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131 渡る世間は馬鹿ばかり ―山西晴翔
異世界転移ネタなんか、程度の低いガキの妄想でしかないし、そんなもので喜んでいる人間は、社会不適合なアホだと思っていた。だが、実際に転移してみて分かったのは、さらに悪夢のように手に負えない現実でしかなく、晴翔の知性と感性を嘲弄されているかのようだった。 「あいつら自分で何とかしようともしねぇし、だからって俺にも自由がねぇし、どうしろってんだよ!」 晴翔は苛立ち紛れにローテーブルを蹴飛ばしたが、あっさりと壊れてしまった。重い割に脆すぎる家具に、さらに苛立ちが募る。 (こいつも見た目だけかよ。やっすい家具の方がマシじゃね?) 日本の伝統家具なら、たしかに重いが気密性も高いし、手入れをすれば、何十年も百年でも持たせる頑丈さがあった。それなのに、晴翔の部屋に用意された家具は、どれもこれも見た目だけの華美さしかなく、耐久性など少しも考慮されていないように感じた。 正直言って、合板や樹脂パイプを組み立てた家具の方がマシだ。 もっとも、王侯貴族の屋敷に置いておく家具に対して、乱暴に扱う前提なのが間違っていることに晴翔は気づいていない。 部屋の出入り口で、無感動な表情で突っ立っていた従僕たちが、壊れたテーブルを片付けて新しい物を運び込もうと動き出したので、晴翔は一人で自室としてあてがわれた部屋から出た。 (あいつらもキモいんだよな) 少しは表情が動けばいいのだが、従僕もメイドも、まるでマネキンのように無表情で、自分に課せられた範囲の仕事だけを無言で片付けていく。話しかけても「はい」「いいえ」「わかりません」だけで、ろくな情報は得られない。ファミレスにあった配膳ロボットの方が余程愛嬌があるし、話しかければすぐに答えてくれたバーチャルアシストAIの方が、断然コミュニケーションがとれる。 (マジでムカつく!) イライラしながら廊下を歩けば、ちょうど同じように荒い足音と階段で合流した。 「あれ、竹柴じゃん。前も思ったけど、なんか痩せたな?」 「ほんと? うれしー! ……って言うと思った? このクソボケノンデリ野郎!」 「は? 褒めたんだから素直に喜べ、クソデブ尻軽女」 一通りの応酬をしつつ、互いの視線に意味を察し、二人は揃って居間へと移動した。 過剰なフリルが付いたドレスを着た 「ご飯もお菓子も不味くて、食べようって気にならないの!」 「強制ダイエットか」 凄い目でギッと睨まれたが、食事の貧相さというか、口に合わないのは晴翔も同じなので、わかると頷いた。 「美味くしようにも、素材が不味いんじゃ、どうにもなんねーんだよな」 「そ・れ! うすしおポテトだけで喜んでないで、チョコレートケーキくらい作ればいいのにさぁ……」 純心の顔が苦々し気に歪んだのを見て、晴翔は察した。 「チョコレートってなんですか、 「むっかつくぅ〜〜〜!!!」 このむかつくは、晴翔に対してではない。この城のパティシエに対してだ。 「異世界人の私が、この世界の何処にチョコがあるかなんて、知ってるわけないでしょ!? 私に探してこいって言うの!? ほんッとに、馬鹿ばっかりッ!!」 吠える純心の気持ちが、晴翔にはよくわかった。同じようなことを、晴翔も何度も経験したのだ。 リンベリュート王城の一角に用意された、この稀人館で暮らし始めて、早数ヶ月経ったが、その間に得られたものは、大体が不満と徒労感を添えたものだった。 「王子妃候補に探してこい、はねーよな。フフッ」 「キモイ笑い方しないでよ。ここの人間、ほんとおかしいの。……手駒にすらならないわ」 たまらず零れた心の声と思われる後半の呟き声に、晴翔も軽くため息をついた。 「性格悪ぃな」 「話が通じる奴がいないんだから、愚痴くらい聞いてよ。ほんと、頭がおかしくなりそう……」 「下の王子様はどうしたよ」 「顔だけのマセガキじゃない。話し方も動きもあざといし、キショイのよ」 お前もガキだけどな、という言葉は晴翔の胸にしまわれた。十八歳なら、一応成人だ。 純心は晴翔よりもはるかにコミュニケーション能力が高く、人を操る術を心得ている。それは、円満な対人関係を築くものではなく、もっぱら他人を傷つけ、弱みを握り、使役するためのものだ。 ただし、それには対象者に常識があるとか、羞恥心や自尊心があるとか、まともな精神を持っていて話が通じることが条件だ。