107 強さの謎


「まんまぁー!」
「美味しかったのね? よかったわねぇ」
 口のまわりについた食べカスをナスリンに取ってもらいながらも、ファラは笑顔でうんうんと頷いている。
 骨と皮を丁寧に取り除いた煮魚と厚揚げをすりつぶした離乳食は、少々味が濃くても出汁の風味が幼児にも気に入ってもらえたようだ。海老のすり身も、当然美味しく食べている。
「とっても美味しいです」
「包丁の使い方も、上手だったです」
「うちの旦那さまは、本当に多才でいらっしゃる」
「いやぁ、それほどでも」
 僕が作った魚介料理を食べてもらっているが、そんなに褒められると、照れてしまう。
 中学生の頃、家庭科で調理実習をやる話をしたら、母さんに予習だと言われて、魚を一匹丸ごと捌くところからやらされたのが活きているだけだ。魚なんてスーパーで切り身になって売っているのに、なんで捌くところからなんだと文句を言ったら、「モテるぞ」って一言で黙らされてしまった。
(生もの触れない父さんが、顔色一つ変えずに魚を捌いた母さんに惚れたなんて、後から聞いてもなぁ……)
 局地的成功例を拡大解釈して当てはめないでほしい。そもそもアウトドアは趣味ではなかったので、魚を捌けても前世の僕がモテた事実はない。
 まあ、技術もエピソードも、接待や営業で話を広げやすくて、覚えておいて損はなかったけど。
「で、このタコのレシピを、冒険者ギルドか漁業ギルドに売ろうかなって思っているんだ」
 タコ足……もとい、深海のテンタクルとかいう魔獣の一部だが、独特の臭みさえどうにかなれば、意外とみんな食べるんじゃないかと思う。
「冒険者に食べさせればレベルアップするかもしれないし、漁師たちにも名誉だけじゃなく収入になるだろ?」
 みんな頷くが、すぐにスハイルが顔をしかめた。
「問題は、どこかの商人が独占を企てそうなことですね」
「そこなんだよねえ。だから、冒険者・漁業・商業・職人の、各ギルドを巻き込めないかなって思っているんだ。明日、冒険者ギルド長と会うし、この国に合った、いい考えを出してくれるかもしれない」
 職人ギルドには調理師が所属しているし、新しいレシピの開発や、レシピの管理をやってもらえると期待している。
 漁業ギルドは、漁師の自慢のために展示しておくしかなかった魔獣を、商品として売って、儲けにすることができる。
 冒険者ギルドは言うまでもなく、魔獣の魔力を取り込むことで、害獣をちまちま倒しているよりも早くレベルが上がる可能性がある。
 商業ギルドは、これらの流れに噛んで円滑に動かすことで、豪商の御機嫌取りをすることなく利益を上げられるだろう。
「まあそのうち、どこかから情報が洩れて、圧力をかけてくる商人や商会はあるだろうさ。それを、複数のギルドが力を合わせても跳ね返せないようじゃ、僕がいくら口を挟んでも無理だね」
 投げやりな僕の言葉に、今度はハニシェが少し首を傾げた。
「たしかにそうですが、そもそも、臭みのある魔獣の肉を、お金持ちが食べたがるでしょうか?」
「ハニシェの言う事も尤もだけど、調理方法が確立されれば、購入機会が限られた珍味として、値段が高騰するかもしれない。そうなったら、冒険者の手が届かなくなってしまう。必要なところに、手頃な値段で供給されること。そして、それが維持されることが、一番大事なんだ」
 もしも投機商品になんかされたら、目も当てられない。生ものを腐らせて失敗するのは勝手だが、欲しい人の手に品物が渡らないのは、経済を止めてしまう大きな損失だ。滅びろ転売ヤー。
「僕思ったんだけど、漁師が強いのは、魔獣と戦い続けている、という理由もあると思うんだ。害獣を倒すよりも、魔獣を倒したほうが、レベルが上がりやすいんだと思う」
 実際に検証したわけではないが、海で魔獣と戦い、魚と魔獣の区別がつかずに食べていたのだとしたら、漁師が陸上だけで生活している人間よりも強いという通説に理由がつく。
「あ、そういえば、教皇国の重装兵って、なんであんなに強そうなんだろう? 教皇国に“障り”はないはずだし、海で魔獣を狩っているって話も聞かないし……」
「え、教皇国にも害獣は出ますよ?」
「は!?」
 さらりと言ったナスリンだが、ソルも頷いている。
「ど、どういうこと?」
「えっと……」
 ソルとナスリンから教皇国の話を聞いて、一番驚いたのは、こちらに伝わっている話がだいぶ誇張されているという事だった。
