126 ドロドロドラマ
アレイルーダ商会のジルベルトさんたちがこうむった被害と、その経緯を、ルジェーロ伯父上に共有した、そのしばらく後の事。
意外なところからアレイルーダ商会に援護射撃があり、エル・ニーザルディアからリンベリュート王国への謝罪があった。 「あー。そういえば、もう一人の王女様が嫁いでいたんだっけ」 リンベリュート王国の現国王ゼーベルトと、王妃ロサリアとの間には、男女合わせて五人の子供がいる。王子三人は王城にいて、長女のセーシュリー様はヘレナリオ家の当主となった。次女のメロリア様は、エル・ニーザルディアの王子様に嫁いでいたはずだ。 今回は本当にたまたま、メロリア様が嫁入りしたことで興されたベルナンド大公家が、アレイルーダ商会に発注しようとしていたところで事件を知り、メロリア様が激怒した、というのが真相だ。大公家がアレイルーダ商会を呼びつけようとしていなければ、この件はうやむやにされていたに違いない。 没収されたアレイルーダ商会の最新式大山羊車は、一応返還されることになったそうだが……三台とも無傷で戻ってくるかは、僕にはわからない。 「この一件で、エル・ニーザルディアでも迷宮都市の重要性が認識され始めたようです。貴族議会の決定を待つまでもなく、各貴族家が冒険者ギルドに圧力をかけ始めました」 「そういう所は、早いんだよねえ」 『フェイネス新聞』を広げながらのカガミの報告に、僕も頬杖をついたまま呆れた声しか出ない。 エル・ニーザルディアの冒険者ギルドがどんな感じか知らないけれど、理不尽と無理解がまかり通る貴族の相手は、さぞ疲れることだろう。影ながら応援してあげることにした。 「ただ、ちょっと妙なことになっています」 「妙なこと?」 「聖職者が迷宮都市に入れないので、親密だったエル・ニーザルディアの貴族との関係が、少しぎくしゃくし始めているようで……」 「ぶはっ。マジかよ」 「参考までに、リンベリュートとオルコラルトの、教会関係者たちの反応です」 見せてもらった盗撮映像には、どれもこれもヒステリーを起こして暴れる聖職者たちの姿が映っていた。 「醜い。なんて醜いんだ……」 「稀人の知識を独占してきた優位性、世界的な影響力を持つ宗教国家としての権威、それらを背景に他者を押さえつけてきた力と、蓄えてきた財貨。そういったものが、一気に先行き不安になったのですからね」 「言葉にすればそうなんだろうけれど、単純に、わがままが通らなくなったことで癇癪を起しているだけに見えるよ」 げんなりとした僕は、もう見たくないと映像を下げさせた。 「王城の様子は?」 「戻られたマナ王太子妃ですが、子供と一緒に王太子妃宮に閉じこもっています。周囲をトートラス家の使用人で固めて、完全防衛の構えですね」 「わぁお、すごい。バッチバチにやりあう気?」 ラディスタ王太子とマナ王太子妃は仲が悪いと聞いている。仲が悪いというか、ラディスタがモラハラ野郎すぎて、マナ妃が嫌っているというのが正しいか。 「子供って、王子様?」 「そのようです。名前はエメレンス。未来のリンベリュート王として、王城に滞在しているミシュルト大司教からも祝福を受けられたようですよ」 子供が生まれたのに、これまで王子か姫かも公表されていなかった。なんというか、トートラス家のできるだけ王家に関わってほしくないという気持ちが見え隠れする。 「そこで、稀人四人とも面通しがあったのですが、マナ妃との関係は悪くなさそうに見えました。赤子を抱いた貴人女性に対しては、それなりの態度でいるようで」 「まあ、心の余裕がないとか、余程の子供嫌いとかでなければ、ね」 特に、王子様やお姫様の警護という仕事は、ヒロイズムを刺激するものだ。多少は自分のわがままも抑えるだろう。 「そこで、トートラス家の領地にはダンジョンが三つもあるというのが話題になっていました。特に、山西氏の食いつきがよかったですね」 「あー」 クラス 元々言動が意識高い系の痛さでボッチ大学生をやっていたらしいので、まわりとの温度差で馴染めなかったに違いない。最初はチヤホヤしてもらえることを期待していたのに、(主に現地人が彼の言動についていけなくて)そうはならなかったので、「本人は孤高でありたいのになぜか女性が寄ってくる冒険者」として名を挙げるという、都合のいい夢を持っているようだ。 