この世界の人間、特に稀人館で働いているような、自我や責任を持たず、ただ言われるがまま動くだけの、作業ロボットに等しい人間に対しては難しい。爪を掛けられる、心の襞がないのだ。 (最初から壊れているんじゃ、どうやっても壊せねぇもんな) 晴翔は無表情で壁際に控えている純心の侍女たちから目をそらし、彼女たちが淹れてくれた紅茶に口をつけた。 渋みはあるが、不味くはない。だが、ワゴンに乗せられた魔道具のポットがなければ、この紅茶も安心して飲めなかっただろう。 魔道具のポットは、公方家のラムズス・ヨーガレイドから献上された品であり、これのおかげで、稀人たちは慢性的な腹痛から解放されることになった。何回ろ過しても煮沸しても、とにかく水が体に合わなかったのだ。 「……なぁ、迷宮に行く気になったか?」 ひそめた晴翔の声に、純心は無言で、スカートのポケットから紙切れを取り出して渡してきた。 「おばさんとの、物々交換」 おばさんとは、 沙灘は稀人四人の内で突出して年上ではあるものの、一番役立たずというのが、晴翔をはじめとした他三人の共通認識だった。 「……マジかよ。すげぇな」 無造作に折り曲げられていたが、それは数枚のポストカードであり、一面に煌びやかな都市の風景が写し出されていた。そして、隅に小さく印字された文字を、晴翔は笑顔になるのを止められず呟いた。 「迷宮都市・ホーライシティ」 「おばさんは、これがどういう意味か分かってなかったけどね。ここ見て」 純心が示した一枚は、ショッピングモールの一角のようで、化粧品店や衣料品店に並んで、ドラックストアらしきものも写っていた。 「ここ、生理用品売ってるの。ありえる?」 「……そういやあ、この世界の女には生理がないって言ってたな」 晴翔も一応、女性の月経については知っている。小学校の保健体育で習った以上のことは、詳しく知らないが。 「つまり、迷宮は地球人仕様」 「気付くのがおせぇよ。あのポットが迷宮産だって所でわかれよ」 「うっさいな! ……でも、あんたたちが言ってたこと、本当かもしれない」 「タイムリミットか」 稀人は召喚されてから、三年しか生きられない。 それは密かにもたらされた情報だったが、なかば幽閉されている状態で、明確な裏付けを得ることは難しかった。 迷宮産魔道具のポットを持ち込んでくれたラムズスと、冒険者ギルド長のポルトルルという老人から、それとなく迷宮へ行くことを勧められていたが、やはり事実なのかもしれない。 「どうする?」 声を潜めたままの純心と同じように身をのりだし、晴翔は決まりきっていると断言した。 「どうするもなにも、俺は行くぜ。こんな所で無駄に死にたくねえ。お前こそ、王子様をどうすんだよ」 「ぶっちすればいいわ。あんたこそ、ハーレムどうしたのよ」 「勝手に用意された、話が通じねぇバカばっかりだったが?」 たしかに、一時は何人もの貴族令嬢が晴翔のご機嫌うかがいに来た。だが、そのすべてが権力を狙う親の紐づきであり、個人としてもあまり魅力的に感じなかった。夜の街で明るく健気に微笑んでいた なにより、ろくに風呂に入っていないかのようなキツイ体臭が、晴翔には無理だった。いくらドレスから香水の匂いがしても、全部混ざったら悪臭以外のなにものでもない。 よって、相変わらず晴翔のムスコは清いままで、このままでは本当に 「霞賀さんは?」 「あの人も、いなくなった五人の中に婚約者がいるからって、宰相からの見合い話を上手くかわしていたぜ」 「あ、そうだったの?」 「本当かどうか知らないけどな」 それは半分事実ではあったが、晴翔にはどうでもいい事であり、また霞賀がたまに詭弁を弄して他人を陥れているのを見ていたので、嘘でも驚かなかった。 「おばさんは……そういえば、高齢者扱いだったな」 「ぷっ」 この世界の平均寿命はおよそ五十歳であり、四十代の沙灘は使用人たちからもボケ老人扱いされていた。もちろん、お相手しようという、高貴な殿方がいるはずもない。 「あいつ置いてく?」 「いや、不味いだろ。もし置いていって、これからもこういうのがアイツに届いたら、俺達が何処にいるかバレる」 「それもそうか」 足手まといではあるが、姿をくらますなら、四人一緒であることが望ましい。迷宮にたどり着いた先なら、それぞれの人生を歩めばいいことだ。 晴翔と純心はひそひそと話し合い、なんとかここを脱出しようと、その方法に頭を悩ませるのだったが……。 霞賀からのちょっとした提案により、その後四人は、あっさりと『迷宮都市ホーライシティ』の住人となったのであった。 |