122 貴重な素材


 旧ニーザルディア領を進むにあたって、この世界の人間であるソルとスハイルとハニシェには、特別な装備が必要だとわかった。
 “障り”と残留思念の混合物であるミストを、すべて回避できるとは限らない。刺激による成長を阻害するのは仕方がないが、致命的な状況に陥るくらいなら、完全防御を優先するべきだ。
 そして、僕にも鑑定を誤魔化すアイテムが必要だという事も、発覚している。
「だぁ〜〜〜、無理だぁ〜〜〜〜」
 アトリエのパソコンモドキの前で突っ伏しているショタが一匹。
「……スキルに耐えられる素材がねえ……」
 はい、行き詰っています。
 属性石で魔法が発動するし、スキルスクロールも作れるんだから、スキル効果を持たせた装備品も作れるだろうと思ったのに、無理だった。
 属性石は、所詮、触媒や外付け動力でしかない、消耗品だ。それらがなくても、自前で半永久的に使えるというのが、魔法系スキルなのだ。
 スキルスクロールは、あくまでスキルの所有権を付与するという態で、非常に強い魔力を宿した紙で作ることができた。しかし、スキルそのものを宿すには、僕が持っている素材はあまりにも脆かった。
「いまのダンジョン産モンスター素材じゃ、弱い。もっとこう、千年以上生きたエンシェントドラゴンの魔石みたいな……。いや、そこまでではなくても、いい感じにスゲーのでないと……」
 僕が迷宮を創り始めて、まだ二年。迷宮を創ることに注力してしまって、その中で醸造されるアイテムについては、まだ若すぎるのだ。
 あと十年か二十年くらいすれば、高難度指定ダンジョンのボスモンスターの魔石が、そのくらいに適してくるかもしれないが、そんなに待っていられない。
「……こうなったら、一狩り行くか」
 迷宮にないなら、秘境にいる魔獣を狩ればいいじゃない。
(それが簡単にできたら苦労はねーんじゃぼけぇぇぇぇぇぇ!!!)
 心の中で一人漫才を繰り広げつつ、僕はうんうんと頭を抱えた。
 狩るための魔獣を探すのも苦労だろうが、大きな問題は別にある。魔獣の生息地に迷宮が作れるほどの“障り”がなかった場合、危険が迫った時に僕が緊急避難できないのだ。
 星を巡る流れにまで“障り”が混じっている現状で、その可能性は低いとはいえ、ゼロではない。僕が巨大魔獣にぷちっとやられてしまう危険は犯せないが、いまのところ、方法がそれしかないので困っている。
「はぁ……。漁師に深海のテンタクル本体と戦ってもらうわけにはいかないしな」
 あれは足を切り取ってこそなので、本体を倒してしまってはいけない。そもそも、海中にいる本体の倒し方もわからんけど。
 漁師が狩っている他の魔獣から魔石が取れていないかと思ったんだけど、セーゼ・ラロォナのように教会の力が強い国では買い取られ、それ以外の国ではだいたい海に捨てられてしまっているらしい。
 というのも、魔石は食べられない内臓の中に存在するらしく、それを知らない漁師なら、臓物と一緒にまとめて捨てても不思議ではない。
 また、僕が必要としている魔石は高純度なものなので、外海で長く生きている魔獣ならまだしも、オルコラルトが接している内海では深海のテンタクルくらいしか望みがない。
「僕らが行けそうなところに、ちょうどいい魔獣はいないかなぁ」
 彩香さんから譲り受けた『フェイネス魔獣・害獣図鑑』をめくって探すが、ピンとくるものがなかなかいない。
「……。こういう時は、手近なところから、とりあえずやってみるもんだ」
 僕らの攻撃が、魔獣に対してどのくらい通じるかもわからないのだ。いきなり強そうなヤツに挑むのは避けるべきだし、段階的にステップアップすれば、僕の従者たちも強くなっていくだろう。
「海はちょっと置いておいて、地上で、魔獣がいそうな秘境……。そうだなぁ……」
 地図と図鑑を見比べてみても、これから進む先のプルタンド山脈やトルマーダ砂漠でないなら、祖国リンベリュートの西側しか、僕がすぐに行ける場所はない。そちらには、前人未到の山脈が連なっており、魔獣はいるだろうけれど、地図すらないのだ。
「ま、行ってみるしかない。凹んでいるソルたちのウォームアップにもいいでしょ」
 秘境に眠っているオタカラ資源を独り占めできると考えれば、少しはやる気が出そうな気がしないでもない。

