104 美味しくお腹に入れば一緒


 ムタスの冒険者ギルドには、まだオルコラルト国のギルド長は到着していなかったけれど、ムタスの支部長が僕を待っていて、丁重なもてなしを受けた。
 逗留場所としていい宿を取ってくれていたので、今回はそれに甘えることにした。ちなみに、ナスリンとファラは箱庭でお留守番しているので、そのことを伝えておく。
 僕の部屋は、主寝室にリビングと従者用寝室、それにトイレと洗い場を兼ねた小部屋が付いていた。従者用の寝室はハニシェが使って、ソルとスハイルは別の二人部屋に泊まることになっている。
 いまハニシェは箱庭に行って、ナスリンへの報告と所用を片付けているところで、男三人は僕の部屋のリビングでたむろしている。
「やはり、冒険者ギルドは、どこも旦那様に好意的ですね。ちゃんと話が行っているようです」
「障毒を癒せるあてがあるなら、誰でもひざまずきます」
 スハイルは他国であってもギルド間の情報が共有されていることに感心するが、ソルは実利を考えれば当たり前ではないかと思っているようだ。
(それはそうなんだけど、物理的に距離があったり、メンツだとかが絡んだりすると、素直に受け取られないことも多いからなぁ。きっと、ポルトルルと、この国のギルド長の仲がいいんだろうな)
 少なくとも、いがみ合ったりしているわけではないのだろう。僕としては、僕に無礼なことをしてこなければ、特に文句はない。
「冒険者ギルドや職人ギルドは、まあ僕に味方してくれるだろう。商業ギルドはどうかな? 難しそう?」
 オルコラルト国は特に商人の力が強い。この国での商業ギルドが、どういう位置にいるかにもよって、僕への態度も変わってくるだろう。
 それを理解しているスハイルは、僕にお茶を淹れてくれながら説明してくれた。
「オルコラルトは商人の力が強いですが、その実、商業ギルドの力は大きくありません。豪商個人の力が強すぎて、ギルドの組織としての拘束力がほとんどない状態です」
「零細商人たちは?」
「もちろん、ギルドを頼っているところもありますが、政治力のある豪商の下についた方が、より安心できるということです」
「なるほどね」
 一種の財閥とかカルテルとかが、すでにできているのだろう。その業界を牛耳っている者もいれば、多様な業種を抱え込んで生産から流通販売までの一貫体制でやっているところもでてきているかもしれない。
「そうすると……この国では、運輸ギルドも豪商と癒着しているだろうな」
「お察しの通りです。ルジェーロから聞いたのですが、オルコラルトでは職人も工房ごと商会に囲われていることが多いそうなので、職人ギルドも豪商に逆らうのは難しいと思います。彼らと関わりが薄い冒険者ギルドくらいしか、信用できるところはないでしょう」
「わかった。オルコラルトでの周知方法は、オルコラルトの冒険者ギルドに一任することに変更はない。僕よりも彼らの方が、商人たちの扱いに慣れているだろうし」
「その方が、危険も面倒もないと思います」
 僕と同じ判断をしたスハイルに頷き返して、僕はふと、そういえばと話を変えた。
「さっきの、なんか道でトラブルあったのって、なんだったの?」
「ああ……」
 なにやら言い難そうにスハイルの視線が彷徨い、ソルもそっと視線を逸らせている。
「俺は、何も知りません」
「ええっと……我々には、直接関係ないのですが……」
 嫌々ながらと態度で示しながらスハイルが教えてくれたところによると、なんだかとてもくだらない事だった。
 ここ港町ムタスは、観光及びリゾート地として、国内外の金持ちが遊びに来る町だ。宿泊施設も街路もおしゃれに整えられ、商業施設では高級品を扱う店も多い。水揚げされる魚介類は年中美味しいし、夏のビーチでは海水浴もできる。
 そんな開放的な町で、似たような金持ちが角を突き合わせることも、まあ珍しくはないそうだ。
「エル・ニーザルディアの貴族令嬢同士が、どっちが美形の使用人を連れているかで上か下かって……」
 それで道を譲れだのなんだのに発展したらしい。僕は思わず、頭を抱えてしまった。オルコラルトでは、爵位や権威の上下よりも、見栄を張れる資産量が尊ばれるようだ。そのせいで、周囲のオルコラルト人がはやし立て、通行にまで支障が出たらしい。
「スハイル、よく逃げた。えらい」
「恐れ入ります」
 一応、己とソルの顔が美形であるという認識はあるらしいスハイルは、こちらに飛び火する前に逃げ出したのだ。
「冗談じゃないよ。そんなバカげた張り合いに巻き込まれるなんて。しかも、エル・ニーザルディアの貴族でしょ? 絶対に、スハイルとソルをよこせって言ってくるに決まってる!」
 わがまま放題に育ったプライドエベレストな貴族令嬢が、外交問題だなんて気にしないだろう。
「エル・ニーザルディアの貴族、も、無茶を言うのか」
 げんなりというよりも、やや暗い顔をしたソルは、無理やり貴族の後妻にとられた妹さんのことを思い出したのかもしれない。
「どこの国でも、あまり変わらないんじゃないかな。うちの旦那様のような人は、少ないと思うよ」
「それは、わかる」
 スハイルの評価は、喜んでいいんだろうけれど、言外に別の無茶は言うみたいな空気を感じたのは気のせいだろうか。
「はっ、ソルとスハイルだけじゃないよ。ハニシェだって危ない……!」
 ハニシェは目の覚めるような美人というわけではないけれど、愛嬌のある優しい顔立ちをしているし、なにより紳士の夢と希望が詰まったたわわが大変ご立派なのだ。マリュー家の屋敷でカルローが手を出そうとしてきたこともあるし、その辺のエロジジイに目をつけられたら困る!
