137 呪いのビキニアーマー


 とりあえず、地位も権力もレベルも高い彼らと直接矛を交えたくはない。
 何とか回避できる手掛かりはないかと思えば、カガミは思案気な表情で『フェイネス新聞』を広げた。
「本人と話すのは難しいと思いますが、レイチェル王女に関しては、このような情報があります」
「なになに……?」
 そこに載っていたのは、モンタレの町で大立ち回りを演じたレイチェル王女を揶揄するような記事で、見境のない猪には呪いの装備がお似合いだとかなんとか書かれている。
「……あの人、呪われてるの?」
「彼女が着ていた鎧ですね。あれはルスサファ国に保管されていたもので、稀人が作った品物だそうです。フロダ国がルスサファに侵攻した際に、戦利品として奪われたそうですが、レイチェルが勝手に着てしまってから、脱げなくなったそうです」
「……」
 あんまりな経緯とレイチェルの短絡さに、僕の口がぽかんと開いたままになった。
 王女だからって、戦利品を勝手に着ちゃうのは、さすがに非常識だろう!? 戦利品ってことは国の所有物として、まず国王に帰属して色々審査を経て、宝物庫に収蔵なり、必要なところに分配されたりするものじゃないの? 従軍して戦果を上げた王女様なら、褒美として下賜されたりするのを待つべきだろう?
(それはそれとして、呪いのビキニアーマーかよ!)
 なんつーか、すっげーマニアックだな。稀人製と聞けば、まあそうだろうなって納得しちゃうのが、なんか嫌だけど。
「……鎧の性能は?」
「バツグンに良いです。ハニシェが撃った魔導銃の効果をほとんど防いだのは、あの鎧です。ソルの剣撃すらも、逸らした疑いがあります」
「マジかよ」
 ということは、物理にも魔法にも強い、なんらかの魔法が付与されているってことだ。
「魔石がついてるの?」
「いいえ。魔力を帯びた金属を使っているようです。当時召喚された稀人の中に、冶金やきんや錬金術系統のスキルを使える人がいたようですね」
 化学知識とファンタジーパワーを駆使して、自分たちで適切な合金を造り出したのか。すごいな。
「そういうわけで、レイチェルもあの恰好で出歩きまわるのですが……その、王族の女性としては問題ありということで」
「そりゃそうだろう。ビキニアーマーだもんな。嫁入り前のお肌が色々見えちゃってるもん」
 王族の未婚女性としては、問題しかないだろう。いや、既婚女性でも大問題だ。呪いのせいで脱げない上に上着も弾いてしまうそうだが、あの恰好でも暑くも寒くもないらしい。
 レイチェルはあの通りの戦闘狂だが、同時に、【闘将】という単体戦力としては最高峰のスキルを持っていた。当然、ルスサファ国への侵攻にも従軍していた。
 しかし、懐柔や統治の段階に移ったら、あの暴力に訴える性格は邪魔でしかないし、彼女自身も退屈になって問題を起こしかねず、軍の中で煙たがれるだろう。現に、勝手に戦利品をあさって、呪いのビキニアーマーを着てしまっているし。
「一応、彼女も脱ぎたがってはいるようですが、それは脱ぎ着ができる前提であって、あの鎧を否定しているわけではありません」
「ドレスを着られないから王女としては困るが、高性能なビキニアーマー自体は気に入っていると。もう王族抜けたらどうかな」
「フロダ王家や貴族院の中でも、その意見は少なくないようです。ですが、あの鎧は稀人製であり、いわば国宝です」
「あ、そうか。簡単には手放せないか」
 フロダ国の上層部としては、頭の痛い問題だろう。国王夫妻の心労を思うと、同情しかない。
「わかった。それを念頭に置いて、彼女とは応対しよう。そもそも、なんで僕らを襲ってきたの?」
 直接襲うというには、初手でテーブルを破壊してみせた辺り、命を狙ってきたという雰囲気ではないようだが。
「いくつか理由はあるようです。まず、彼女は冒険者として、度々トルマーダ砂漠の害獣討伐を成しています。フロダ国にとっては、国土の西を害獣からまもるための、重要な戦力のひとつです」
 あの巨大害獣たちを相手にしているのなら、強さは当然だ。
「そうか。害獣の強さを知っているからこそ、トルマーダ砂漠を越えてきた僕たちを怪しんだのか」
「というより、悔しかったようです。自分より強さで称賛される人間がフロダ国にいることが、許せないというか……。つまり、気に食わないからという、嫌がらせですね」
「……」
 そんなことで襲われたの、僕たち!?
「出張先で地元のヤンキーに『見ねぇツラだな、どこ中出身だオラァ、アイサツしろやァ!』って因縁をつけられた、と思えばいいのか」
「妙に具体的ですが、そんなところです。ごろつきにしては、相手の身分が問題ですが……」
 僕は思わず両手で顔を覆ってしまったけれど、くだらないことで絡まれるのは、この世界ではまあよくあることだ。よくあっちゃ困るんだけど。
「つぎに、バニタスの存在です。彼も強いですが、やはり害獣討伐というレイチェルの領分を侵しかねないことと、グルメニア教を受け入れづらい土地柄であることから、反発心があるようです」
「なるほど。僕とバニタスが連携するなんて、レイチェル殿下には面白くないわけだ」
「そうです」
 これは面倒だな。利よりも感情で動いてくる重戦車だぞ。
「これらを踏まえて、ヒイラギが出した方針は、『可及的速やかにフロダ国の冒険者ギルドと連携すべし』です。バニタスに関しては、いまは放っておくしかないと」
「冒険者ギルドから国に働きかけて、レイチェルを掣肘してもらうのか。上手く誘導できればいいけど」
 せっかく砂漠を越えて人里に来たというのに、王女様のせいで、また忙しく移動する羽目になりそうだ。
「わかった。僕らは急いでフロダ国の王都に向かう。それから、ルスサファ国であった召喚儀式と、召喚された稀人についても調べておいて。特に、呪いのビキニアーマーを作った人のこと」
「承知しました」
 必要になるかはわからないけれど、手札は多く用意しておくに越したことはない。


