114 そして荒野の奥へ
僕がアレイルーダ商会を優遇したのは、もちろん王都リーベでの融通を期待したからだ。
カレモレ館をまた借りるでもいいし、そこを僕の家族が使って活動する時も、アレイルーダ商会が歩調を合わせてくれるなら心強い。 アレイルーダ商会の方も、迷宮都市とつながりがある僕と仲がいいのは、大いにメリットのはずだ。なにしろ、リンベリュート王国内では、商業ギルドは迷宮都市をめぐる商業圏から、完全に締め出されているのだ。 「味方は多い方がいいよね!」 「お顔のセリフと合っていませんよ、旦那様」 「えー。スハイル、僕の顔、なんて言ってる?」 「手駒は多い方がいいよね、でしょうか」 「いやん、当たってるぅ!」 この美人な侍従は、なんでこんなに鋭いのだろうか。 ハニシェなんか、僕の魔王な顔見てもわからないんじゃない? まあ、「全部含めて、坊ちゃまですから」とか言われるかもしれないけど。 「とはいえ、いささかアレイルーダ商会に有利すぎませんか?」 「そうでもないよ。下手したら、お家騒動になりそうな種を仕込んだんだもの」 目を瞠るスハイルに、僕は大山羊車の揺れに合わせて体を揺らしながら微笑んだ。また悪い笑顔になってないといいのだけれど。 「ジルベルトさんってね、アレイルーダ商会の先代商会長の隠し子なの。とはいっても、いまの商会長たちも知っていることだけどね」 「……なんとなく、察しました。そのせいで、長距離交易に就かされていたのですね」 「正解」 ジルベルトは幼いころからキャラバンにいたと言っていたが、それは本家から強く排除されるのを避けるためだったのだろう。本家は本家で、ジルベルトに国内で地盤を固められないように、長い交易路のどこかで不慮の死を迎えてもいいように……そんな思惑があったのだ。 「エル・ニーザルディアとオルコラルトが、迷宮都市を巡って戦争になったら、当然交易路は途絶えることになる。ジルベルトは商会内で居場所を失いかねないけれど、僕との縁を持っていたらなら、どうだろう?」 「ジルベルト氏を迎え入れ、旦那様やブルネルティ家との窓口にするでしょう。そうはならずに、激しい身内の争いになったとしても、旦那さまから商売のタネを得ているジルベルト氏なら、独立して事業を起こし、旦那様との縁を大切にするはずです」 「そう。どちらに転んでも、僕の不利にはならないし、ブルネルティ家の不利益にもならない。そして僕は、将来エル・ニーザルディアに入国することになった際の、裏切らない案内人を得ることができる」 「そこまで……」 僕が考えていたらなら、立派なもんだけどね! スハイルは絶句して感心してくれたけど、当然、ヒイラギの頭から出てきた策だ。僕がそんな先のことまで考えられるわけないでしょ。僕の参謀殿が有能なだけだよ。 冒険者や職人たちが来て、いい感じに回り始めた『魔法都市アクルックス』の監督は、いまは経済担当のダイモンに任されている。 ヒイラギは、シロやカガミから集めた情報から今後の戦略を練っていて、「こういう事があったら、こう動け。その理由はこれこれだ」ってパターンを、僕にたくさん挙げてくれているのだ。 僕はそれらを頭に叩き込んで、あれこれシミュレーションしながら、出会う人たちと渡り合っているだけだ。 「まあ、何事も、都合よく行くことばかりじゃないよ。用意した伝手がフイになることだってある。だけど、何もしなければ、なんの結果も得られないからね」 「その通りでございますね」 スハイルは賛同してくれるけれど、僕も前世で税金のかからない三億円が当たりたい人生だった。宝くじ自体を買ってなかったけどさ! 翌日には、僕らの大山羊車はエル・ニーザルディアへ向かう道から外れ、人もいない荒野の中を進むようになったので、御者台にはソルとスハイルが座り、箱車の中にはハニシェが控えるようになった。 「外は寂しい風景ばかりです」 「そうだねえ。もうちょっと雄大な眺めを期待したんだけどな」 グランドキャニオンとまでは行かなくとも、人がいなくなった自然の美というものを見てみたいとは思っていた。 しかし、実際のカルモンディ渓谷は本当にただの荒れ地で、禿げ散らかした乾燥した大地に、大小の岩が転がっているだけ。かつては川だったと思われる、砂に覆われた色違いの地面が、道のように遠くまで続いていた。 