124 巨人からの視線


 僕が持ち帰った魔石を見て、まず感嘆の声を上げたのは、一番経済価値がわかるダイモンと、研究のためならなんでも持っていくイトウだった。
「いやぁ、これはこれは。凄いものを見つけられましたな!」
「やったー! ありがとう、ボス!」
「ダイモンがびっくりするほど、価値が高い? イトウ、ステイ。ステイ。あげるとは言ってない」
「ええ、それはもう。これは加工のしがいがありますぞ。各迷宮都市から、選りすぐりの魔石職人を集めなくては」
 興奮にたっぷりした頬肉と腹肉を震わせるダイモンに、僕も大きく頷いた。
「スキルを埋め込めるだけの大きさを確保しつつ、身に着けていておかしくないサイズに抑えたいんだ」
「これだけの魔力密度なら、問題ないでしょう。ボスは、伝説のドラゴンでも見つけましたかな?」
「伝説……なのかなぁ?」
 あの失われた楽園には、たくさんの魔石が残っていたことを話しつつ、視線をミヤモトに向けると、日に焼けた顔に小さな微笑みが浮かんだ。
「ボスは、そのたくさんの中から、どうしてこれを?」
「この子の記憶で、僕に空を飛ばさせてくれたんだ。綺麗な朝焼けの空でね。この子なら、一緒にいたいし、信頼できるかなって」
「そうでしたか。それはよかったです。きっとこの魔石も、ボスに選んでもらえて、喜んでいますよ」
 ミヤモトにそう言ってもらえると、ちょっと安心する。
「そういえば、魔石の残留思念は、僕見えたんだよな。ミストの残留思念は見えなかったのに。もしかして、僕の精神は人間よりも、魔獣に近いとか?」
 この世界の人間に対して人でなしな自覚はあるけれど、より原始的かというのもムカつくな。
「どっちかって言うと、この魔石を持っていた魔獣の方が、人間よりも高度な精神規格を持っていたんじゃない? なんか、長生きしてそうだしさ」
「そうですな。イトウの言う通りだと思います。これだけ大きな魔石を体内に持っていたとなれば、数百年から千年を生き、数々の魔法を操れた魔獣だったでしょうなぁ」
 相変わらずぺたぺたと魔石を撫でまわすイトウとダイモンの意見に、そういう可能性もあるかと、ちょっと気を取り直した。
「じゃあ、この魔石を使って、スキルを埋め込めるパーツを作ってくれ」
「りょっ! まかして!」
「了解しました。直ちにチームを組みます」
 クッションを挟んだカートに魔石を載せ、イトウとダイモンはいそいそとミニ会議室を出ていった。
「装備品への加工はこれでいいとして、あの場所の活用と保存についてなんだけど」
 ミヤモト、カガミ、ヒイラギの三人ともが、僕の計画に理解を示してくれた。
「迷宮が取得したデータによりますと、もうあの場所を護る者はいません。このまま迷宮に取り込んでおいた方が、魔石を狙う人間に対しては安全だと思います」
「魔族の観測確率を上げるという可能性も、私は賛成です。他の地域の監視を怠るわけではありませんが、手掛かりもなく監視しているよりも、ずっと重要であると思います」
「俺も同意見ですね。魔石が教皇国に渡るのを阻止できますし、なにより、魔族が現れた時に、我々への邪魔が入らなさそうなのが、一番の利点です。ボスのやり方で十分だと思います」
 僕は三人に頷き返し、ポイントエデンあの場所の秘匿を決定した。
 その時、重い足音と共に、ダイモンが小走りで戻ってきた。
「いけない、いけない。ボスに報告があったのでした」
「どうしたの」
 職人の招集は済ませたらしく、ダイモンはミヤモトを魔石に宿る魔力の解析のためにイトウのラボに向かわせてから僕に向き直った。
「迷宮都市の話です。カガミからも報告があるかと思いますが、意外なお客様がいらしたことと、好ましくないお客様の来訪予定がありましてな」
 どうやら僕が魔石探しをしている間に、あちこちで迷宮都市に絡む動きがあったらしい。
「まず、『魔法都市アクルックス』の魔法学園に、魔法使いが何人か入学いたしました」
 モンダート兄上と共に、稀人の召喚儀式に参加した魔法使いの何人かが、アクルックスへ入ることができたようだ。これは、魔道具職人になるための特別枠を用意したことが活きてきたようだ。
 冒険者証を持つ者しか迷宮都市に入れないが、一般の冒険者には害獣を退治するノルマがある。いくら湯治基金制度を作って障毒のリスクを減らしたとしても、元々魔法使いはスキル鑑定を受けられるほど裕福な家出身者ばかり。冒険者という職業に忌避感を持つ者も多いのだ。
 そこで、害獣と戦うリスクを回避してアクルックスで魔法を学ぶ抜け道として、職人ギルドに登録し、魔道具職人見習になる方法を用意した。これは僕の予想以上にウケがよかった。なにしろ、魔法使いでも、軍人や冒険者のように戦うのが嫌な人間もいる。需要が高まっている魔道具職人になれば、迷宮都市の外でも食っていくことに困らないばかりか、工房を開いて親方マイスターとして尊敬されるのだ。
