125 フェラーリな味方


 持ち帰った魔石でアイテムが作られるのを待っている間、また別の報告が飛び込んできた。
「カペラにジルベルトさんたちが来たか」
 オルコラルトとエル・ニーザルディアとの国境近くで別れた、アレイルーダ商会のキャラバンだ。
 彼らは無事に、エル・ニーザルディアの取引先まで到着し、商売を納めたのだが、貴族たちに乗っていた大山羊車を求められてしまった。
 貿易をしている商会にとっては帰りにも商品を積んでいく商売道具だし、この大山羊車がなければ次回からの取引はできない、仕組みなら職人ギルドに登録されているはずだと言っているのに、旅に必要な水や食料を積んでいた普通の大山羊車一台以外の、木材を積んでいた大型の三台ともを取り上げられてしまったらしい。
「ジルベルトは従業員の命を優先して、引き下がったそうです」
「それは仕方がないよ。命さえあれば、なんとかなる」
 あまりの酷さに沈痛な面持ちで報告してくるカガミに、僕も唖然とするばかりだ。
 ジルベルトは十名からなる従業員を引き連れて帰国の途に就こうとしたが、不穏を感じ取って国境検問所へは向かわず、噂に聞いていた出現したばかりのカペラへ直に向かった。そこでサクラ姐御の金剛会に保護されて、各地のダンジョンを自由に行き来できるゲッシ一家によって、リンベリュート王国側のダンジョンのひとつに送られたそうだ。
 全員無事に帰国できたことで、書状とショーディーメダルは回収されている。
「……これは、僕一人の手には余るな」
 ジルベルトから聞き取り、カペラからもたらされた情報に、僕は専門家を頼ることにした。


「ショーディー! 招待ありがとう! ああ、まさに想像以上の場所だったよ!」
 僕をむぎゅうと抱きしめ、ついでに高い高ーいと持ち上げてしまったのは、興奮収まらないルジェーロ伯父上。
「伯父上、恥ずかしいです!」
「久しぶりにスハイルを寄越してきたと思ったら、なんてことだ! 私の甥は世界一だ!」
 グルグル振り回されて僕は悲鳴を上げているのに、この人は聞いちゃいない。
 『栄耀都市カペラ』にある最上級グランドホテル「ダイヤモンドダスト」のロビーで、僕はルジェーロ伯父上から熱烈なハグをされているけれど、そろそろ降ろしてほしい。
 大小問わず劇場に備えられた舞台仕掛けや、役者たちの衣装はもちろん。カジノに誘う色鮮やかなネオン看板や、ライトアップされた広場の大噴水も、伯父上にとっては大好物なのだ。わかっていたとはいえ、これ以上振り回されると目がまわる。
「あのですね、僕には僕の下心があって、伯父上を呼んだんですよ」
「そんなことはわかっている。オルコラルトとエル・ニーザルディアが、この迷宮都市を狙っているとな。だからなんだ、私は子供に頼ってもらえる伯父さんだぞ。嬉しいに決まっている。しかも! なんだ、この都市は! 夢のようじゃないか!」
 ひゃっはー、じゃないんですよ、伯父上。お・ろ・し・て!
「ルジェーロ、そろそろ旦那様を降ろしてください。食事会に参加されるお相手を、お待たせしてしまいます」
「むっ、それはいかんな」
 やっと降ろしてもらえたけれど、足をつけたのがふかふかの絨毯だったせいもあるか、振り回されて三半規管に負荷がかかっていた僕はちょっとふらついた。
「では、行こうか。どんな面白い話が聞けるかな」
 足取り軽い伯父上に苦笑いを溢しつつ、僕たちはカペラの夜景を見下ろすレストランへと向かった。
 そこで待っていたのは、『栄耀都市カペラ』の市長モハベ。モハベはでっぷり太った巨体をスーツに押し込み、天井を向いた鼻が目立つ顔に胡散くさいほど大袈裟な笑みを湛えている。
「お待たせ〜。この人が、僕の伯父上だよ。こっちが市長のモハベ」
「お初にお目にかかります。リンベリュート王国で外交官をしております、ルジェーロ・マリューと申します。いつも甥がお世話になっています」
「これは、これは! ご丁寧に。『栄耀都市カペラ』を預からせていただいております、モハベと申します。恐縮です。私どもの方が、甥御様にお世話になりっぱなしなのですよ」
 案内されたテーブル席で椅子を引いてくれた男女が、そのままモハベの後ろに立つ。僕らの後ろにはスハイルが控えた。
 運ばれてくるコース料理に舌鼓を打ちながら、モハベが伯父上に今の状況を説明した。
「なるほど。エル・ニーザルディアの貴族どもは、すでに教会を掌握しているのか。たしかに、このままではオルコラルトが不利だな」
 ジルベルトがサクラ姐御にもたらした情報は、僕やモハベにも伝わり、こうして伯父上にも共有されることになった。
