115 同郷との語らい
僕は半月に一度は時間を繰り合わせて、タウンエリア【ひのもと町】で、稀人たちと食事をすることにしている。
そこで互いの情報を交換するのが目的だけど、彼らのメンタルケアの一助になればと思ったのだ。 今日の会場は、ひのもと町駅前のビルにある中華レストランにした。 「んん〜! おいちいぃ!」 豆板醤もラー油もオイスターソースも、その他の中華料理に使う調味料や出汁を、七種さんはたくさん作ってくれた。ついでとばかりに、レシピも何枚か追加してくれた。おかげで、僕の舌の記憶では再現不可能な、日本版本格中華料理をいただける。 「七種さん、ありがとうございます」 「どういたしまして。私は案内所の依頼をしただけだし。……でも、ふふっ、喜んでもらえるって、嬉しいわね」 いま食べている、あんかけかに玉のように、ふわりと蕩ける様な七種さんの笑顔が眩しい。 「へ〜。やっぱり巨大タコっているのねぇ。しかも食べられるなんて、さすが異世界。ロマンだわ」 深海のテンタクルの話を聞いた水渓さんは、感心しながら大きな餃子をハフハフと食べている。 「ダイオウイカは、アンモニア臭くて食べられないんですよね?」 「たしかにそうなんですが、大きさの問題を除けば干物に加工できますよ。それに、最近になって、美味しく食べられる方法が見つかったんです。ただ……やっぱり下拵え中は、ものすごく臭いらしいですよ」 「ははっ。スルメなら齧ってみたいですなぁ」 僕も枡出さんのように食べられないと思っていたが、苦笑いで教えてくれた七種さんによると、調理法は一応あるらしい。 「ダイオウイカって、スーパーで見たことないなぁ」 「生息場所が深海だから、それだけを狙って漁をするような魚じゃないと思うな。それに、調理方法がお手軽じゃないと、市場に出しても買ってもらえないからね」 「そうなんだね」 彩香さんの疑問に僕が答えると、ちょっと食べてみたかったなと笑った。 食べてみたい気持ちはわかるけれど、料理中に“障り”避けの臭いが充満するのは勘弁してほしい。せめて、下拵え完了の段階まで工場でオートメーションしないと、ダイオウイカが食用として市場に出回ることはないだろう。 「へ〜。じゃあ、こっちの巨大タコは、そこまで臭くないんだな。なんでだろうな?」 エビチリを堪能していた琢磨に、僕も青椒肉絲を呑み込んでから、少し首を傾げた。 「たぶん、魔力のおかげっていう、ファンタジー要素じゃないかな。常に何かの魔法を発動して調整できるから、地球の海洋生物ほど、浮力や水圧への対応を肉体に直接備えなくていいのかもしれない。ちゃんと調べたことないけど」 ダイオウイカは浮力を得るために、体内に空気よりも軽いアンモニアを備えているらしい。浮袋を備えた魚もいるし、人間だって酸素を運ぶために血液に鉄分を含んでいる。 そういう、僕らにとって常識のことが、この世界では魔力を織り込んだうえでの常識になっている可能性はある。 (そういえば、彩香さんにもらった『フェイネス魔獣・害獣図鑑』に、そういう事も載っているかも。あとで調べてみよう) 旧ニーザルディア領へ行くために、陸上の害獣のことばかり気にしていて、海洋の魔獣については、頭からすっぽり抜けていた。 「で、もう海辺からは離れたのか?」 「うん。オルコラルト国からも出るところだよ。その隣の、エル・ニーザルディア国には行かないつもり。貴族の力が強すぎて、平民は奴隷扱いなんだって。せめて大人になってからじゃないと、いまの僕じゃ人攫いが怖いってさ」 「ひでー国だな」 「わかっている危険に近寄らないのは賢明です」 琢磨は顔をしかめるし、枡出さんも僕の判断を支持してくれた。 「そういえば、教会はどうなの? アタシたちがいなくなって、教皇国? からの応援が来るって言っていたじゃない?」 水渓さんの疑問に、僕も少し困っていると頷いた。 「そうなんですけど、なかなか情報が集まらないんですよね。派閥争いでもやっているのか、それとも迷宮のせいで情報が錯綜しているのか、よくわからないんですけど」 「微妙な話よね。軍隊なんか派遣したら、戦争になりかねないし。かといって、現地が要求している人員より少なかったら、稀人を軽んじているとか非難されそうだし」 「派遣される人間の階級によっては、すでにいる奴らともめそうだしな」 七種さんはうーんと唸り、琢磨は皮肉気に笑う。 「旅をしているショーディーくんは、危なくないの? 軍隊に捕まらない?」 心配してくれる彩香さんに、僕は大きく頷いた。 「大丈夫だよ。