127 家庭科のドラゴン


 『ひのもと町』にある琢磨の工房を訪ねた僕は、ビロードが張られたケースの中を眺めて唸る。
「うーん、いいねぇ。何度見ても、めっちゃ綺麗だ」
 ポイントエデンから持ち帰った魔石は、つるりとしたカボションタイプにカットされ、ブローチに加工された。見た目はまんまファイアオパールなので、台座もその妖しく美しい輝きに負けない金細工となっている。
 このブローチは、とりあえず四つ作られ、それぞれにスキル【不動の心】がインストールされている。僕の従者たちの装備品だ。
「従者用なら、あんまり凝った装飾にはしない方がいいだろ。ブローチなら、石のデカさもキープできるしな」
 宝飾品のデザインなら、琢磨がこの世界ではけた違いに頭抜けている。必要な仕様を満たしながら、実用に耐えうる品に組み上げつつ、その品が実際に外へ与える影響にまで考えが及んでいる。
「同じデザインの品なら、お前の従者だってまわりにわかりやすいだろう。それに、珍しい色合いでも同じ物があるなら、高価な宝石だと勘違いして、魔石だと気付かれにくいんじゃねーかな、ってのが、俺の考えだ」
「すごい。さすが琢磨」
「へへん。いい仕事だろ? もっと褒めろ」
 反らした胸よりも腹の方が出っ張っているが、琢磨がデザインしたブローチは、本当に綺麗だ。ソルとスハイルが付けるなら、タイピンとして。ハニシェとナスリンが付けるなら、やはりスカーフを止めるブローチとして使えるだろう。装着するにしても、とても自然だ。
「問題は、目立つせいで盗みの標的にされやすいってところだが」
「そこは、個人で強くなっているから、強盗には負けないかな。普段寝泊まりしているのも、箱庭とか迷宮の中だから……外に出た時だけ、気をつけるように言っておくよ」
「そうだな。カペラに行けば、もっと派手な物も買えるって宣伝できるように、俺も頑張るわ」
「ぜひ、がんばって。報酬弾むよ」
「おう」
 ニヤリと笑った琢磨のブランド「ジュエリーKANEKI」では、宝石を主体としたごく普通のデザインのアクセサリーに加え、蹄鉄や鍵、マーク、あるいは花や動物などをモチーフにした、ゲン担ぎアクセも作っている。
 この世界では、グルメニア教によって「土着の信仰は稀人の知識に対して不信心」とされ、迫害されてしまう。そこで、その言い分を逆手にとって、稀人の世界にだって、たくさんの宗教があり、迷信もゲン担ぎもあるんだぞ、と広めることにしたのだ。
「で、スキルの定着具合はどうよ? どこまで石を小さくできるか、そこが一番問題だろ?」
「うん。このブローチに対して【不動の心】は、問題なく入れられた。もっと小さくても……そうだな、三分の二くらいに小さくしても、ギリギリいけるかなぁ」
 ブローチに使われた魔石は、楕円の長い所が、だいたい四センチ。ブローチの装飾込みだと、大人の親指くらいの大きさがある。
「安全マージンを取るなら、このくらいのサイズにしておくべきか」
「そうだねえ。スキルのランクでも違うだろうけど、まだ詳しく検証してないし」
 僕らが悩んでいるのは、僕用の【偽装】スキル封入アクセサリーに使う、魔石の大きさだ。
 なにしろ、僕がお子様サイズなので、仰々しいサイズやデザインでは、明らかに不自然なのだ。かといって、所持品ではスキルが発動しないし、装備品でも落としたり奪われたりしないよう、常に身につけていられるものがいい。
「指輪じゃ小さすぎるし、ピアスは論外。バングルにこんなデカい物くっつけたら邪魔だ。ってなると、ペンダントが妥当なところだが、子供の体じゃアンバランスで不自然だ。で……こういうデザインはどうよ?」
 手元のスケッチブックにさらさらと描きつけてお出しされたデザインを見て、僕は思わず歓喜の笑い声を上げてしまった。
「なにこれ! かっこよすぎる!」
「ガキンチョの感性にクリーンヒット。家庭科のドラゴンみたいだろ?」
「それにしては厨二っぽいよ」
「装飾は銀もいいが、チェーンと合わせて総チタンでもいいぞ。酸化被膜で青く光らせてやる」
「あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛!!」
 スキル【彫金】を取得した琢磨なら、チタンの加工だってお手の物なのか。
 それはまるで、本当にドラゴンの魔石か、あるいは抱え込んだ卵のよう。
