133 食の道、生きる道


 召喚された稀人全員を保護するという、僕の大きな役目のひとつが、無事に達成された。
 諸事雑事、忙しいし、考えることも多いしで、なかなか実感が薄かったけれど、ひとつ肩の荷が降りた事に、ほっと一息つくことができた。
(とりあえず、あと十年二十年は、召喚されてくる人はいない……だろう。いないと、いいな)
 ないと願いたいところだけれど、機会があれば今回のように短いスパンで召喚儀式が行われる可能性はある。特に、今回は召喚された九人全員が姿を消している。教皇国が他の候補地で計画を推し進めないとは言い切れない。
 そんなことをさせないように、また僕が間に合わなくても迷宮に逃げ込めるように、これからも弛まず手を打っていくべきだろう。
(契約完了しました! ってぶん投げてぇ……。こんな世界滅びろ! クソッタレが!)
 滅びろとは思っても、滅びたら地球まで影響するかもしれないなんて可能性があるから困るのだ。世界滅びたら迷宮も維持できないだろうし、面倒だけれど、仕事なんてそんなものだと割り切るしかない。
(でもまぁ、とにかく、よかった……)
 いま少し、この達成感に身をゆだねてもいいだろう。

 第一稀人用迷宮都市「ひのもと町」の研究区、そのキャンパスにあるカフェテリア。迷宮の外に比べて時間経過の早い「ひのもと町」は、空には鰯雲が浮かび、涼しい風が吹く季節になっていた。
「こんな感じで、むこうはむこうで、新生活が始まっています。「ホーライシティ」は迷宮として完全に独立していて、「ひのもと町」はもちろん、他の迷宮都市とも、物理的な干渉はできません。むこうが入手できるのは、僕が許可した情報のみです」
 僕は、王城に居た稀人の残り四人を収容したことを、必ず報告しなければならない人を訪ねていた。
「むこうからこっちへは、コンタクトできないってことね」
「閉じ込めている、とも言えますけど」
「こんなに広い所なら十分よ。自己評価と違って、世界を股にかける様な甲斐性なんてない人だもの」
 気にし過ぎよと笑ってくれたのは、七種育実ナナクサイクミさん。
 彼女は実業家・霞賀剛志カスミガツヨシの、元婚約者だ。
「召喚された九人の中に七種さんがいたことを、霞賀氏は知っていました。たぶん、後からリストを見たんでしょう」
「あっぶな〜。やっぱり最初に逃げて正解だったわ」
 葉野菜の裏にナメクジがくっついているのを発見してしまったかのような顔で、七種さんは嫌々と首を振った。
(相当嫌われてるな。気持ちはわかるけど)
 霞賀剛志を監視していてわかったのだが、七種さんがかつて予想した通り、彼は日本にいた時の会社を潰しかけていた。どうも、粉飾決済がバレたのか、翌朝にもガサ入れされるかも、というタイミングで召還されたようなのだ。
 他にも、借金を連帯保証人に押し付けてバックレた事があるとか、薬機法に抵触する商品サプリを売っていた疑いがあるとか、婚約者だった七種さん以外に愛人と隠し子がいるとか、とにかく叩けば埃が出てくるような所業をしてきていたらしい。それでいてメディアに露出しまくっていたのだから、まだ三十そこそこなのに、呆れるほどの厚顔さだ。
 それなのに、召喚一発で罪科がチャラになってしまった。なんとも悪運の強い人だ。
 召還によってこちらの世界に来てしまった霞賀氏は、元の世界で抱えていた困難から解放されたためか、七種さんがいるとわかった後も、執拗に追う気配は見せていなかった。こちらでは七種さんが持っていた特許など意味がなく、金蔓にならないからだろう。
 王城では七種さんを含めた行方不明になっている五人を心配する様子を見せてはいたものの、それは単に対外的なポーズだ。彼は同じ召喚された他の八人を含め、彼以外の人間は、利用できるか、できないか、でしか見ていないように感じられた。
 もしかしたら、七種さんが実際にそばにいたならば、適度に嬲れる対象として扱ったかもしれない。そのくらい、霞賀という男の本性は、クズだった。
「精力的な人ですよね。一息ついたら早速、「ホーライシティ」の掌握をしようと動き始めたみたいです」
「えー。馬鹿じゃないの、アイツ」
「まずは起業して、名士に顔を売り、いずれは議員や知事を目指すそうですよ。まあ、順当と言えば、順当ですが」
「ピエロだわ」
 しらけ切った半笑いを頬に浮かべる七種さんに、僕も苦笑いを浮かべるしかない。
 「ホーライシティ」の住人は、稀人四人以外は全員がアルカ族なので、その中でどんなに偉そうなことを言っても、生温かく見守られている状態なのだ。まさにピエロか、「あんよが上手」と褒められているようなものだ。
「とにかく、あいつが出てこられないよう捕まえてくれて、本当にありがとう。君の理念からは離れた要望を通させちゃったし、余計な手間や迷惑をかけて、ごめんなさい」
 頭を下げる七種さんに、僕は慌てて手を振って否定した。
「いえいえ! そんなことないですよ。僕は、こちらに召還されてしまった人に、できるだけ快適で自由な生活をして欲しいと思って、迷宮を創って運営しているんです。ひと所に集めるのが不適当であるならば、適当になるよう、迷宮を創ればいいんです。僕には、そのための能力が装備されていますから」
 法や構造的に無理があるのではなければ、僕はユーザーの要望には柔軟に対応してきたつもりだ。
 最終的にそこに住む人が満足しなければ、いくら仕事をしたと言っても、良い評価には値しない。実状に則した物をデザインしなければ、いくら見た目やテーマが格好良くても意味がないからだ。もちろん、ユーザーの希望通りにやって、結果的にユーザーが不満に思ったのならば、それは免責事案だろうけれど。
「離れていた方が心安らかでいられる人間関係というものは、例え血の繋がった肉親間でも存在しますからね。まして、七種さんは霞賀氏から、経済的、社会的に被害を受け、犯罪に巻き込まれないよう逃げていたのですから、これは当然の措置です。七種さんの責任ではありません」
「……ありがとう。そう言ってもらえると、助かるわ」
 七種さんが、安心したように、はにかんだ笑みを浮かべてくれたので、僕も「ホーライシティ」を創ったかいがあったというものだ。