「会談が終わり次第、早急にムタスを出るよ」
「かしこまりました」
 これは絶対命令だとばかりに僕の眉間が険しくなるけど、同時にしょんぼりとした気分にもなった。
「はぁ〜。美味しいお魚や貝を、いっぱい食べたかったんだけどなぁ」
「それなら、朝市に行きましょう。たくさん買って、箱庭で料理すればいいでしょう」
「そうだね」
 たくさん買って冷凍して、箱庭の大型冷凍庫にしまっておけばいい。
「二枚貝のワイン蒸しでしょ、バター焼きもいいよね。大きくない魚なら、僕でも捌けるし、干物にしてもいいかなぁ」
 妄想だけで口の中をじゅるりとさせていると、ソルがびっくりしたように僕を見てきた。
「えっ!? 旦那様は、魚を捌けるんですか!?」
「へ? まあ、一応?」
 しかし、ここで僕ははっとする。
 僕が知っている魚と、ソルが言う魚が、はたして同じ姿形をしているのかという事だ。
「えっと、淡水魚? 川魚しかいなかったけど……」
 僕が国元で食べたていた魚は、鱒や岩魚みたいな淡水魚だったはずだ。切り身になって料理された姿しか見ていないけれど、害獣のようなミュータントさはないはずだし、ゲームに出てくるようなクソ固い鱗や角があるとも聞いていない。
「ああ、そうですよね。リンベリュートに海はないし……」
 明らかにホッとした様子のソルに、彼の故郷で見られる魚は、だいぶ僕の常識とはかけ離れた姿をしているのかもしれない。まあ、僕も深海魚や熱帯魚だとか、あるいはウナギやフグみたいな魚は捌けないし?
「セーゼ・ラロォナでは、魚を捌くには特殊技能がいるの?」
「はい。海の漁師は陸の騎士より強い、と言われています。剣は持っていないけれど、銛を持っています。魚を捌くときは、鉈や大包丁です」
「ひょぇっ……」
 そんな強さを持つ漁師と格闘する、この世界の魚介類とは。そして、そんな漁師さんでないと捌けない海水魚って、どんなデカブツなんだ。
(そういえば、水渓さんのクラスが漁師で、スキルに槍術とかあったな。服飾デザイナーになるために変えちゃったけど、あれ、実はめちゃくちゃ強かったのでは?)
 内陸国のリンベリュートではその強さが認知されていなかっただけで、海に接している国では、戦闘職としても大いに期待された組み合わせだったのかもしれない。
「海の話をしてくれた大人たちから聞いたのですが、海では目印や遮るものがないせいで、魔獣の生息場所にうっかり入ってしまってもわかりません。そのため、船乗りや漁師になるには、不安定な船の上や水の中で魔獣と戦えるだけの、戦士としての強さも求められるそうですよ」
「あー、なるほどぉ」
 スハイルからの追加情報には、大いにうなずけるものがあった。言われてみれば、たしかにそうだ。
(普通の魚と魔獣の区別、ついているのかな?)
 そう思いはしたものの、たいしたことではないと考えを改めた。
「美味しくお腹に入っちゃえば、魚も魔獣も、おんなじだもんね!」
「……」
「……旦那様は、たくましいです」
 ソル、それはどういう意味だ?