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132 豚も煽てりゃ木に登る
リンベリュート、オルコラルト、エル・ニーザルディアの三国の祖である、旧ニーザルディア国の王都ディアフラにおいて、僕は王城などがあった北側を迷宮化することに成功した。
迷宮都市であると同時に、高難度ダンジョン並みに (その間に、ミストはあらかた消滅してるかもなぁ) “障り”と残留思念の混合物であるミストは、“障り”を吸収する迷宮に引き寄せられてしまうらしく、迷宮範囲に接すると消滅することが確認されている。 ただ、僕が置いた迷宮やダンジョンから離れている場所にいるミストは存在したままだろうから、注意喚起ぐらいはしておくべきかもしれない。 「しかしまあ、王都は大変なことになったな。ラムズス卿に応援願おうと思ったのに、それどころじゃなくなっちゃった」 吸収した旧王都ディアフラ(北半分)の調査に、ロロナ様を通じてラムズス・ヨーガレイドにコンタクトを取ろうとしていたのだけれど、王城が大混乱になってしまったために、時を改めることにしたのだ。 「カガミのお手柄だ! いやはや、驚き桃の木山椒の木」 「? ……ありがとうございます」 やや戸惑った微笑を浮かべるカガミに、僕は気にしないでと手を振った。 残念ながら、アルカ族には昭和後期のアニメ文化をインストールしていない。ここに琢磨がいたら、「ブリキに狸に洗濯機」と続けてくれたに違いないのだが。 「写真作戦が、こうも上手くいくとは思わなかったよ」 「ボスがお創りになった街並みが、稀人様方の琴線に触れたのですから、当然の結果でしょう」 カガミは僕を持ち上げてくれるけれど、ピンポイントで心をつかむ風景を切り取ってくれたのも、ポストカードにして王城にいる稀人の手に渡らせたのも、カガミたちアルカ族の手柄だ。 「このポストカードいいよね。各迷宮都市の土産物に追加しようよ」 「かしこまりました。ヒイラギとダイモンにまわします」 カガミは情報分析官として、相変わらず各地を監視するオペレーションルームに常駐している。冒険者が入場している迷宮都市に関する企画や運営は、ヒイラギやダイモンの管轄だ。 第二稀人用迷宮都市「ホーライシティ」の街並みを写真に撮って、王城に居る四人の気を惹こうという計画はあったが、まず誰か一人でも迷宮に取り込んでから、という予定ではあった。 ただ、ちょうど沙灘さんへの監視が外れたタイミングがあったので、ポストカードをひらひら出してみたら、そくざにポッケナイナイしたそうだ。それはそれは素早かったそうで、カガミも一瞬目を疑ったそうだ。 (まあ、あの人は【アイテムボックス】スキルを持っている上に、そもそも盗癖があるらしいしなぁ) ポストカードが沙灘さんに渡ったはいいが、そこからよく調べられもしなかったようで、作戦は失敗かと思われたが、物々交換遊びで竹柴さんの手に渡り、他の三人にも「ホーライシティ」の様子が知れたようだった。 「ホーライシティ」は高級リゾート地をモデルにした、多層からなる巨大なドーム型アーコロジーだ。敷地面積は、一番広い所でおおよそ十平方キロメートル。パークもホテルも全部ひっくるめた、ネズミーリゾート五個分の広さ、と言えばいいか。それが地上地下合わせて五階ある。また、専用ダンジョンも、いくつか用意してある。 総面積で言えば、「ひのもと町」よりはるかに広いが、あの癖の強そうな四人が、それぞれの縄張りで死ぬまで自由に暮らすには、このくらいの広さがあっていいだろう。 実際、「ホーライシティ」に到着した四人は、さっそく迷宮案内所経由で各地に散らばり、好き勝手に生活を始めたようだ。複数のお世話係をつけて豪邸街や億ションに住処を構え、のびのびと現代的な生活を満喫しているそうだ。 (まあそのうち、暇を持て余して迷宮案内所に来るだろう) 起業するもよし、夢を追いかけるもよし、探索者としてダンジョンにもぐるもよし、自堕落に過ごすもよし……。引っ越しには金がかかるが、最初の住居は無料で提供しているし、十分普通に暮らせるだけの迷宮エンは支給されるので、それ以上の金が欲しければ、迷宮案内所で仕事を受ければいいだけの話だ。好きに生きていってほしい。 「僕が顔を出すわけにはいかなくなったからなぁ。皆には迷惑をかけるよ」 「もったいないお言葉です。ホーライシティのアルカ族については、ボスがさらに手を入れられたと聞いていますが」 「ん、まあね」 色々問題がありそうなカスタマーに対応するには、それなりの強者を用意しておかないとね。トラブルがあると仮定して、事前に対応策を用意しておくのが、リスクマネジメントって奴だ。 僕が迷宮主として彼らの前に出てしまうと、他の迷宮にも行かせろとか、「ひのもと町」の住人に会わせろとか、あれしろこれしろと面倒なことを言い出しかねない。仕方がないので、召喚儀式から時間が経ちすぎたことで、先に保護された五人とは別の迷宮に収容されたとして、彼らにもそう説明がされている。 「すごいよね。自分たちで向こうの人間に付いて行ったのに、なんで早く助けなかったって文句言うし、ひのもと町は長閑な田舎町でダンジョンもないって知ったら、じゃあこっちでいいって。