足掻いた稀人たちの心意気を無駄にしないよう、僕の立ち回りにも少し修正を入れることになりそうだ。 僕は資料を携え、「ひのもと町」にある水渓さんのオフィスを訪ねた。 「いらっしゃい、ショーディーちゃん! 元気してた?」 「こんにちは! おかげさまで、元気ですよ」 水渓さんの見た目はガタイのいい爽やかな好青年で、身だしなみも男のままなのに、口を開いたとたんにオネエになるから、ちょっとびっくりする。 ファッションブランド「Martha」を立ち上げた水渓さんは、最近クラスが 「はぁー。アタシ達の前に来た人も、みんな苦労したのねえ。一発ぶん殴ってやりたいって気持ち、わかるわぁ。んで、国が滅びたのを、こっちの人は稀人を召喚したせいだって言ってんの? そうだけど、そうじゃないわよね? 自分たちが目先の欲におぼれる様な、浅ましい人間だったからじゃない。いまだって、その呪いのビキニアーマー着ちゃってんでしょ? いいじゃない、愚かさを宣伝してて。王族の癖に恥ずかしいって、そんな盗みを働くような恥ずかしい王女に育てたのが恥ずかしいし、戦地に連れて行ったのがいけないんじゃない。どいつもこいつも自業自得よ、バカね。しかも、教皇国嫌いな愚者の刃を弾圧して、元凶の教皇国については、なんにもアクションないの? 王国なのに、左翼思想が強いのかしら?」 大陸北東部の現状を僕から聞いた水渓さんは、僕と同じ感想を持ったらしく、マシンガンこき下ろししながら、ふふんと鼻で哂った。 「でも、そう……呪いの装備ね、面白そう。解除できるかどうかは、実物を見てみないとわからないけど、新しく作るなら、アタシにも出来ると思うわ」 水渓さんは顎に指をあて、目を細めながら、にっと唇の端を釣り上げた。 「ねえ、ショーディーちゃん。『赤い靴』とか、『白鳥の王子』って童話、知ってる?」 僕は水渓さんがやりたいことを察して、頷いた。 「僕の権限でできる事なら、なんでも協力しますよ」 「さすが! アタシも腕を揮うわよ。あっ、金木さんは誘わなくていいの? こういうの好きそうじゃない」 水渓さんの言う通り、たしかに琢磨は悪ノリが好きだが、性格的に一本気なところがある上に、スキルも付与関係を持っていなかったはずだ。 魔装仕立師や魔装鍛冶師が作った品は、『装備した者によって相応しい追加効果が付く』という、奇妙な特性がある。恥を知れと怒りのこもったビキニアーマーが脱げなくなることもあるし、着た者をより引き立てたいと願ったドレスが魅了効果を発揮することもある。 「あいつ、呪いとか出来んのかな?」 「付与魔法くらいなら、アタシが手伝うわ。もらった資料によると、魔力が通る金属があるんでしょ?」 「んー、そうですね。その辺りの情報と一緒に、琢磨にも声をかけてきます」 「ええ、よろしく!」 あれもこれも同時進行で進んでいく世間で、僕も遅れないように仕事を進めなくてはいけない。 せっかく異世界転生したのに、子供ながらに過労で倒れそうだ。まあ、今に始まったことじゃないけど。 「沙灘さんの【調薬】スキル?」 第二稀人用迷宮都市「ホーライシティ」に収容した四人の内、沙灘優子さんについて新たな事が分かったのと同時に、スキルの付け替え申請が来た。 「はい。ホーライシティのマザー・マルガリータからの報告によりますと、沙灘氏には先天的に、何らかの疾患か障害があり、善悪の判断は元より、自分の行動を制御することも、その結果から自分への影響を類推することも難しいようです」 「ホーライシティ」を管理するアルカ族からの報告をするカガミの眉間にも、気遣わし気なしわが刻まれている。 「つまり?」 「情報の取得が断片的な上に、思考より行動が先行します。