「じゃあ、教皇国にだけ“障り”がないって、嘘なんだ!?」
「“障り”がないのは、聖地であるシャヤカー大霊廟と、聖都ソロイルだけです」
「教皇国には冒険者ギルドがないので、そう思われているのかも?」
 嘘ではないが、正しくもない、と二人は言う。セーゼ・ラロォナ国民には常識だったらしい。
 教皇国では、重装兵をはじめとした軍人が害獣を駆除しているので、冒険者はいないそうだ。そして、“障り”を祓うとされる巫女の存在があった。
「巫女さま?」
「はい。“障り”を浄化してくれます」
「セーゼ・ラロォナにも、時々来てくれます」
 “障り”を見ることができないソルたちには、その仕組みはわからないけれど、“障り”のせいで作物の育ちが悪くなった土地が回復し、害獣が多くなった町の周辺が沈静化したそうだ。
 彼女たちに関してはこれから調べるとして、僕はひとつ納得した。
(なるほど。竹柴さんが聖女っぽいスキル構成だったのに、ミシュルト大司教があっさり手放したのは、クラスが巫女メディウムだったからか)
 教会に所属する量産型と勘違いしたのだろう。
(それでも、【回復魔法】を持っているのは、聖女シャヤカーだけだったはずだ。それを貴重ではないとするほど、巫女のクラスは教皇国の中で低いのか?)
 僕は試食会が終わって早々に、箱庭を飛び出してオフィスエリアに駆け込んだ。そして、教皇国の巫女に関してカガミに詳しく調べさせ、驚くべき回答を得ることになる。
「巫女だった者の魂が、存在しない……!?」
「はい」
 なんと、生前に巫女だった記憶を持っている魂が、シロたちの中にいなかったのだ。
「どういうことだ? 巫女は人間ではないということ?」
「いえ、家族や知り合いが巫女になったという人間の情報はありますので、たしかに人間だったはず・・・・・・・です」
 その悍ましさに、僕は目眩を堪えた。
「……魂が星に還る前に潰えた、ってことか。いったい、何をどうやったら、そうなるんだ!?」
 死者の魂を迷宮でこき使える僕ですら、魂そのものを消費するような、そんなことはできない。
「巫女に選ばれた者は、聖地へ赴き、そこで承認を受けてから、国内の“障り”を祓う旅に出るそうです。旅と言っても、教皇国政府が指定した場所へ派遣される、というのが正しいですが。そして……」
 カガミが言いにくそうに、一瞬口ごもった。
「巫女は毎年三名から五名ほどが選抜されますが、活動している人数は二十名前後からほとんど変動しません。選抜時の平均年齢が十三歳であるにもかかわらず、です」
「引退も早いってこと?」
「引退と同時に聖地所属になり、目撃者もいますが、聖地での生活を含めたその後の詳細は確認されていません。聖地の所属人数も不明ですが、十名以上が暮らせるような余裕はないそうです。彼女たちの魂がいないので、それ以上は……」
「うそでしょ……」
 巫女になって、十年も生きられていない可能性がある。それも、想像を絶する生き方、死に方をしたかもしれない、などとは……。
「聖地の、シャヤカー大霊廟って、あそこだよね?」
「はい」
 かつて、聖ライシーカと聖女シャヤカーが倒した邪神がいたとされる場所。ガトロンショ山脈の中にあり、僕の旅の最終目的地であり、いまは活動を停止している、この世界の魔力変換施設だ。
「聖域を管理しているのは、教皇じゃないんだよね?」
「はい」
 ライシーカ教皇国の教皇は、聖都ソロイルに住んでいて、多くの聖職者と共に国政と布教の指揮を執っている。
 聖域は大霊廟とあるのだから、その管理者は墓守であるはずだ。
「聖域を管理している責任者は、引退した巫女たちの中から立っていると言われていて、代々の教皇とも言葉を交わしています。そして、以前ボスが気にしていた、異世界人召喚の儀式に使われていた塗料、その材料の一部を提供しているのが、聖域の責任者です」
「あー……」
 怪しさ山盛りです。本当にありがとうございます。
「現時点では、近付くのは危ないけど、秘密がいっぱい詰まっていそうってことくらいしか、わからないか」
「そうですね。引き続き、情報収集に努めます」
「うん。また何かわかったら教えてね」
「かしこまりました、ボス」
 タコ足の調理方法から、とんでもない事実へ転がったことに、僕はため息をつくしかなかった。