手のひらクルックルだったね」 「ボスが行かなくて正解です。行ってはいけません」 「わかった、わかった」 オペレーションルームから見ていた状況を思い出して、僕は乾いた笑いがこぼれるし、カガミの眉間には皺が寄っていく。 「しかし、【祈り】スキルの効果やばいな。こっそり付け替えておくか」 「いくら迷宮内ではボスの権限が第一であっても、外から何が来るかわかりませんからね」 現在、リンベリュートの王城が大混乱になっているのは、もちろん四人の稀人が消えたことも原因だが、それ以前にボヤと愚者の刃による襲撃があったからだ。 その後片づけと、稀人の捜索に、王城の人間だけでは手が足りず、かといってミシュルト大司教たち教皇国の人間がしゃしゃり出てきても、愚者の刃が襲ってきたのは教皇国の使節団が居座っていたからだと方々に噂され、余計に現場が混乱するという悪循環に陥っているのだ。 僕としてはメシウマなのだけれど、この状況が「四人揃って迷宮に行けますように」という、竹柴さんの【祈り】によって引き起こされたことには、驚愕の一言だ。 竹柴さんが持っているスキル【祈り】は、周囲の幸運値を雑に操るスキルだ。戦闘中に、味方の命中率や回避率を上げ、敵の注意力を下げたり横槍が入ったりするような……僕は正直、そう思い込んでいた。 だが実は、やりようによってはファラが持っている【強運】に匹敵する、ぶっ壊れスキルだったらしい。 ファラは赤ん坊でありながら、その【強運】によって僕に発見され、命を繋いだわけだが、タイミングが悪ければ母であるナスリンを犠牲にしたかもしれない。基本的にパッシブで制御の利かないスキルだ。 対して【祈り】は、能動的に使えはするが、祈りを成就するために、他に何が起こるかわからないという、パンドラの箱もびっくりなカオススキルだった。 王城の稀人たちは、四人揃って迷宮へ行くために、どうやって周囲を出し抜こうかと頭を悩ませていたが、霞賀剛志が竹柴純心に【祈り】を使ってみたらどうだと何気なく提案したのだ。 その結果、王城では火事と襲撃が起こって、衛兵も使用人も事態を収拾するために右往左往になり、その隙をついて、一部屋に四人だけが集まったところで、僕が「ホーライシティ」への扉を出現させたのだ。 「僕が都合よくオフィスエリアにいて、カガミが王城を見ていたのも、【祈り】効果の内だろうな」 「恐ろしいですね」 カガミの感想に、僕は完全に同意する。 【祈り】スキルは、過程を指定しないと何が起こるかわからないし、成就した結果を維持することはできない。例えば、「大金が手に入りますように」と祈ったら、「親が死んで遺産が入った」あるいは「事故で死にかけて慰謝料貰った」となるかもしれないし、大金を手にした瞬間に「強盗に襲われて命もろとも奪われる」かもしれない。 今回はたまたま、僕らの希望にも副う出来事だったからよかったものの、思い付きで面倒くさい事態に巻き込まれたらたまらない。 「うーん、すでにあるスキルの効果は弄れないから、似たようなスキルで……あ、【加持】があった。これでいいか」 こんなことで、わざわざエクストラスキルを作りたくなかったけど、いい物がすでにあった。 スキル【加持】は、信仰心に依存するバフスキルで、神仏へ祈りをささげることで、生きとし生けるものに加護をもたらすものだ。対象者へ神仏からの加護(各能力値上昇)が得られるだけで、無軌道に周囲を巻き込むことはない。 似たような効果をもたらすスキル【祝福】もあるが、こちらは別に神仏への祈りはいらない。 神仏への信仰が必要な【加持】は、グルメニア教が幅を利かせている世の中では、見つかったら即処刑されそうな死にスキルだが、信心深い人なら病状の緩和などに期待できるだろう。 「とにかく、効果が信仰心依存ってところが重要だ。信仰心パラメーターなんてなかったから、そこは用心するべきかもしれないけど、そもそも竹柴さんって信仰心低そうだし」 無宗教者の多い日本人だが、信仰心がないわけではない。一般人は「初詣には行く」「腹痛の時だけ神様に懺悔する」「祟りは怖い」「無遠慮に踏み込んではいけない自然はある」「お寺や神社では大人しく行儀よくする」みたいな、ゆるぅ〜い感じだけれど、おおむね敬意をもっている。 ただ、各宗派の信者として宗教行事に参加するとか、毎日手を合わせてお祈りするという事は少ないし、さらにそこから勉強して僧侶や神官といった宗教家を目指す人はもっと限られている。 おそらくだが、満足なスキル効果を得るためには、「毎日欠かさずお祈りをする」くらいの信仰心は必要だろう。 「これまでの経過観察で、彼女が特に信心深いと判断する材料はありません」 「だよねー。いじめやって中退させられた、性悪女子高生だもん。豚も この辺の対応も、全部「ホーライシティ」のアルカ族任せになってしまうけれど、僕一人であの四人を相手にするのは、色んな意味で避けたい。 「忙しくさせて悪いけど、しばらくはホーライシティの様子も逐一報告してくれ」 「了解しました」 いいところまで行ったのに、主人公のせいでドクロ型の爆煙を上げることになるのは勘弁だ。 ホーライシティに収容した四人に関しては、最後まで注意深く対処していこう。 |