 翼のある竜が、魔石を包むように支えたトップ。首にかけるチェーンは三連になっていて頑丈そうで、魔石の大きさや装飾の重さに負けないだろう。
 ……しかしながら、これを極彩色にしたら家庭科のドラゴンだ。そうでないなら、昔のRPGに出てきたアイテムか、土産物屋の五百円ぐらいで売っているキーホルダーか。
(まあ、いまの俺は小学生サイズだし。こういうの嫌いじゃないし。むしろ密かに好きだし)
 それに、僕らからすれば家庭科のドラゴンでも、この世界の人間からすれば、禍々しく美しいと感じるかもしれない。
「どうせ大きくて重いなら、このくらい振り切れれば、誰が見ても迷宮産の特別品で、盗んでも足が付くってわかるだろ。フックは丈夫な奴にするし、体が成長したら調節できるように、アジャスターにしといてやる」
「神様仏様琢磨様」
「お供え物はビール1ケースでいいぞ」
「やっすいなぁ。つまみも付けさせろ」
 クスクス笑う琢磨に頭をガシガシ撫でられた僕は、お返しにぼよんぼよんの腹を肘でつついてやった。


「というわけで、ついに納品されました。なんだこれ。かっこよすぎて転げまわりたい」
 箱庭のリビングにて、みんなの前でじゃーん、とケースから取り出してみせた。僕専用【偽装】スキル封入ネックレスは、琢磨が描いたデザイン画どおり、青光りする竜が燃えるようなオレンジ色の魔石を抱えた、とてもかっこいいものに仕上がっていた。
「それは……呪いのアイテムか?」
「失礼なことを言うな、ソル」
 なんか、引きつった顔でとんでもないことを言われた。このかっこよさがわからんとは、男児失格ではないか?
「あ、こっちのブローチはみんなのね。一個ずつ持っていって」
 ブローチに入れられた魔石は、僕のネックレスに使われた魔石よりも、遊色がはっきり出る場所が使われていて、ひとつひとつが宇宙を覗き込んでいるように綺麗だ。
「このブローチがあれば、ミストの攻撃を受けても大丈夫……な、はず」
「あれは懲り懲りですからね。ありがたく拝借させていただきます」
 真っ先にスハイルが手を伸ばし、続いてハニシェとソルも手に取った。
「あの、私にも、いいんですか?」
「もちろんだよ、ナスリン。例えば、ファラを連れてミモザに行った時に、なにか予想もしなかったショッキングな出来事を目の当たりにしても、このブローチをつけていれば、落ち着いて対処できるはずだ」
「それは、嬉しいです」
 最後にナスリンもいそいそとブローチに手を伸ばし、四人で互いを見ながらブローとの位置を調整している。
 僕は僕で、『すごくかっこいいドラゴンのネックレス』と言われた(たぶん、琢磨の悪ふざけだ)マジックアイテムを首にかけ、スキル【偽装】を発動させてみた。
「ええっと、自分のステータスって、どうやって操作するんだ……うおっ!?」
 ペンダントトップである魔石に触れながらスキルに意識を向けたところ、僕自身が持つ概念やイメージがそうさせたのか、虚空にステータスウィンドウが出てきた。
「わぁお、まじで『GOグリ』っぽい……」
 いままで存在すら不確定だった詳細ステータスや、装備品が持つステータスまで見えた。
 詳しく調べなきゃいけないことが増えたけれど、とりあえずは必要な「転生者」と「(善哉翔)」にマーカーを入れて、偽装消去をかける。
「おいぃ? 琢磨ぁ……」
 装備品一覧の中で、燦然と輝く『義侠なる幻影竜の首飾り』という、派手に厨二病を発揮させたアイテム名。しかも、「ある義賊が友の為にデザインした。特に男児が装備することで、ちょっと気分が上がる」なんてフレーバーテキストまでついている。真名持ちアクセなんて聞いてねえ。
「これも、偽装できるかな?」
 僕は『義侠なる幻影竜の首飾り』にマーカーを置き、『すごくかっこいいドラゴンのネックレス』と偽装上書きをした。さらに、性能欄にある『スキル【偽装】』を、偽装消去して、ステータスの一部数値を偽装。
「ん、これで、大丈夫かな?」
 あとでイトウの所にある改良試作鑑定機で確認しておこう。
「ハニシェ、僕のネックレスは、服の下でずっと身に着けているものだから、外さないでね」
「お風呂や寝る時もですか?」
「偽装場所の再設定が面倒くさくなければ外すけど、とりあえず様子見で」
「かしこまりました」
 自分のものでないスキルを外付けで積んでいるのだから、操作に慣れるまではしばらくかかるだろう。