108 ムタス冒険者ギルドにて
翌日、僕は試食用のタコ足唐揚げを持って、冒険者ギルドへ向かった。
「お初にお目にかかります。オルコラルト国冒険者ギルド長の、ロゼと申します」 「ショーディーです。はじめまして」 現れたのは、高身長筋肉美女。なんと、スハイルと同じくらい背が高いし、盛り上がった筋肉が服地の上からでもわかる。日に焼けて脱色した髪は軽くまとめられ、ギリギリごつくない彫りの深さの顔立ちはキリッとしている。 「お呼びたてした上にお待たせしてしまって、大変申し訳ありません」 「いえ。こちらこそ、ご足労をおかけしました」 応接室には、僕らと、ロゼギルド長と、ムタス支部長であるエリゼオさんがいる。 「恐れ入ります。ポルトルル師より連絡をいただき、組織の再編成を急がせているところです」 「あ、やっぱり知り合いなんだ」 「ポルトルル師は、たいていの冒険者の師匠ですよ」 目尻を和らげたロゼさんによると、冒険者として長く活躍してきたポルトルルは、その分、指導してきた後輩も多く、その後輩もポルトルルの教えをさらに後進へと伝えているらしい。 「どこまで聞いてる?」 「迷宮都市が持つおおよその機能と、我々冒険者がどう接すればいいのか、というあたりです。それと、迷宮との交渉権があるショーディー様を、丁重にお迎えせよ、と」 「あはっ。ポルトルルになんて言われているのか、ちょっと怖いな」 「“障毒”に苦しむ者は、この国にも大勢います。彼らを回復させられる希望があるならば、私にできることは何でもしましょう」 ロゼの表情がいっそう引き締まり、鋭い眼差しに力がこもる。 やはり、冒険者生活で最もネックになるのが、“障毒”による健康被害だ。体が資本であるのに動けなくなってしまったら、そこで人生ごと終了になる。 多くの冒険者が患い、そしてギルドの管理者たちが頭を悩ませてきたことだ。 「わかりました。では、いま僕が知っていることを、これからこの国で起こるかもしれないことを、お話しますね」 僕はあらためて、これまでに築き、この世界の人間と提携しはじめたことを説明した。 迷宮都市では身分や所持金額に関わらず、レベルとスキルの鑑定を受けることができること。 迷宮都市には“障毒”を癒す温泉施設があり、リンベリュート王国のギルドでは、『湯治基金』の制度が始まっていること。 迷宮都市や各地のダンジョンから、グリモワールと呼ばれる『稀人の知識』と『この世界の知識』が得られること。 迷宮都市では独自の通貨が使われ、迷宮都市がある国の通貨が使えないが、逆に迷宮通貨も持ち出せないので、金銀の価値が崩れることによる経済的混乱はないこと。 ただし、迷宮都市やダンジョンからは、さまざまな物品や素材が産出されるので、それは外の経済に影響を与える場合があること。 迷宮都市では厳格な規則が存在し、それに抵触すると命の保証はないこと。同時に、そうやって処された人間の魂は迷宮に取り込まれ、モンスターとして使役されること。 「リンベリュート王国では、迷宮都市を武力制圧しようとした貴族が返り討ちに合って、さらに迷宮都市に逃げられたよ」 「迷宮都市が、逃げた? 逃げるものなのですか? 都市ですよね?」 都市がそのまま移動するというのが、ロゼには少し想像がつかないらしい。まあ、そうだよね。この世界じゃ、移築の概念や技術もまだなさそうだし。それに、普通の都市は、消えたり現れたりはしないものだ。 「迷宮主の意思ひとつで、別の場所に転移させられるようですよ。唯一、入場が許可されている冒険者でも、あまりに恩知らずなことをしていたら、迷宮が逃げちゃうことはあると思います」 「な、なるほど……」 そこで、まずは迷宮都市にどんなルールが存在するのか、そこから探りを入れるのがいいだろうと助言した。 「『魔法都市アクルックス』なら、現地のブルネルティ家と仲良くやっているので、研修に行ってみるといいですよ」 「逃げた迷宮都市とは、別の迷宮都市ですか」 「そうそう。逃げた方は、まだ冒険者が入れていないんじゃないかな?」 『葬骸寺院アンタレス』は、まだ存在が認知されたばかりで、転移先のヘレナリオ領とマコルス領からも、偵察の兵士が出動したくらいだろう。そのうち、ポルトルルから説明を受けている冒険者が派遣されてくるに違いない。 「そういえば、オルコラルト国では、土地の所有権ってどうなってるの?」 リンベリュートでは領主家の管轄になっていたけれど、オルコラルトでは個人所有が認められているのだろうか。 「法律上は、各州の所有・管理となっています。