 実家が裕福でも、跡継ぎでない魔法使いなら、この機を逃せないだろう。
 あの時王都で、兄上を侮らずにアクルックスの情報を得ていたのだから、なかなかの嗅覚をしていたと言えるかもしれない。
「次に『葬骸寺院アンタレス』ですが、カリード・ヘレナリオと一緒に、アレッサンドが来ました。いやぁ、生きていたんですねえ」
「カリードは、ヘレナリオ家の跡取りだよね。双子の片割れの。……アレッサンド?」
 誰だっけ? 聞いたことがあるような……と頭の中の名簿をひっくり返す間もなく、苦笑いを含んだカガミの声が正解を答えてくれた。
「ボスの書類上の従兄弟だった方です」
「……ああ! ヒッキーだった方か。会ったことないから、忘れてた」
 エレリカ伯母上の二人の息子の内、兄の方だ。マリュー家の屋敷に逗留していた時にも顔を合わせなかったので、すっかり記憶から抜け落ちていた。
「カルローには嫌な思いをさせられたけど、アレッサンドの印象がなかったからなぁ。どんな人だった? ってか、なんでアレッサンドが公方家の跡取りの側にいるのさ?」
 アレッサンドもカルローも、すでにマリュー家からも放逐されており、実父の家系がスキャンダルと共に受け入れていなければ、身分も平民のはずだ。それが、なんだって公方家を興した王女の息子と一緒にいるのか。
「冒険者ギルドの職員だそうですよ。口数は少ないですが、カリードと共に横柄に振る舞う事もないそうです。カリードとの主従関係にはないのですが……まあ、ギルドが付けたお守役なのでしょうな。なんでもカリードは、母親の健康を取り戻すために医療知識を得ようと、一人で領都から来たらしいですよ」
「一人で!?」
 カリードと双子のカレンは、僕と同じくらいの年齢だったはず。まだ八歳じゃなかったかな。
 それなのに、一人で迷宮都市へ乗り込もうなんて、凄い度胸だ。しかも、お母さんに元気なってもらいたかったからなんて、泣ける話だ。
 僕は素直に感心したのだが、周囲の側近たちの眼差しがなぜか物言いたげで、ヒイラギは笑いをこらえてそうな顔をしながら言葉に出してくれた。
「ボスは五歳で家出されたようですが」
「んがっ!? そ、それは、一人じゃないし! ハニシェが一緒だったし、その頃にはハセガワやカガミもいたし!」
 それに、僕の家出は使用人たちが支度をしてくれたし、無謀じゃないぞ。ちゃんと、お坊ちゃん仕様の家出だったぞ。
「おほん。まあ、事情は分かった。セーシュリー様は産後から体調が思わしくないと聞いているし、関連する『稀人の知識』が出やすくしてあげてもいいかな。それから、カガミ。ヘレナリオ家の屋敷の監視を強めて。万が一、がある」
「母親のセーシュリーが害されている可能性ですね。かしこまりました」
 単に産後のケアが不十分だったせいで弱っているなら、稀人の知識で持ち直す可能性はある。だけど、最初から害を及ぼすつもりで、何者かが手を下していたならば、カリードのがんばりが無駄になる。
「アレッサンドも真面目に社会復帰しているなら、僕から言う事は何もないよ。まわりに迷惑をかけずに働けているなら、いい事だ」
 僕や迷宮都市に対しても害意があるわけじゃなさそうだし、温かく見守ってあげるとしよう。
「現在の迷宮都市は、こんな所です。王都周辺のことは、カガミから」
「はい。まず、マナ王太子妃が、子供と一緒に領地を出ました。間もなく王都入りします」
「おお。やっぱり呼び出されたか」
 王孫の護衛として稀人が召喚されたので、王城に戻らざるを得なくなったのだ。せめて、実家から信頼できる使用人をたくさん連れていければいいのだが。
「次に、王城に居る稀人様方が、冒険者ギルド長ポルトルルと、公方家当主ラムズス・ヨーガレイドと接触しました。霞賀様と山西様が、迷宮都市とダンジョンについて、積極的に情報を集めていましたね。それから、こちらからのメッセージを、消極的肯定として裏取りできたようです」
「ポルトルルたちじゃ、立場上、明言できないからなぁ。このまま王太子妃が来ると、王城から出られなくなるし、そろそろ焦りだすかな」
「しかし、実力行使も難しくなっています」
 カガミの眼差しが、すっと鋭くなる。
「ミシュルト大司教に、迷宮都市とダンジョンから『稀人の知識』が出ることが伝わりました。全国の教会に、迷宮都市への調査命令が出ています」
「それが、ダイモンが言っていた、好ましくない客か。どうせ、入れないでしょ?」
「はい。グルメニア教に僧籍を持つ者は、迷宮から弾かれています。教皇国の重装兵すらも」
 迷宮に拒絶されて不快感をあらわにする、ミシュルトをはじめとした聖職者たちを想像して、僕は顔がニヤニヤと歪むのを止められない。
 いよいよ、教皇国が僕らを認識したのだ。