 モンタレの町を逃げ出した僕たちは、その後、王都アローダインに向けて、ろくに町に立ち寄りもせず、大山羊車を急がせた。
 というのも、お目付け役が追い付いてレイチェル王女を捕獲したらしく、彼女も王都に向かって移動し始めたからだ。どうも、謹慎処分中に抜け出してきたらしい。
(国宝級のビキニアーマーを勝手に着て、脱げなくなっちゃったんだもんな。そりゃ、普通は謹慎を言い渡されるだろうよ)
 自分が悪い事して叱られたのだから、大人しくお城にいればよかったのに。鎖を引きちぎって暴走する、猛獣のようなレイチェルが普通ではない。なるべく、彼女の視界に入らないように立ち回らなければ。
 さいわいなことに、バニタスはまだモンタレの町周辺で僕らを探しているらしく、こちらに来る気配はない。

 収穫期の豊富な交通量に紛れて王都入りした僕らは、色鮮やかなタイルで装飾された美しい街並みを楽しむ余裕もなく、フロダ国の冒険者ギルド本部に駆け込み、ギルド長への面会を求めた。
 僕のギルド顧問職員証だけでなく、モンタレのギルド支部長の紹介状があったおかげで、すんなりとフロダの冒険者ギルド長トニエスタに会うことができた。
「はじめまして」
「遠路ようこそ」
 間に通訳を挟んだ話し合いではあるものの、やはりどこの国でも障毒による健康被害は愁眉の種であり、手土産として便利魔道具などを僕から渡されたトニエスタも、ぜひとも迷宮都市との交友を持ちたいと言ってきた。
「ただ、迷宮都市には厳しいルールがありまして、それに反すると、どのような身分の方でも、厳正に処分されてしまいます。戦いを仕掛けるなど度が過ぎれば、迷宮都市自体が逃げ出して、他の場所……例えば他国などに出現する可能性もあります。現に、僕の祖国では、一度逃げ出されています」
「わかりました。迷宮都市が出現した時には、私が身命を賭けて陛下に言上いたします。なに、我が国にも、冒険者ギルドを支援くださる貴族はおりますので」
 すでに僕がレイチェルからちょっかいを出されていることは伝えてあるので、額に冷や汗を浮かべたトニエスタの顔色はよくない。
「教皇国に頼らず知識が得られるのなら、陛下もきっと、手厚く保護され、迷宮を訪れる者は厳しく審査されるでしょう」
「よろしくお願いします。すべての冒険者と、教皇国の横暴に苦しむ民の希望です。また、たとえ愚者の刃が迷宮に害をもたらそうとしても、この国とは無関係だと伝えておきます」
「それはぜひとも! ありがとうございます。どうか、よしなに」
 平に、平に、といった態度のトニエスタの頭を上げさせ、仕事の話はもう終わりとばかりに、僕はこの国のおすすめ品などを聞いた。
「実は、僕の伯父は祖国で外交官をしていまして。いずれ、ニーザルディア時代のように貴国との交易が復活した時のために、良い品をご紹介いただきたい」
「喜んで! 我が国はなにより、焼き物が特産でしてな。陶器やタイルを着色する釉薬や顔料など……」
 それから時間いっぱいまで雑談し、僕はダンジョンから出すものを選ぶための、有益な情報をいくつも得ることができた。