「もしまた里帰りすることがあったら、喜んでついていくって言っていましたよ」 「必要以上に機嫌を取ってくれない王城には、未練なさそうだもんね。そういえば、護衛のシフトとか決まってるの? 王子妃宮って、護衛も女の人が多いと思うんだけど」 「それなんですが……」 続いた報告を聞いて、カガミの表情がしょっぱかった理由に、僕は思わず天を仰いだ。 「グタグタだな」 「はい」 まずもって、攻撃スキルを持っているのが、あの四人の中では男しかいない。 巫女クラスで回復スキルを持つ竹柴さんは、第二王子のオイルバーと婚約したので、いずれはマナ妃に次ぐ身分になる。そんな人を護衛という立場にしてもいいのかという問題。 沙灘さんは調薬スキルを持っているものの、医療関係の知識は何も持っていないそうだ。だから、マナ妃の側にいても、なにもやることがなく、ぼーっとしているのだとか。 そもそも、王城の内で、高貴な人たちの居住区に害獣が出ることが、警備の怠慢という事になるので、通常の駆除業務で排除されつくされていて害獣がいないのだ。 「何のために召喚儀式したんだ、って言うか……国王の自己満足だよね?」 「そうですね。三十年前の事件があって、王城の対害獣警備が強化されたので……言ってしまえば、わざわざ稀人が警護する必要がないんです」 頭を抱える僕に、カガミは取りなすように付け加えた。 「ですが、ミシュルト大司教をはじめとする教皇国の人員が滞在していますので、あらたな知識の提供はされているようです」 「つっても、専門職はいないでしょ。コンサルの真似事をして、お茶を濁してるんじゃないの」 霞賀氏は実業家だし、山西氏は大学生だ。日本の一般教養はあっても、こちらの世界で通用するものではない。 「霞賀氏は、宰相の下で上手くやっているようですよ。持っているスキルも強力ですし、自然に虚飾に包んだ恫喝ができる上に悪知恵も働くみたいで、身分が物を言う階級社会の中でも宰相に重宝されているみたいですね。まあ、ラディスタ王太子の同類です」 「すごく嫌な奴だという事は理解した」 そんな奴と婚約していた七種さんが、毛嫌いして逃げ回るのも無理はないだろう。 「あとは……そうですね。竹柴さんの機嫌も、あまりよくないみたいですよ」 「なにかあった?」 「オイルバー王子が恋多き人なのが、主な原因です」 「おうふ。また浮気してるのか、あの真実の愛量産機は」 「基本的に、似た者同士なのでしょう。飽きっぽい上に、基本的に自分は悪くないという考えをお持ちなので」 竹柴さんはオイルバー王子を捕まえておかないと、王子妃の地位はない。それなのに、オイルバー王子はあっちへフラフラ、こっちへフラフラと。それを自分の人気だと勘違いしている様子は、竹柴さんでなくても不愉快に思うことだろう。 「竹柴さんより年下になりますが、婚約相手がザナッシュ王子にスライドするかもしれませんね。スキルのおかげで、美形に見えているようですし。よく竹柴さんのご機嫌うかがいをしているようですよ」 「どしたん、話聞こか、ってか……。まだ若いのに、なんとなく、そういうの得意そうな雰囲気はあるよね」 第三王子のザナッシュ王子は、スキル【幻惑魔法】をもっていて、自分を魅力的に見せつつ、相手の心情を誘導する話術に長けているらしい。王城に出入りする貴族諸侯の中に、意外とザナッシュの支持者が多いのはその為だ。 「それじゃあ、迷宮に来てくれそうなのは、山西君だけかなぁ」 「一人取り込んで、そこから住んでいるところの写真でも送らせてみてはどうでしょう?」 「なるべく証拠を残したくないんだけど……しょうがない。写真に込める魔力をうっすくして、数日中に消えるように細工するか」 『栄耀都市カペラ』を実装したので、彼らを収容する第二のタウンエリア『ホーライシティ』の煌びやかさを、たとえ王城の人間が写真で見ても、おかしくは思わないだろう。 「よし。なんとか迷宮に入ってくれた時点で、こちらから接触しよう。無理に王城に乗り込む危険は冒せない」 「かしこまりました」 僕の家族に余計な危険が及ぶのを避けるために、王城にいる人間には、僕の顔は絶対に知られたくない。特に、いまは教皇国の人間もいるのだ。慎重に慎重を重ねる必要がある。 「そちらは任せた。僕は、次の迷宮を出しに行ってくるよ」 「お気をつけて、いってらっしゃいませ」 完成を待っていた、スキル封入用アクセサリーが、ついに僕の手元までやってきていた。 |