 エル・ニーザルディアで最新式の大山羊車を奪われたジルベルトだが、奪っていった貴族に、教会からの破門をちらつかされたそうだ。僧籍も持っていない平民なので、破門されたところで大きな損害はないのだが、異端者の烙印を押されたなら、収監される可能性や命の危険があった。
 堂々と処刑されるか、デッドオアライブで指名手配されて殺されるか、それだけの違いではあったが、面倒に思った貴族がすぐに刺客を送ってくることを恐れたジルベルトは、国境検問所ではなく迷宮都市に逃げ込んだのだ。
「伯父上、アレイルーダ商会の大山羊車を奪われたことは、国際問題になりませんか?」
「商会からの訴えがあれば、ならんこともない。が、このままでは、まず無理だろうな。いまのところ証拠がないし、オルコラルトとの戦争に、奪われた大山羊車が使われれば……いや、機構はギルドに登録されているのだったな。エル・ニーザルディアで作ったものだ、とシラを切られたら、それまでだ」
 全員逃げ帰れただけでも御の字だと伯父上は言う。
「ギルドがシリアルナンバーとか刻んでたらなぁ。それか、生産量がすごく少なくて、販売先がわかっているとか」
「ふむ。一応、職人ギルドに問い合わせておくか」
「ありがとうございます」
 昔から職人ギルドに伝手のある伯父上なら、奪われた大山羊車の特徴なども手に入れることできるだろう。今後の外交で武器になりそうな物なら、なんでも集めるに違いない。
「人間同士で争おうとも、我々の都市まちを侵略せしめようとも、冒険者がダンジョンから持ち帰らない限りは、『稀人の知識』は得られないというのに。困ったものです」
「冒険者が来ないと、迷宮都市も繁盛できないもんね」
「その通りでございますよ」
 実に嘆かわしい、とモハベは首を振りつつ、モリモリと料理を平らげていく。
「リンベリュートでも教会が動き出したが、成果は芳しくないようだな」
「そうでしょうとも。迷宮都市やダンジョンは、稀人様を軽んじるような輩を拒絶するように創られておりますれば」
「ほう」
「おや、ご存じではありませんでしたか」
 何も隠すことではないと、モハベはグルメニア教の聖職者たちは迷宮に入れないことを伯父上に説明した。
「迷宮は、教会や教皇国が、稀人を軽んじていると判断しているのですか」
「もちろんです。真に稀人様方を敬っているのならば、そもそも召喚などしませんよ。奴らが欲しがっているのは、稀人様がもたらす『知識』のみです。これのどこが、敬っているというのです。欲深な者どもの詭弁など、聞くに値しませんな」
 モハベの大きな鼻の穴から、ふんっと息が噴き出した。
「不勉強で申し訳ないが、そもそも、迷宮都市はどのような目的で造られたのだろうか。もちろん、『魔法都市アクルックス』は甥が望んだから出現した、というのは聞いているが」
「それにつきましては、残念ながらわたくしから申し上げることができません。なに、絶対的な秘密ではないのですよ。グリモワール『この世界の知識』の内、禁書と呼ばれるものに記されているはずです」
「禁書……」
 伯父上の目がキラリと光を宿したけれど、僕は笑って止めた。
「伯父上。そんな貴重なものが、その辺のダンジョンから出てくるとは思えません」
「そのとおり。そうですな、超高難度ダンジョン……それも、レベル九十九以上を要求するような、とてつもない場所でなら、手掛かりはあるかもしれませんな」
「なんと……それは残念だ」
 あからさまに肩を落としてみせる伯父上に、僕は後でこっそり、姉上と話してみるよう助言するつもりだ。姉上と伯父上なら、迷宮が何の目的で創られたのか、知ってもらってもいいと思う。
「そういえば、伯父上。僕は会ったことがないのですが、アレッサンドが冒険者ギルド職員になったそうですね。『葬骸寺院アンタレス』に、ヘレナリオ家の跡継ぎ殿と視察に来ていたと聞きました」
「なに、あいつがカリード様と? 失礼をしていないといいのだが」
 言葉とは裏腹に、伯父上の顔は全然気にしていなさそうだ。まあ、血が繋がっていないって、裁判で判決出たらしいしね。
「あー、面倒なことにならないといいが。いっそ、ここに移住できんものかな、ショーディー?」
「僕としては、伯父上には姉上をお助けしてほしいです」
「はっはっは。我らが都市を気に入っていただけたなら、これほど喜ばしいことはありません。いつでも歓迎いたしますぞ」
「モハベ殿は話が分かる御仁だ。いいじゃないか、ショーディー」
「もう! 王都の屋敷はどうするんですか。母上と相談してからにしてください。それに、もうすぐ戦争が始まるんですよ」
「うむ、急いで根回しをしてこよう」
「伯父上!」
 言い出したら聞かない伯父上に頭を抱えつつも、ここにいてくれた方が安全かなぁとも思ってしまうのだった。