「というわけで、魔石を持つ魔獣の存在を探るため、我々はアマゾンの奥地へと向かった」
「アマゾンって、なんですか?」
 ソルがいつも通りのツッコミをしてくれたので、だいぶ元気になってきたようだ。
「情けない話ですが、もう一回あの状態になるくらいなら、魔獣でもなんでも相手に戦いますよ」
「よほど辛かったんだな」
「ええ」
 しんどい時間を思い出したのか、スハイルの目が虚ろになっている。
 誰だって、心が折れれば長く鬱を患う。いわんや、精神面の弱いこの世界の人間なら、ミストの攻撃でイチコロなのだ。
「どうして、自分の身に起こったことでもないのに、あんなに気分が塞がったのか……。その後で、旦那様にご迷惑をおかけしたことが申し訳なく、さらに嵌っていってしまって」
 負のスパイラルに陥って、なかなか浮上できなかったらしい。その状態は理解できる。
「もう気にしないでよ。あの攻撃は、憂鬱な話を繰り返し聞かされたようなものなんだから。無理やりそんなことされたら、誰だって調子が落ちるよ」
 大きな災害のニュースを見て、心身に異常をきたすほどのショックを受けてしまったようなものだ。感受性が高いこの世界の人間なら、当然の結果ともいえる。
 被害を受けたソルとスハイルによると、ミストの残留思念は、当時“障り”から逃げきれなかった人々の絶望や、害獣になってしまった生物の苦痛だったらしい。僕の迷宮に“障り”を吸収されることと、迫りくる死の恐怖の記憶が重なり、あの発狂状態となったのかもしれない。
「人間って、“障り”だけで死ぬのかな?」
「それは聞いたことがないです。害獣の障毒で死ぬか、大地が実らなくなって、飢えて死ぬからです」
 首を振るソルに、僕もそのはずだと思っている。
 ただ、ロロナ様から伝え聞いた、「息ができないほどの“障り”」という状態が、どうも気になっていた。僕らが旧ニーザルディア領に行った時、辺境とはいえ、そこまで“障り”が濃いとは思わなかったのだが……。
(まあ、ポルトルルみたいに“障り”が見えるわけじゃないし、実際はわからないけど)
 生物自体が生存しにくいのか、害獣に遭遇することもなかったのが、今思えば不気味だ。
 もしかしたら、その濃い“障り”が凝って、ミストになったのかもしれない。それはそれで、恐ろしい可能性ではある。
 とりあえず、僕の護衛が復活したので、魔獣探し探検隊をすることにした。

 まずは、土地勘のある所から行ってみることにした。
「やあ、久しぶりに来たけど、あんまり変わってないな」
 ここはブルネルティ領の南端、鉱山の町コロンの外れ。以前、兄上が地中探査を行って、燿石が魔力を乱すと発見した、あの場所だ。
 すでに鉱山の喧騒からも離れているが、見晴るかす山々はもっと遠い。
「ハニシェ、どの辺りまで人の手が入っているかな?」
「私が知っている限りでは、あの切り立った場所の上辺りまでです。その先には、小さな湖が見えると聞いていますが、人が歩けそうな道がないそうです」
「おお、けっこう遠くまで調査はされているんだな」
 ハニシェが指差したのは、ちょっと特徴的な、出っ張った山肌があらわになっている場所で、木材が切り出された範囲からは尾根を二つほど越えている。
 ろくな道も整備されていないので、普段は猟師くらいしか入り込まないだろう。
「よし。まずはあそこまで行ってみよう」
 僕は特徴的な形の崖の上に迷宮を繋げ、みんなで移動した。
「おおー。さっきまで僕等がいたのは、あそこか」
 意外と広かった崖の上から振り返ると、木が刈られた山肌と、その間を通る細い道が見える。
 視線を反対側に向けると、たしかに、水面のようなきらめきが、遠くの山間に見えた。
「あれが湖かな。じゃあ、次はあそこまで行くから、みんな、警戒よろしくね」
「「「はい」」」
 大山羊車が入れないような山の中を、僕たちは害獣や魔獣に遭遇しないか気にしつつ、迷宮の扉だけでワープして進んでいった。
 深い森の中は、さまざまな生命に溢れ、害獣となる前の獣や虫たちとよく遭遇し、そのたびに感嘆と喜びの声を上げた。この秘境には、まだ“障り”が薄く、この世界本来の生態系が活きていたのだから。

 しかし、それを一週間、二週間と続けても、僕たちはついぞ、魔獣を見つけることはできなかった。