住人はその土地に住む代わりに、税金を支払います」 (住民税みたいなもんか……) 土地の個人所有は認められていないが、州から貸し出すことで農場経営などをさせるらしい。 (まあ、“障り”が濃すぎる場所には人が住んでいないし、州の管理なら豪商個人が独占するのは難しいか?) 豪商本人が州の監理ポストに収まることは滅多にないだろうが、血縁者などを送り込むくらいはしてくるだろう。あるいは、引退後に相談役とかの名目で天下りしてくる可能性もある。 「州の役人に占める、豪商の関係者の割合って、わかります?」 「……場所によると思いますが、およそ半数未満でしょう」 「結構多いな」 商才も政治力も、その他の才能もなかった子息の、最終処分場みたいな感じらしい。そりゃあ、賄賂も横行するだろうよ。実家からお小遣いもらえないんだから。 「優秀な役人に心当たりはありませんか? 冒険者ギルドと提携することで、大衆に利益を還元できると考えられる人です」 「何人か、心当たりはありますが……」 やはり、どこかからの影響やしがらみは拭いきれないと、ロゼの表情は渋い。 「では、冒険者を邪魔しない人を第一に考えましょう。それから、教会と仲が悪い人も、候補に入れていいかと」 「教会と? そうか、『稀人の知識』が手に入るのでしたね!」 グルメニア教に何らかの隔意を持っている人であるならば、グリモワールが産出されるダンジョンを保護することに意欲を見せてくれるだろう。 「こちらの思惑に乗ってくれる役人を探すことと同時に、各ギルドとの連携も強化するべきだと思うんです。これ、僕が作ったんだけど、食べてみて。エリゼオ支部長もどうぞ」 ハニシェがタコの唐揚げをバスケットから出して、テーブルに並べてくれた。 「これは、揚げ物か……んっ!?」 「おおっ、美味いですね!」 美味しいと言ってもらえて、僕も胸を張ってしまう。 「それ、なんだと思う?」 「弾力のある歯応えだが……なんですか?」 「俺も、食べたことがない食感です」 二人揃って、二個目三個目と手を伸ばすが、タコ足は食べたことがないらしく、首をひねっている。 「それ、深海のテンタクルっていう魔獣だよ」 「「んぐぉっ!?」」 噴き出すのを堪えて呑み込もうとしたらしく、二人はドンドンと気管の辺りを叩きながら、お茶の入ったカップに手を伸ばした。 「大丈夫?」 「だ、だいじょ、ぶ……」 「まさか、冗談ですよね?」 あのでっかい触手が食べられるとは、思っていなかったらしい。 「昨日魚市場に行ったらあったから、もらってきたんだ。すごく安かったよ」 「そうでしょうよ。漁師でも、あれを食べるなんて人はいないかと……」 身を乗り出してそう言うエリゼオ支部長は、なんだか顔色が悪い。 「でも、魔獣だよ? 魔力たっぷりだよ? 食べたらレベルあがりそうじゃない?」 「「あ……」」 揃って口を開けたまま固まった二人に、僕はにこにこと笑顔でタコ唐揚げを勧めた。 「漁師さんたちが強いのって、普段から魔獣を魚との区別がつかずに食べているせいもあるかもしれないでしょ? こうして調理方法がわかれば、冒険者が安く食べられるし、漁業ギルドや漁師にも買い取ったお金が入るんじゃないかな」 「たしかに……」 「どちらにも利があれば、捨てずに確保しておいてもらえそうですね」 ロゼとエリゼオは、タコ唐揚げを見詰めながら、真剣に考えだす。 「ただね、これを独占しようとする商人が、絶対出てくると思うんだ。そうすると、魔獣の肉が投機商品になってしまう可能性がある」 商人の国の住人らしく、二人とも僕の言っていることをすぐに理解したようだ。 「珍味扱いされて、一番欲しい冒険者の手に入らなくなる、か」 「ありえそうなことです。勝手に船を出して漁場を荒らされたら、漁業ギルドも黙っていないでしょう」 あー、密漁者もでそうだよねえ。深海のテンタクルを密漁できるかどうかは別として。 「それでね、調理レシピって、職人ギルドが管理してくれるでしょ? 僕が持っているレシピをどのギルドが買い取るかはそっちで相談してほしいんだけど、調理師たちにも新しいレシピ開発とかさせたらいいんじゃない?」 港町ムタスは観光地だ。年一で、そういうコンテストとかお祭りでも開催すれば、町も潤うだろう。 「漁業ギルドだけじゃなく、職人ギルドも商業ギルドも巻き込んで、魔獣肉フェスティバルとか開催すれば、税収が上がって、州役場も文句言わないでしょ。ギルド同士で結託して、豪商が付け入る隙をみせなければ、けっこういい線いくんじゃないかなーって、僕は思うんだ」 僕は呑気に案を出すだけ。 実行は、やる気のある地元の人でお願いします。 |