空気はどんよりと冷ややかで、奥に進むほどせり上がってくる両側の山影になるせいで、どうにも陰気な雰囲気だ。まともな姿の野生動物の姿は見当たらず、時折害獣が襲ってくるばかりだ。 この奥は、旧ニーザルディア国に通じており、僕らがこれまで通ってきた南側は、水に削られた凸凹の低地になっている。エル・ニーザルディアとオルコラルトの国境は、ちょうどまわりと同じ高さになった場所なのだ。 「昔の貴族が、こんな谷底を逃げてきたなんてね」 「オルコラルトとの境は大森林、リンベリュートとの境は険しい山岳と大渓谷ですから。大荷物を積んだ馬車で逃げるには、この道が一番楽だったのでしょうね」 大森林の中を行く方法もあったのだが、かつてはあった細い道も、いまは旧ニーザルディアまで繋がっているかわからなかった。そこで、一番道に迷う可能性が低いこのルートを、僕も通ることにしたのだ。 「国を捨てて逃げ出さなきゃいけないほどの“障り”って、どのくらいなのかな」 「私には想像もつきません」 子供だったライノとロロナ様が害獣に襲われたような、そんな危険が日常的にあちこちであったのだとしたら、とても住んでなどいられないだろう。 いまこうして進んでいるカルモンディ渓谷も、かつては緑あふれる豊かな土地だったという。 (ソルとナスリンによると、“障り”のせいで土地が痩せるけれど、教皇国の巫女がそれを回復しているという……。どうやっているんだろう?) 物理的に土壌改良するようでもないし、“障り”を浄化するなんて魔法やスキルは、僕のラビリンス・クリエイト・ナビゲーションの中には確認されなかった。巫女だった者たちの魂も見つからない今は、勝手な憶測は控え、もう少し情報を集める必要があるだろう。 そんなことを考えていたら、がったがったと揺れる大山羊車が停止して、スハイルが箱車の外から声をかけてきた。 「どうしたの?」 「道が塞がっているようです」 「うぇ……」 確認のために外へ出てみると、土砂崩れでもあったのか、たしかに根こそぎの大木や岩で道が塞がっていた。周囲にも岩や丸太が転がっていて、このままでは進めない。 「ふむ、仕方がない。とりあえず、今日はここまでにしよう。“障り”が濃い場所に近付いているんだし、みんなもしっかり体を休めてね。少しでも具合が悪くなったら、すぐに知らせてね」 「「「はい」」」 従者たちの返答にひとつ頷くと、僕は箱庭への道を開いて、エースが牽く大山羊車を進めた。旅はそう急ぐものでもないし、安全に進むことが一番だ。 とりあえず、僕はオルコラルト国での目的を達成した。 あらかじめ目星をつけていた土地をまわり、いくつかの冒険者が侵入するのに面倒だった場所は別の所に変更して、そっとダンジョンを実装する。そして、広大なカルモンディ渓谷に、巨大な迷宮都市『栄耀都市カペラ』と『背徳街カペラ』を出現させた。 僕に宣言したように、すぐさま冒険者ギルド長であるロゼ自らが調査に向かい、カペラがアクルックスと同じような「迷宮案内所」と専用ダンジョンを備えていることを確認した。 同時に、谷の上にあり大きなビルが立ち並ぶ、不夜城の如き煌びやかなカペラと、崖に張り付くように存在する、治安の悪いカペラを見ることになる。そして、水が流れている音は聞こえるものの、真っ暗で何も見えない谷底も。 カペラの迷宮案内所で、すでに国内にいくつものダンジョンが出現していることを知ったロゼは、部下の一部をカペラ調査に残して直ちに首都ミリオニアに取って返し、オルコラルト国内での冒険者たちの指揮を執り、同時に各ギルドとの調整に入ることになる。 ポルトルルの薫陶を受けているらしい彼女の有能さに、僕はあらためて感心するのだった。 (やっぱ、小さい頃から魔獣を食べていると、あのくらい体が立派になるのかな?) ロゼといい、港町ムタスの漁師たちといい、みな立派な体つきをしていた。もちろん、魔獣の肉も魚肉と区別をつけずに食べていたからだけではないだろうけれど、基本的なバイタリティがかなり高そうに見えた。 (今のうちに、たこ焼き器作っておこう) 深海のテンタクルではなくても、ダンジョン産のタコとたこ焼き器があれば、ゲッシ一家の誰かがたこ焼き屋を始めるかもしれない。 僕はタコパを夢想しつつ、自分の仕事を片付けるためにアトリエに籠るのだった。 |