『電源を落とすな』と言われれば、その場でスイッチを切り、目の前にあれば『危険だから混ぜるな』と説明されていても、勝手に混ぜる人です」 「……」 日本にいた時に、それで大事故を起こしたことがあるらしい。 沙灘さんの記憶は曖昧だったが、なにか大騒ぎになった、という印象は残っていた。 「爆発火災か、毒ガス発生か、なんかそういうのをやらかしたのか。怖いなぁ」 おそらく、その経験が【調薬】スキル取得に繋がったのだ。薬と一口に言っても、毒薬も爆薬も含むのだ。危険すぎる。 「マルガリータが言うには、沙灘氏が感じている世界は断片的な上に異様に早いらしく、そのために周囲の状況把握が苦手なようです。ただ、彼女の視覚センスに光るものがあるらしいので、画家や作家として成功できそうなスキルに付け替えた方が、日常での危険を大幅に下げる効果が期待できるそうです」 「わかった」 【調薬】を【描画/上級】くらいにして、人体に無害な画材を供給しておけば、一端の画家やデザイナーとして成功するかもしれない。 他人からの余計なコントロールかもしれないが、日常生活の中で、思いもよらない瞬間に他人を巻き込んだ事故を起こされるより、よほどマシだろう。 「画家として成功して、収入と人脈が得られるようになれば、少しは問題行動が減るかな」 「周りはアルカ族しかいませんし、根気よくやれば他人との関わり方を覚えてもらえる可能性もあります」 日本ではないので、詐欺師に金をとられる心配もない。他三人の稀人にたかられないように、お世話係やマネージャーにしっかりガードさせればいいだろう。 「彼女を必要以上に甘やかす必要はないけれど、社会人として成功する努力をさせ、成功できたという認識を持たせることは大事だろう。担当のアルカ族には苦労をかけるけれど、人数を増やすなり、負担を分担して取り組んでくれ」 「わかりました。そのように伝えます」 おそらく沙灘さんは、ろくな療育も投薬による治療も受けていない。これは、枡出さんからの証言にもあって、両親、とりわけ母親からの無謀な押し付けに苦しんだ可能性がある。 (うちの子は普通だ、いじめるな、差別するなって言い張って、お世話係を同級生にさせる親っていたもんな。あれは嫌だった) 全校生徒が千人や二千人を超えるような時代、僕が小中学生の頃には、学年に一人か二人はいた。 もちろん、普通学級は無理だと、きちんと療育施設や専用の学校に通わせている親子もいたけれど、そうはならない家庭もあった。もしかしたら、いまでもあるかもしれない。 親の事情や感情に、まったく共感できない事はないだろうけれど、それとこれとは別だ。一番苦労するのは、適切な方法を知らず、社会に馴染めないまま生きることを強いられる子供なのだ。 「……【アイテムボックス】を取り上げはしないけれど、何か理由をつけて中身を出させることは、定期的に試してもらえるかな。全部でなくていい。年末の大掃除で捨ててくるから、もしゴミやいらない物があれば出してくれ、とか。あるいは、竹柴さんがやっていたみたいに、物々交換ごっこしよう、とかなんとか」 「かしこまりました」 何もなければいいが、リンベリュートの王城でヤバい物を盗んでいる可能性もある。 (鬼が出るか蛇が出るか。まあ、放射線塗れの調度品や宝飾品程度なら、可愛いもんだ) 病原体の巣窟となっている、害獣の死体とかが出てくる可能性だってあるのだ。ちょっとした覚悟がいるだろう。 (沙灘さんの絵が売れたらいいなぁ) 『栄耀都市カペラ』でオークションにかけてもいいし、どこかの高難度ダンジョンの宝箱から出してもいい。 沙灘さんの社会と上手く関われない寂しさが、健全に埋められるようになればいいと思うし、彼女の絵がこの世界に何かしらの感動をもたらせたなら、それは尊いことだと思う。 |