僕がこれから行くところには、人間が住んでいないはずだから。教皇国の軍隊が来る頃には、全然別の場所にいるよ」 「そう、よかった」 ほっと息をつく彩香さん。心配してもらえるって、嬉しいな。 「ああ、これは参考になるかわかりませんが……。もし、さっき言っていたような、貴族の力が強い国に行くとしたら、教会の力も……特に、武力を持っていて強いかもしれないですね」 「え!?」 意外なことを言い出した枡出さんに詳しく聞くと、地球でもあったことだそうだ。 「歴史の授業で、一向一揆とか、比叡山延暦寺の焼き討ちとか、習いませんでしたか?」 「習いました。戦国時代の話ですよね」 「そうです。当時、寺院が多くの荘園や武力を持っていたのは、公家や武家からの出家者が多かったから、というのも理由のひとつです」 清貧を旨とする僧侶になっても、特権階級にいた頃の習慣やコネが抜けなくて、次第に俗悪な僧侶が増えていったらしい。 「そういやぁ、坊主になった戦国武将なんて、いっぱいいたな」 「隠居したとか、家から追い出されたとか、家督が継げない生まれだとか、理由は色々ありますが。僧侶は読み書きができる、知識階級でしたからね」 歴史の授業は苦手でも、戦国武将はかっこいいから好きといっていた琢磨らしい言葉に、枡出さんも微笑みながら頷いた。 「この世界の貴族が進んで僧侶になるかは知りませんが、稀人の知識を独占する教皇国に近付く、という理由も考えられます。もしもそういう土壌があるならば、他の国に行く時も注意が必要だと思います」 「はい。枡出さんの言う通りだと思います。十分に注意します」 オルコラルトでは豪商の才がない子息が役人になって、賄賂を要求することがあったように、エル・ニーザルディアでは貴族が僧侶になることで、教皇国との癒着が進んでいる可能性がある。それを気付かせてくれた枡出さんに、僕は深く感謝した。 「そっかぁ、教会って、お布施以外に、そうやって貴族と仲良くなるんだね」 僕の隣で、ふむふむと頷く彩香さん。日本の中学生ではなくなってしまったけれど、この世界でも積極的に学びを得ようとしているらしく、とても微笑ましい。 迷宮案内所から彩香さんに出した、音楽関係の依頼も少しずつこなしてくれているようで、初めて会った時よりも笑顔に元気や無邪気さが戻っているように見える。 「ところで、カペラの使い勝手はどうですか?」 少し前に地上に出現させたカペラだが、稀人たちにはその前に観光してもらい、特に自分のブランドを持つ予定の水渓さんと琢磨は、ショーの会場やスタッフとの連携を確認していたはずだ。 「もう最高よ! 毎日が忙しくて、あれもこれもアイディアが出てきて止まらないわ。みんな協力してくれるし、夢のようよ!」 目を輝かせて、全身で大満足だと言ってくれる水渓さんに、僕も思わず笑顔になる。 「アクルックスやアンタレスにも行って、この世界の感覚とかトレンドとか需要とかを調査しているんだ。町のアルカ族には、毎回護衛と案内についてきてもらって、感謝してるよ」 こちらも満足していると笑う琢磨の言う通り、護衛をつけてさえいれば、稀人が各迷宮都市に行くことを僕は制限していない。 アルカ族に混じって、この世界の職人や冒険者から話を聞いたり、意見交換をしたりしているそうだ。アクルックスに作った博物館で、ロロナ様が持ち込んだロイヤルアイテムを見たと聞いて、僕も収蔵したかいがあったと嬉しくなる。 「そういやぁ、ショーディーが創った迷宮都市って、『GOグリ』がモデルなんだろ? 俺はプレイしてなかったから知らないが、アルカ族もそうなのか?」 「ううん、違うよ」 僕は琢磨に首を横に振ってみせ、明確に否定した。 「『GOグリ』をモデルにしたのは、建物の外観とか、町の雰囲気とか、エッセンスだけ。ゲームに出てくるNPCは作ってないよ。ここは、ゲームの世界じゃないからね」 迷宮都市に住んでいるアルカ族の姿形も、僕が勝手に作っただけで、ゲーム内にあった種族を忠実に再現したわけではない。 「『GOグリ』を知っていた稀人が来た時に、勘違いするかもでしょ? だから、あえてゲームの登場人物は、一切作ってないんだ」 「なるほどな」 理由に納得してくれたようで、なにより。 ついでに言うと、僕の側近級アルカ族が、全員、地球ではすでに亡くなっている人の姿であることも、ちゃんと理由がある。 (生前の彼らと知り合いならまだしも、生きている人をモデルにしてご本人が来ちゃったら困るからな) それでも、一緒に迷宮を創る部下たちに、日本人の姿をさせたかった僕のわがままを、どうか許してほしい。 |