 お暇しようとしたら、稀人の全員保護達成の労いに、七種さんからフライドチキンをでっかいバーレルでいただいてしまった。まだ試食段階だとは言っていたけれど、パイやビスケットまで付けてくれて、僕はホクホク顔で箱庭に戻った。
 従者のみんなと一緒に食べたけど、とても美味しくて好評だった。いやぁ、この味は前世ぶりだなぁ。迷宮都市で売り出されたら買って食べよう。
(えへへ。ちょっと元気出た)
 労ってもらえたことも嬉しいし、思いがけず懐かしい味で腹を満たせたことも嬉しかった。美味しい物を食べるって、いい事だ。
 「株式会社セブンシード」は、迷宮都市フードサプライの一角であり、特に外食産業に大きな恩恵をもたらしている。ちなみに、僕が大株主だ。
 七種さんも株主だが、彼女は研究員として働いている。(株)セブンシードの代表取締役は、それっぽい見た目のアルカ族に任せていて、例え霞賀氏のような人物が探りを入れてきたとしても、きっちりガードできるようになっている。
「こっちのファストフードって、めっちゃ簡単な屋台ばっかりだもんなぁ」
 だいたいが串焼きか、自前の器に入れてもらう具入りスープだ。主に労働者向けなので、お洒落さなんか二の次で、とにかく腹にたまるものが優先されている。
(バーガーとかタコスとかあってもいいと思うんだけど、包み紙の問題があるからなぁ。あ、ブリトーとかクレープならいけるか?)
 ちなみに、『葬骸寺院アンタレス』にあるゲッシ一家の屋台では、コッペパンに具材を挟んだ物が流行しているらしい。ホットドックやフライドフィッシュを挟んだ物はもちろん、タマゴサラダやポテトサラダを挟んだ物もある。七種さんがソースを作ってくれたので、焼きそばパンとかもあるそうな。
 寺院で肉や魚を食うとは生臭な、とは思うけれど、売っているのはゲッシ一家だし、食べるのは冒険者たちなので問題ない。だいたい、アンタレスのダンジョンからは、色々な食べ物が出てくるし。
「迷宮都市フードが、迷宮の外でも類似品を作って売られるようになるといいなぁ」
 冒険者や職人として迷宮都市に来て、鑑定の結果スキル持ちだったならば、そのスキルを活かして生きていく方向に舵を切ることもできる。
 冒険者になるつもりが、料理人の才があったとか。職人になるつもりが、牧畜や養鶏の才があったとか。『学徒街ミモザ』に行けば、必要な初等教育や知識も授けてもらうことができる。
 とはいえ、最終的には本人の意思や希望、都合が優先される。だけど、ひとつしかなかった道に、違うライフスタイルを提案できるなら、それが迷宮や魔力との共存に繋がるなら、僕の仕事としては望外の成果と言えるだろう。